酒を主食とする人々/高野秀行
探検家の高野秀行さんの新刊。高野さんの新刊が出たら、買わざるを得ません。
今回のテーマはエチオピアでお酒を「食べて」暮らしている人達。これ、話は聞いたことがあります。この本でも紹介されていますが、NHKスペシャルの「食の起源」でこの部族、デラシャと彼らの主食であるパルショータは紹介されてます。つまり、NHKが普通に取材に行っているぐらいですから、かなり有名な話なんだろうと思っていました。
ところが、そうでもないみたい。このデラシャのパルショータについてまともに研究している人は、この研究で京都大学で学位を取った砂野唯先生だけみたい。NHKも砂野先生に取材に行ったから知ったんでしょう。パルショータはWikipediaに記載があるんですが、なぜか日本語版しかないという(笑)。世界中でこんなにパルショータについて知っている人が多い国というのは、エチオピアを除けば(いや、ヘタしたら除かなくとも)、日本以外にはないぞと。英語の情報がさっぱりない。なんなら砂野先生の論文しかひっかからないらしい。およよ?
高野さんも砂野先生の「酒を食べる」は読んでいるし、こんな面白いところにはぜひ、自分で行ってみたいと思っているわけです。でも、アカデミックにすでに研究されている対象だし、NHKで紹介されてもいる。自分が行って本の題材にするには二番煎じ感は否めない。別に著書を目的とした探検でなくとも、遊びに行ってもいいわけですがそれにしてはそんなに気軽に行ける場所でもない。そもそも、少数部族の保護エリアで、個人がふらっと行って立ち入らせてもらえるエリアでもないらしいです。
そこに、TBSのグレートジャーニーという番組から声がかかるんですな。高野さんはこの番組にトークゲストとして関わったことは何度もあるそうなんですが、「高野さんが行きたいところに行きましょう!」と言われる。テレビの取材なら、デラシャにいけるのでは?
こういう探検もののテレビ番組というのは、がっちりリサーチのチームが居て、ロケハンもして、撮影クルーが行くときには撮るべきものの算段がほぼ出来上がっているものです。これは別にやらせでも何でもない。そうじゃないととてもじゃないけど撮影なんて成立しないわけです。なんなら高野さんはこういうリサーチの方で番組に関わることもあるわけですね。
ところが、今回の場合、通常はリサーチやコーディネーションをする人が前面に立っている。高野さんもデラシャに詳しくないし、同行するプロデューサーも、カメラを構えるディレクターも別に詳しくない。雇ったエチオピア人ガイドもデラシャについては特に何も知らない。現地のコーディネーターにはどのぐらい意図が伝わっているのかわからない。砂野先生に事前に取材しておきたいが、海外調査中で会えない。なんだかとても不安な取材です。高野さん自身が、いつものこの番組の撮影ならこんなにユルユルじゃないことを知っているので、不安でいっぱい。今回は裏方じゃなくて出演者なので、そもそも撮影チームのリーダーでもない。でも、何を見に行きたいのか意思を持っているのは自分だし、なんならこのチームで一番ちゃんとリード出来そうなのは自分だ。旅費は出してもらっているとはいえ、ノーギャラなのに(笑)。どうすればいいんだ・・・
というわけで、正直、このデラシャの話をちゃんと知りたいのなら、砂野先生の本で良いのかも知れませんが、もう、この座組からして面白い。面白い旅行記になるに決まっているという、いつもの高野節が出発の成田空港から炸裂します。だって、成田空港からアフリカに飛ぶかと思ったらなぜか葛飾区に舞い戻り、高野さんは救急車で運ばれちゃうんですよ。まだ日本出てないのに。もうここからゲラゲラ笑える(笑)
この本では、メインテーマであるデラシャという人達とそのすぐ隣の地区に住んでいるコンソ(現地のガイドがコンソの人)を訪れている様子が書かれています。コンソもパルショータと似たモロコシで作るチャガという酒をほぼ3食飲んでいるんですが、それしか口にしない・・・というわけではないんですね。まず、前菜的にコンソを取材して、その後、メインテーマのデラシャに行くと。全部で2週間ぐらいの、短くはないけどトラブったらリカバリーの余裕はあまりない撮影チームが、曖昧模糊とした「本当のコンソ」「普通のデラシャ」を捕まえようとする記録です。出てくる人達の人間模様がやたら面白いんで、じっくりお楽しみください。それに、実際、デラシャ人の生活は驚異そのものですしね。
そして、最後にオチが付くんですが・・・番組サイトを見てみましょう。
コンソの話になっとるやん!デラシャとパルショータ、全カット!?どうしてこうなった!!
はい、全カットです。結局、高野さんが訪れたデラシャの話はこの本で読むしかなくなったわけです(笑)。どうしてこうなったかは、本を読めばわかります。取材に失敗した?いや、もう取れ高ばっちりの濃密なエピソードでいっぱいです。実は、濃密すぎての全カット(笑)。あんなに苦労したのに。何がどうなったのか、ぜひぜひお読みください。
あと、出版記念のyoutubeもやってますけど、本と同じことをしてもしょうがないのでイベントは現地の映像多めとかなので、本を読んでから観た方が楽しい気がします。まあ、本を読まないよって人はこのイベントでもだいたいのことはわかると思いますけどね(笑)
Recent Comments