シン・エヴァンゲリオン劇場版

正直、もう完全に忘れてましたし、私の中では終わってました。いや、そりゃそーでしょ。「Q」って2012年ですよ。今更、やるよと言われても・・・

とはいえ、観ないという選択肢もない。しかも、どうやら評判は上々だ。というわけで、公開初日は避けーの、かといって、最初の週末も避けーのってことで3/11(木)の17:00に日比谷のIMAX。前日に、発売当時に買ってシュリンクも破いてなかった「Q」のブルーレイを観ておさらいです。

・・・いや、それにしても「Q」はホント、さっぱりわからないね。こりゃ、覚えてないのもムリはないな・・・。

あまりにさっぱりわからないので、「シン」がいきなり「Q」とはまったく無関係の何かであっても不思議ではないと思ってましたが、思いっきり「Q」の続きからだったので逆にびっくりしました。

さて、「破」の感想で以下の様に書きました。

もともと、テレビ版のエヴァは途中入り組んではいますが、大きく4つのパートに分けられます。

  1. 大怪獣活劇(代表的には6話)
  2. 楽しいキャラアニメ(代表的には9話、13話)
  3. 90年代的カタストロフアニメ(代表的には19話)
  4. キャラクターの存在意義を問うメタアニメ(代表的には20話や25話)

「破」は2番目と3番目が取り上げられてます。4番目の要素は最小限に抑えられています。また、テレビ版との大きな差として、今回は碇シンジの物語になっています。テレビではアスカ、ミサトも主人公扱いでした(レイはまたちょっと違う扱いですな)が、今回はアスカやレイは「シンジを取り巻く人達」として描かれていて、その内面的な葛藤は主題とされていません。

次の「急」あるいは「Q」が、まさに俺たちの観たいエヴァかもしれません。そういう意味では、楽しいエヴァはここまでかもしれないんだぜ?(笑)

で、「Q」はほぼ、3番目と4番目だけで出来ているようなものでした。あからさまなメタ描写こそないものの、荒廃したネルフ本部は完全にこの世のものではなくなってます。いくら何でも、ゲンドウと冬月、アヤナミ(っぽいもの)とカオルだけしかあそこにいないわけないし、天井もないあんなトコロにピアノ置いておけるわけないし、まあマジックリアリズムというか、村上春樹っぽい不条理さというか、既に半分以上、ストーリーが放棄されてます。

そして、すれっからしのエヴァファンはよく理解しているように、エヴァにおいては理解できなくなったら理解しなくていいサインです(笑)。それは「主人公であるシンジがわけのわからない状況に追いやられているので、当然、観てるあなた方にもわけはわからないのです」ということで、親切な庵野監督はそういう場合には登場人物に「わからないよ」とか「おかしいですよ」とか言わせるので、そうなったらおかしな事になってるんだなと思えばOK。とにかく「Q」は「やれっていうからやったらちょっと楽しくなってきたのに、なんかいつの間にか酷いことになったのはお前のせいだと周囲から責められまくり、まったくわけがわからず、そんな中でも唯一『頑張ればなんとかなるよ』と言ってくれた人のことを信じて頑張ったら、マジで超ヤバいことになってわけもわからず茫然自失」という心理状態を執拗に丹念に100分かけて書いただけの話なんで、まあ、わけがわからない。大変ですわ。

それを受けての「シン」は、ついに「得意のメタ視点」全開。線画でるわコンテでるわ実写でるわという旧劇場版要素に加え、ついには(CGで作った)ミニチュアセットでるわスタジオでるわTV版のテロップでるわの大盤振る舞い。いやあ、エヴァだねぇ(笑)。エヴァみてる気がしてきた。

というところでこれ以上のネタバレはマズかろうということで、以下は観た後でお読みください。いや、まあ、ネタバレされて面白くなくなるような話でもないけども。なんせ、ストーリーは例によって半ば放棄されてるからねぇ・・・。

 

 

 

 

 

 

さて、今回意外なのは「Q」であれだけ精神的に追い込んだシンジのトラウマを回復させるパートがあったこと。これまでメタアニメパートは、精神的に追い込まれたシンジ(や、旧作的にはアスカやミサト)の狂気と救済を描くためにあったわけだけども、今回のシンジくんは田舎暮らしで回復して、元気です。あれ?じゃあ、誰が・・・ってゲンドウかい。というわけで、なんか最後、話の主人公がゲンドウに移ってしまいます。

「破」あたりではゲンドウとシンジの関係が旧作とは違っている描写があって、今回のゲンドウは単なるわけのわからない状況装置ではない感じになってたんですが、「Q」ではその当たりはガン無視だったんで・・・。ただ、ストーリーの構造上はラスボスの位置にいるんだから、作劇的にはまったく正しい。いやー、今回のゲンドウさんはラスボスだったわー。ゲンドウさん、自ら動くタイプだと思ってなかったからびっくりしたわ。ゲンドウさんが甲板に自ら降臨なさるあたりから、TRIGGERのアニメになったのかと思いました。まあ、今石監督もたぶん関わってはいるんだろうけどさ(笑)。

というわけで、「なぜ、わざわざ追い込んだシンジを回復させるパートを必要としたのか」というのがこの映画の本質なんだろうなと思います。なぜなら、そこがTV版や旧劇場版と最も違うところだからです。ゲンドウさんがひとつ目になっちゃったのは、たぶんこの変更の副産物だと思います。そこは・・・やっぱり庵野監督の経験もあるんだろうし、今日はたまたま311の日ですけど、震災から10年の間、多く語られなければならなかったトラウマと回復の記憶も無関係ではないんでしょうなあ。

もちろん、大きく観ればこれは24年前の呪いに満ちた劇場版と語っている内容は同じだし、正直、「またその話ですか」感はなきにしもあらずです。実際、ファンの中には「そういうメタアニメ的な観念的な部分は抜いて、謎と伏線とアクションとストーリーと世界観が美味しいエヴァを見せてよ」という期待がある程度、あったと思います。少なくとも「序」はそういうアニメだったし、「破」の段階でもその範疇に収まる可能性はまだありました。ただ、「Q」「シン」と見終わって、まあ、エヴァはこれだなって感じは(しぶしぶながら^^;)あります。作り物の世界、人と人とが向き合うことを避けた世界と現実世界の狭間を突きつけるという意味では変わってませんが(また綾波でっかくなってたしな)、「輪になって『おめでとう』」に比べれば圧倒的な祝祭的雰囲気に満ちた映像は、何か大きな違いを感じさせるものでした。

いや、しかし疲れた。長い。アクションのボリュームが凄いからお腹いっぱい。ともあれ、長い間お疲れ様。ウルトラマン、期待してるぜ。

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TENET

クリストファー・ノーラン監督の最新作、テネットを見てきました。

ノーラン監督の作品はなんと言っても脚本が素晴らしい。基本的にはギミック先行だと思うんですけど、やってみたいギミックがあって、そのためのストーリーを作って、さらにそのギミックの説明を視覚的にどう説明するかとう設定をちゃんと作る。これが出来る人はそんなに多くありません。

で、今回のテネットは、時間の逆行。つまり、フィルムの逆回しです。フィルムの逆回しって、取って逆に再生するだけなのでいたって簡単にできます。その映像はそこはかとなく、面白い。

しかし、その映像は真面目に考えるとなかなか難しい問題をはらんでいます。ほとんどの物理現象は時間に対して対称です。つまり、時間tを含んだ式があって、そこにt = -tを代入しても意味が変わりません。ところが、熱力学はそうはいかない。ものが粉々になることは統計的に起こりやすいけど、粉々なものが1つにまとまることは起こりにくい。起こりにくいことが起きていると「あ、これは逆回しだな」とわかるというわけですね。

では、この逆回しの世界が現実に起こるなら。このアイデアからこの設定を思いつくのはなかなかですよ。でも、ネタバレになるから書けないよ。

さらに、逆回しの世界を認めると、時間が逆行するので因果律が壊れます。つまり、事態は速やかにタイムトラベルものになるわけです。古今東西の時間SFにはタイムパラドクスをどう誤魔化すか、あるいは逆手にとってあっと言わせるかという課題があります。もはや、「バック・トゥ・ザ・フュチャー」から35年も経っているので、あんまり素朴なものをやるわけにもいきません。しかし、真面目にやるとどんどんフィルムの中の原因と結果がこんがらがり、観客の耳から煙が出ます。どうするか。ノーランの結論は、出るのはしかたないだろう、みたい(笑)。

今、何が起きているのか。誰が何をしようとしているのか。ラストの危機はどう解決されたのか。わかりづらい。見終わった直後の感想は、「すげえけど、こんなもんがヒットするわけないだろう」でした。でもね、すげぇからいいかなという気にはなりますし、「で、ここはどうなってたの?」ってメッチャ語りたい映画なんで、これはこれで成功なのではって気がする。こういうことだったんだーってわかった上でもう一回観に行ったら、画面のあちこちで新たな発見があって面白そう。うん、やっぱりノーランはいいなあ。

というわけで、ネタバレしたいと思います。とりあえず、観てきてからこの下は読んでね。ただ、あんまりネタバレが気にならないタイプの映画かも知れない。観に行くつもりが無い人は、下を読むと見てみたくなるかも。


 

 

 

というわけで、やりたいことは逆回しです。

逆回しの格闘シーンがあって、逆回しのカーチェイスがあって、逆回しのジャンボジェット激突があって、逆回しの拠点制圧戦があります。バッカだなー(笑)。でも、これを大真面目に撮影して、007ばりのスパイ映画にしちゃうんだから、これはもう「バカSF」の1つの頂点です。逆回しバージョンを面白くみせるためには、いったん順行バージョンをみせておかないと行けないので、上記のシーンは全部順行版があります。順行バージョンがつまんないとこの映画は辛いので、そっちもちゃんと面白いのが素晴らしい。そのために格闘シーンには不活性ガスで息が出来なくなるというスパイスがふられてるし、カーチェイスは普通のスパイものによくある盗みのシーケンスがもの凄く上手く描かれていて楽しいし、ジャンボジェットは本物を爆破してるし(マジかよ)、拠点制圧戦はなんと順行と逆行が同時進行です。わけわかんない。

これが全部面白いから、ホントすごい。どの人が順行でどの人が逆行かわかるように「逆行していると外気が吸えないから酸素マスクしている」というルールを入れてるのもナイス。ちゃんと絵で見てわかるようにしてくれるの素晴らしいです。順行と逆行は回転ドアで切り替えられるんだけど、それぞれのサイドが青と赤でライティングされていて、色でも今逆行中の映像なのか区別できるようにしていたり、すごくよい。

後は、物理出身としては、この映画が「素粒子の擬人化」になってるのも可笑しい。順行版と逆行版の同一人物が接触すると対消滅するって言ってて、これは電子と陽電子みたいな反物質をイメージしているわけですが、本当に逆行世界のものが反物質で出来ているなら、あらゆる物質と接触した瞬間に対消滅しちゃいます(だって、反物質も物質もそれぞれ電子と陽電子を山ほどふくんでいるわけだから)。でも、個人と個人でしか対消滅しないと言ってるのは、これは擬人化ですよー。新しいよね、素粒子の擬人化。

そもそも、素粒子物理学では、対消滅を「時間の逆行」と捉える考え方もあります。例えば陽電子は電子の質量以外の属性が反転している粒子ですが、電子が時間を遡っていると電荷などの属性が反転して見えると考えるとします。そこで、電子がふよふよーと漂っていて、ある瞬間時間を遡るとします。すると、その瞬間から電子は陽電子に見えるようになるわけですが、時間を遡っているので反転した瞬間から先の時間にはこの陽電子は存在せず、反転した瞬間から過去に「存在していた」ことになります。これを一定の方向に流れている時間でみると、電子と陽電子が漂っていて、2つが出会ったら消える様に見えると。でもそれは消えたのではなくて、引き返しただけだと考えることもできるわけです。この理屈を押さえた上で、回転ドアのシーンを観ると面白いよ。

で、そういうギミック中心の映画なんで、登場人物の行動は、大分謎です。主人公の素性も動機もわからない。名前もわからない。なんでこんな理不尽な任務に一生懸命なのかも謎。なんで任務を危険にさらしてまでヒロインを助けようとするのか謎。悪役のモチベーションも謎。「余命幾ばくもないからやけになっている」って、やけになっている人はインフィニティストーンを集めません(笑)。

そういうわけで、めっちゃびっちり考え抜かれていて、それが映像的快感にがっちり結びついているところもたくさんあるけども、「ちゃんと考えてないでしょ?」「ノリでそうなったら面白いからそういう設定にしただけでしょ」みたいなところも一杯あるのはご愛敬。そこは全然疵になってないと言い切って良いと思います。いや、気にする人はすると思うけど、ちゃんとしたってこの映画が良くなるとは思えないって。その辺の割り切りもすごくよいです。

いやー、このぐらい「バカ」が入ってきた方がノーランはいいと思う。

問題は、どう頑張っても続編が作れないぐらいだな(笑)

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機動警察パトレイバー the Movie 4DX

緊急事態宣言によって日本から消えかけたCOVID-19は、我々が我慢しきれなかったために消えきらずにまた徐々に感染者が増え、今ではすっかり緊急事態宣言前に逆戻り。そんな難儀な日本は、本来、オリンピック開幕式をやるために設けられた4連休を迎えました。

そんな中、延期になっていたパトレイバー30周年記念 4DX公開がひっそりと始まっておりまして。連休の外出はおひかえくださいってたって、これは観ないわけにはいかないわけで。感染リスクを顧みず、豊洲まで観に行ってきました。ま、高いんでレイトショー。公共交通機関は使いたくないんで行き帰りともタクシーでございます。贅沢ね。

映画館に着いてみると、やっているものは昔の映画ばっかりだったりで、「ここは昭和何年なんだ」感があります。我々が観る劇場版パトレイバーは1989年公開。昭和が終わった頃ですなあ。当時、模型誌にはガレージキットは紹介されていたと思うので回転灯のついたおかしなロボットのことは認知はしていたと思うんですが、なんせ中学生なんでOVAなんて観るような歳でもなく、パトレイバーをちゃんと観るようになったのはTV版の途中からでした。なので、P2は勇んで劇場にいきましたが、この第1作は劇場では観てません。

劇場では観てませんが、まあ、素晴らしい作品です。ビデオは何度観たかわからない。サントラも何度聞いたかわからない。映画の始まりを告げる帆場の静かなシーンにかかる「夏の嘲笑」からの、オープニングテーマである「ヘヴィ・アーマー」の4分間。一言のセリフも無く、どんな重要なことが起きているのかの説明もなく、ただ音楽の盛り上がりと共に激しい戦闘シーンが繰り広げられて、曲が長調になってタイトルバック。素晴らしい。もうこの5分間を劇場の大スクリーンで、がっつんがっつん揺さぶられる椅子で、(1989年にはまだなかった)5.1chサラウンドで、観られる幸せ。くぁー、もうね、長生きはするものですね。そして、ラスト、迎えのヘリが飛んでくるシーンからエンディングテーマ、名曲中の名曲である「朝陽の中へ」の4分きっちりで終わるエンドクレジット。すぱんっと終わり。

もうね、何度観ても心地良い。テンポが最高なんですよ。出来事がテンポ良く繋がっていく。OPの無人コックピット、レイバーの暴走、コンピューターウイルス、野明の不安、後藤の陰謀、松井の追跡、嵐、決戦。ぽん、ぽん、ぽんと、本当に気持ちいい。こんなに良く出来てる映画、他にあるかな。決してわかりやすい話じゃないです。コンピューターウイルスの話ですから、ヘタすれば地味。犯人はもう死んでるんで、追い詰めて対決・・・なんてわかりやすい構図も作らない。動機も明確には語られない。アバンで帆場がカラスを抱いているのも何を象徴しているのか観客は考えなきゃいけない。最後、野明とイングラムは何と対決しているのか、はっきりとはよくわからない。でも、そのややこしい話をすーっと見せて盛り上げちゃう手腕が凄い。映画が終わった後、たぶん私よりかなり若いお客さんなんでしょうな、思わず、「すっごい・・・面白い」と歓声を上げてました。だよねぇ!

そんな最高の映画を劇場でみせてくれるだけじゃなく、4DXです。椅子が揺れるのはいいとして、水が出ます。あれ、ともすれば鑑賞の邪魔って感じもするじゃないですか。でも、考えてみて下さい。劇場版パトレイバーですよ。最後、台風が来る映画なのよ(笑)。嵐の出陣のところは、もうずーっと雨降ってるんですよ、劇場の中も。こんな映画体験初めてですよ。でも、しょうが無いよね。嵐なんだから。ここは、否応なく盛り上がりました。ただまあ、マジで結構濡れるんで覚悟してください。いいよね、夏だしね。

というわけで、まあ、最高の映画だし。劇場で観られるチャンスなんでもうたぶんないし、4DXともなればあり得ないし、これはもう見に行くしか無いんじゃないの?

というわけで、みなさまも是非。今、劇場は席をひとつおきにしかお客さんをいれてないのでチケット取りづらいですけど、取れれば両側の肘掛けをがっしり掴んで揺れる椅子を満喫できます。あー、もう一回行こうかなあ。

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スタートレック:ピカード

Netflixで「スタートレック・ディスカバリー」、ディズニーデラックスで「スターウォーズ・マンダロリアン」が放送中の中、Amazonからは「スタートレック・ピカード」が登場。結局、全部入るしかないんですね?あ、huluが息してないんですけど・・・

それはともかく、「ピカード」ですが、1話観ました。もちろん吹き替えで。Netflixは字幕と吹き替えを観ながら切り替えられるんですが、Amazonは字幕版と吹き替え版が別の番組扱いになってることに気がつかずに、最初のシーンは字幕で観ちゃいました。いかんいかんと吹き替え版を探して再度、観たわけですが、例のポーカーのシーン、やっぱり麦人さんと芳忠さんじゃないとしっくりこない。

しかしまあ、「ディスカバリー」の方は歴史から消された船の話なんで逆にこれまでのスタートレックの歴史をあんまり知らなくても楽しめる様になっているんですが、「ピカード」はもう、これは「新スタートレック」の全178話と劇場版4作、そしてリブート版の1作目を全部観ている人向け。

なんせ第2シーズンの「人間の条件」を観てないとマドックスがどういう人かわからず、第3-4シーズンのクリフハンガーだった「浮遊機械都市ボーグ」および劇場版「ファーストコンタクト」を観ていないとボーグとピカードの関係がわからず、第3シーズン「アンドロイドのめざめ」を観ていないとデータの娘という話がピンとこない。浮遊機械都市ボーグ」 のエピローグである「戦士の休息」と、劇場版「ジェネレーションズ」を観ていないとなぜピカードがワイン農場を持っているかわからないし、リブート版「スタートレック」を観ていないと当然の様に語られる「ロミュランが超新星爆発で大打撃」という事件も知らない。そして、178話の第1話と最終話を見ていないと、ポーカーで「Qのファイブカード」を観ておおぅと思うことも出来ないし、劇場版「ネメシス」を観ていないとデータとB4がどう違うのかもわからない。

いや、こりゃ随分とマニアックなものをこさえましたな・・・

だが、それがいい

というか、そういう私みたいな人が世界中にいっぱいいるってことなんでしょうなあ。

そういうハイコンテクストな作品であり、かつ、「ディスカバリー」と違いテレビで放映しない作品ということもあって、かなーり説明が少なくストーリーの追いづらい作品になってます。まあ、いいんでしょうね、これは一見さんお断りってことで。私としては全然OK。例によって連邦のユニフォームがどうなっちゃってるのかがよくわからなかったけど、まあ、それはいいよね(笑)。

というわけで、全10話楽しませていただきたいと思います。ん、前日譚のマンガがあるの?英語?うーん、大変だなあ。とりあえず、買ってみるけど(安いし)、読めるかなあ。

 

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フォード vs フェラーリ

 

モータースポーツファンの教養ですから、観てきましたとも。

と、言ってもですね。なんせこれは1966年のル・マン24時間レースの話ですから、何が行われているのかさっぱりわかりません。

私も多くの日本人と同じようにマツダ787Bが日本車として初優勝した1991年にル・マンの存在を知り、ちゃんと追っているのはGT1規定になったころから。ポルシェ911GT1が超格好良くて、メルセデスのペラペラのマシンが空中を舞っていたころです。その時代だって今からもう20年以上前なんですけど、この話はそこからさらに30年前。ハントとラウダの話を映画化した「Rush」も教養として観に行きましたが、あの映画の10年前なわけです。

劇中に出てくるドライバーの名前と言えば、ダン・ガーニーとかブルース・マクラーレンとか。ガーニーがガーニーフラップのガーニーだし、マクラーレンはあのF1のマクラーレンチームのマクラーレンであって、ドライバーとしてどうだったかとか、知りませんもの。翌年のル・マン優勝者が佐藤琢磨をチームオーナーとしてインディーカーで走らせていたあのA.J.フォイト御大(御年84歳)ですから、まあ、すっかり昔。

ル・マンだって今と全然違います。ドライバーはフルフェイスのヘルメットどころかゴーグルをつけて走っているし、夜は本気で真っ暗だし、ユノディエールにシケインがないどころかフォードシケインすらないし(まあ、フォードがル・マンに出始めた頃の話なんだからそりゃそうだ)、ホントにルマン式スタートをやってますし(1970年までだったらしい)。

レースというものの価値も、レースチームの規模も、ドライバーという存在も、今とは全然違う。そういう時代のお話です。

とはいえ、数年前にフォードGTが復活して、ル・マンのLGT Proクラスでガッチガチの争いをしていて、その姿に66年に初めてフォードがフェラーリを打ち破ったという伝説とその時のGT40というマシンを重ね合わせて楽しんでいるというのはまったくもって教養のなせるワザであって、それをこうやって最高の映画の形で教えてくれるというのはホントにありがたいことです。

いや、映画はね、ホント、いいんだわ。とにかく、マット・デイモンがいい。良い役者ってのは、ほんと素晴らしい。お話の組み立てもいい。テンポも最高だし、後半30分まるまる使ったル・マン24時間レースのシーンもとても良い。フェラーリがフォードの買収提案を蹴ってフィアットの傘下に入り、怒ったフォードがル・マン24時間に打って出る。それに手を貸したのがあのコブラで有名なシェルビー。そういう大まかな歴史は知っていても、ドラマとして見せられるとびしっと頭に入る(いや、多少ならずも誇張はいろいろあるんだろうとは思うけどさ)し、シェルビーがル・マンを勝った初めてのアメリカ人だったとか知らないこともいろいろあるし。燃えるし、泣ける映画観て、教養まで付けばいうことなし。というわけで、モータースポーツファンは全員観るべし。

そうじゃない人が観て面白いのかどうかは、私にはわかりかねます。ま、でも、たぶん面白いと思うよ?

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スターウォーズ スカイウォーカーの夜明け

 

いやあ、良かった・・・。本当に良かったよ、J・J・エイブラムスが戻ってきてくれて(笑)。

やっぱりEp.8にすごく不満があったので。いや、3部作の真ん中ってすごく難しいとは思うんです。基本的に「これはマズいぞ?」ってところで終わらなきゃいけないわけですから。見終わった後に爽快感を作れない構造になってます。それはわかるんだけども、だけれども。まあ、不満点は2年前に書いちゃってます。

今作は、前作の不満点はあんまりなし。というか、Ep.8のいろんなことが無かったことになっちゃってます。そういう意味で言うと、3部作が3部作として成立していないので、これはやっぱり失敗じゃ無いのかという意見もあると思います。頭脳派作家として尊敬する若木民喜先生のブログではその点に失望したことで結構辛い点をつけてます。うん、ワカる。でも、やっぱり見終わっての感想は、「ああ、こっちのテイストに戻ってくれてよかった」でした。

と、いうわけでネタバレ線を入れておきます。


 

 

 

 

 

いいかな?

で、Ep.9ではEp.8で作った構造が完全にぶっ壊されてます。

Ep.8の最後で形作られた構造をおさらいしましょう。反乱軍側ではファルコン以外の船がことごとく無くなり、ルークは死に、レイアも瀕死。レイ、フィン、ポーの3人とミレニアム・ファルコンだけが残されている状態。一方のファースト・オーダーはスノークを打ち倒したカイロ・レンと実務能力に長けたハックス将軍の2人の若き主導者の2トップ制になりました。反乱軍に比べればマシですが、銀河スケールで何かできるような組織じゃなくなってますし、そもそもそういうビジョンがあるのかどうか謎。結局、ルークが死んだことによりたった2人になったレイとカイロ・レン、二人のジェダイ候補生(そうなんだよね、カイロ・レンはシスですらない)が、敵味方でありながら惹かれ合い、反発し合い、二人の運命の果てへと繋がっていく・・・

という状況が作られていました。そう、前作終了時点では完全に2人の話になっちゃってました。この2人がどうなるかが問題であって、反乱軍とファースト・オーダーがどうなるかとか、完全にどうでもいい・・・というか、決着が付いちゃってました。まあ、映画としてはそれはアリだと思うんだけども、スターウォーズでそれが見たいのかと言われるとなあ・・・ま、とにかくなんかちっちゃい映画になりそうだな、というのがEp.9の予想でした。

ところが。Ep.9の開始直後で語られたことはこうだと。

  • 反乱軍、結構頑張って立て直した。レイア、頑張ってる。
  • ファースト・オーダーじゃ全然銀河が危機に陥らないので、パルパティーン再登板。隠し持ってた(どうやって?)大艦隊と共に大復活
  • ルークは死んだけど、霊体になってだいたい前作と同じぐらいの活躍ぶり

 完全に前作無視やん。というわけで、むりっやりにどでかい話にしちゃってました。

ただ、

  • 悪役がはっきりして、登場人物たちの動機がクリアになったこと
  • 困難を解決するための手段(悪役を倒すために必要なアイテムの入手)がはっきりしたので、物語が追いかけやすくなったこと
  • 危機を演出するためにどんどん人を殺さなくなったこと

という前作のダメだったところが全部直っているので、見るのは楽で、頭をカラにして楽しめました。

どうなるかわかっていても、赤と青のライトセーバーの激突や、カイロ・レンが母親のライトセーバーを手に戦うところ、無数の艦隊が最後助けに来るところなどは燃えました。「あー、これが見たかった」という感じはあります。また、いろいろおじゃんにはしましたが、レンとレイのつながりがはっきり書かれて、繋がっているが故に同じトコロにいなくても戦う事が出来るという設定は面白い。ここを前作から引き続いて、そして二人の結末まで描いたのは良かったなと思いました。

ただねー、まあ、もの凄い軌道修正が入っているのに2年しか無かったわけだからしょうが無いとは思うんだけど、全体にお話はむっちゃくちゃね。んな、アホなの連続ですな。もう、ツッコミだしたらキリが無いんで目をつむります。ポーもフィンも物語の構造を担う位置から外されちゃってますし、ハックスに至ってはいなかったことになっているぐらいの悲しさ。あの死に方は・・・。いや、役者さんが可哀想。

というわけで、まあ、高い評価は上げられませんけど、それでもEp.8の続きじゃ無くて良かったかな。いや、どうだろう。あのまま行ってたらどうなってたんだろう。興味がなくはない。

さて、後はいろいろとピンポイントにネタ

  • ランド・カルリジアンがゲストなのはいいとして、まさかのハン・ソロ再登場。何でもありか。つか、キャリー・フィッシャー死んでるのにレイアでて、ルークも大活躍。うん、全員出てきちゃってるじゃん。それはない。そして、今作の「嫌な予感がする」担当はランドでした。えっ?もったいな。
  • それにしても、ハン・ソロばっちり出てきているのにハリソン・フォードがクレジットされてないのは何で?そっくりさん?CG?どゆこと?
  • アナキンが「フォースにバランスをもたらすもの」であった以上、ダース・シディアスが倒された後もシスはいるはず。なので、そこをパルパティーンが霊体になって頑張って守ってたのはちょっとうるっとくる(笑)。しかし、もう少しプランは考えような。なぜこのタイミングで出てきたし。
  • フィンの存在で、ファースト・オーダーのトルーパーはクローンじゃないことはわかっていたわけだけど、どうも実態はさらってきた子供を育ててトルーパーにしているらしいこと判明。うん、それは帝国軍のトルーパーに比べて質・量そして倫理的にもダメダメだ(笑)
  • 今回、最終決戦が大気圏内だということで、かなりの無茶が。スターデストロイヤーの甲板上を騎馬で走って行く絵はすごく楽しくて好きだけど、たぶん君らは酸素マスクぐらいないとダメだと思う。
  • レイちゃんはパルパティーンの孫ってことになったわけだけど、チューバッカが捉えられた船を電撃でぶっ飛ばしてた。あれはシスの技ってことでもなくて、パルパティーン家の伝統芸能?
  • ラストシーンで名前を問われたレイがスカイウォーカーを名乗るんだけども、あれってルークの養子になったつもり?それともベンくんのお嫁さんになったつもりなのかしら?(笑)
  • 最後のいろんな船大集合は、Gガンダムの最終回みたいだなーとちょっと思った(笑)
  • Gガンだとしたら、最後は石破ラブラブ天驚拳で勝つはずなんだけど・・というか、当然レイをベンが助けてダース・シディアスの霊体に打ち勝つんじゃないかと思ったんだけど、あそこで手伝わせてももらえないベンくんの不憫さに涙した

というわけで、まあ、この辺りの話をしながらいくらでも酒が飲めるという意味では見ない選択肢はない映画なので、とりあえず皆様もどうぞ。

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スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム

実は「ファー・フロム・ホーム」も観てきました。

これは「エンドゲーム」の後日談なので、観ざるを得ないじゃないですか。アベンジャーズシリーズでもスパイダーマンは可愛いキャラだったし、トニー・スタークの愛弟子ですからね。

観に行く前には、「スパイダーマン:ホームカミング」も予習しました。こっちは「シビル・ウォー」の後で、スタークに認めて欲しくてピーターがハッスルしまくって空回りする話。スパイダーマンはご近所ヒーローなのでアベンジャーズに比べるとぐっと物語の規模が小さくなるんだけど、それで映画としての魅力が下がるワケではないところが魅力。悪役のおじさんが格好いいんだよなー。

あー、それでいうと、「エンドゲーム」を観た後で、「ウィンターソルジャー」と「ドクター・ストレンジ」も観ました。どっちも微妙かな・・・。「ウィンターソルジャー」はスティーブの物語としては面白いんだけど、敵も味方もスットコドッコイ揃いで苦労するところがなんともはや。だいたい、大きな悪の組織を出すと、そいつらが何をしようとしているかにリアリティがなくなっちゃうってのはありますよね。

「ドクター・ストレンジ」の方は、お話はしっちゃかめっちゃかながら、カンバーバッチを観ているだけでなんか楽しいというずるい映画。あと、次元を越えて背景がぐっちゃぐっちゃなるアクションはすっごい。映像技術も凄いけど、「こういうのを作ろう」とデザインできる才能が凄い。ま、お話がしっちゃかめっちゃかって書いてますけど、MCU基準でなので、普通のアクション映画の水準は超えてるとは思います。ま、でも、オチが、ねー。タイムストーンは扱いづらいネタではあるよね。

というわけで、他のヒーローに比べればかなり明るめなスパイダーマン。ただし、冒頭から敬愛するスタークおじさんを失った直後で混乱気味。アイアンマンはアベンジャーズの次期リーダーにスパイダーマンを推してた感もあり、世間からも「アイアンマンこと英雄トニー・スタークを継ぐ男」として注目を集めてます。とはいえ、世間の皆様は知らないことではありますが、所詮は中の人は高校生。ヒーローとしての責務も感じつつ、「アイアンマンにはなれねーし」「つか、意中のあの子と修学旅行だし」とヒーローお休み感。しかし、そこは脚本家が認めてくれるはずもなく、試練が与えられ、成長を見せます。

「エンドゲーム」があんな話だった後にどんな話をやってもしょっぱい感じになっちゃうんと違うん?とみんなが心配しているところへ、ネタバレしますけど敵が「敬愛するアイアンマンの負の遺産」であり、アイアンマンなら持ち前の傲慢さで「知るかボケ」で吹っ飛ばしちゃう相手にきっちりと向き合っていき、アイアンマンとは違う大人に近づくという「おー、エンドゲームがあの結末だったからこその、これだよなあ」という話をやるってのは、まあ、すごい。お話も明るいんで、MCUの中では観て元気になれる映画ではありますな。3作目への引きも気になるし、ラストカットでヒューリなにしとんってのもあり、これから先も楽しませてくれるんですかねー。いや、この後MCUを全部観てくってつもりはないけどもね。

 

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アベンジャーズ修行完結編:「エンドゲーム」

「インフィニティ・ウォー」まで観たのはわかったけども、結局、「エンドゲーム」は観たんかい?

と素朴な疑問をお持ちの我がブログ読者の皆様。うん、たぶんそんな人はいないけども、お待たせしました。

えっと、観ました。6/8に。もう2ヶ月も前ですね。見終わった達成感で虚脱しまして、感想を書く気力を失いました。まあ、もういいですよね、感想は。各所でいろいろ語られていますし、私もそれをたくさん読んでおなかいっぱいです。

いまさらネタバレもクソもないと思いますけど、「インフィニティ・ウォー」の指パッチンで初期アベンジャーズだけが生き残り、「エンドゲーム」で彼ら全員が舞台から去る。特に、アイアンマンとキャプテン・アメリカというシリーズを支えた2人が、もう今後のゲスト出演もないねという完全な形で退場したことで、シリーズに一区切りついたことがきっぱりと示されました。でも、ちゃんと継承もされてるんですよね。アイアンマンの精神(とテクノロジー諸々)は愛弟子スパイダーマンに。キャップの盾はファルコンに。新しいシリーズがどうなっていくのか、楽しみです。

あとは、真っ正面からタイムパラドクスものをやろうとしているのも印象的でした。確かにこの手法を使うことでシリーズを振り返ってファンサービスをすることが出来るので、大決戦の前までの緊張したシーケンスをファンは楽しんで観ることが出来たでしょう。で、肝心のパラドクスの部分は「まあ、こまけーことはいいんだよ」になっちゃってましたが、それはまあ、しょうがない。もういくらでも使い古した手法なので、観ている方も慣れたものなわけです。だからツッコミはいくらでも入れられる。でも、過去に戻って世界を取り戻そうと企んだことによって、「過去のサノスに未来がバレる」というのは秀逸なアイデアでした。これで一気に物語がサノス側に有利に傾いていくという流れはすごいですなあ。

最後に、残念だった点。と言っても映画の内容には関係ない、個人的なこと。

ここまでずっと吹き替え版で予習をしてきたので、「エンドゲーム」も吹き替え版で観るつもりでした。しかし、公開から1ヶ月以上が経って、字幕はまだしも吹き替えの上映館はかなり減ってきて、池袋まで観に行くことになりました。・・・が、時刻を間違えて予約してしまい、池袋まで行ったのに字幕で観ることに・・・くぅ・・・。あのラストシーンを藤原啓治さんの声で聞くために、配信が始まったらまた観ないとなのです。

 

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アベンジャーズ修行8:「インフィニティ・ウォー」最初の「アベンジャーズ」以降に積み上げたものをご破算する喪失感が凄い

ついにラスボス現る。ここまで7本の予習中では「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」でだけまともに登場していたサノスさんがやる気を出し始めました。

 アバンからハルクとソーとロキをボッコボコにし(なんでこの3人が一緒に居たかは「マイティ・ソー」の3を観ないとわからないらしい)、やったら強えぞサノスさん。メンタルも強いし、物理的にも強いし、権力も持っている最強の敵。しかし、次々に手下を送り込んできてるけど、娘二人を見る限り、あんまり人望はありそうに見えないんだけどなあ(笑)。

スタークとキャプテンは「シビル・ウォー」で仲違いをしたまま。「サノス来ちゃうよ、やっべぇよ」とハルクが騒ぐものの、「キャップに電話するの、気乗りしなーい」な社長。そこへ案の定、サノス一味がやってきて、ドクター・ストレンジとアイアンマンとスパイダーマンを宇宙の彼方へ連れて行っちゃいます。

そんな感じで、アベンジャーズ達は3チーム進行。タイタンでサノスを迎え撃つスタークチーム、ガーディアンズに拾われおバカと意気投合してしまうソーチーム、こそこそ地球を守っているキャプテンチーム。初期アベンジャーズの柱である3人がそれぞれに別行動。スタークはおバカをちゃんとまとめて作戦行動を取らせ、あと一歩でサノスからガントレットを奪うところまで行くも、やっぱりおバカのせいで敗北。ソーは脳筋パワーで新しい武器を作り上げ、いざサノスのクビ取ったるでぇと意気揚々。キャップはワカンダで大軍勢を率いて大乱戦。しかし、結局は敗北。最後の最後、ソーがあと一歩のところまで行くんですが、サノスの野望は成し遂げられてしまいます。

たくさんのヒーロー達を3チームに分けて動かすことでちゃんと各々に見せ場を作り、3つが並行するのでややこしくなりそうなところをサノスの主観で物語を進行させることによって「基本的にサノスがひとつずつ石を集める話」にまとめて観やすく構成していて、とっても良く出来た映画です。

そして、サノスの野望が「世界の命を半分消滅させること」なわけです。正直何を言っているのかよくわかりませんが、意味がありそうなことをサノス君は言います。言いますが物語の構造としては「いっぱい増えたから、減らします」なわけで、あらなんでしょう、RADWIMPSの「おしゃかさま」かしら。いやいや、10年かけてヒーローの数を増やしたのはあんた達でしょうよ。それを「増えすぎたから、減らします」って。メタ的には凄いことを言っているわけですよ(笑)。でも、物語の要請としてはとても理にかなってる。これはすごいですね。そして、ヒーローもインフィニティ・ガントレットの力で消え去っていくんですが、じゃあ、誰が残ったのかと言えば、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、マイティ・ソー、ハルク、ブラックウィドウ、ホークアイという最初の「アベンジャーズ」のヒーロー達。最初のヒーローは誰も消えてない。つまり、「アベンジャーズ」にはじまって、次々に新しい仲間を増やしてきたわけですが、集大成となる「エンドゲーム」は最初のメンバーで戦うよってことなんですね。まさに、最終回に向けての下準備に相応しい話。ずっと戦ってきて、仲間も増やしてきた。それを一端全部失って、最初の地点に戻された。

さあ、どうする「アベンジャーズ」!

上手い。この10年付き合ってきたファンは、積み上げてきたものを一気に失った喪失感をこの映画で共有しているわけですけど、それだからこそのカタルシスが「エンドゲーム」にはあるはず。いやあ、予習してきて良かった。「マイティ・ソー」と「エイジ・オブ・ウルトロン」ではちょっと心が折れかけたけど(笑)、8本ちゃんと観てよかった。なるほどなあ、みんながハマるのはよくわかります。

というわけで、予習はここまで。いよいよ「エンドゲーム」は映画感へ観に行きます!

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アベンジャーズ修行7:「シビル・ウォー」 ドラゴンボール的なインフレの対抗策ではあるよね

タイトルは「キャプテン・アメリカ」なんだけど、このDVDのジャケットを見てもわかるとおり、事実上、「アベンジャーズ」です。アベンジャーズがチームの管理体制についての意見の相違で、キャプテン派とスターク派の2つに分離する話。それを南北戦争になぞらえて「シビル・ウォー」って言ってるわけです。

中年のおっさんなら誰でもリーダーシップについてのお話は大好物ですけど、構図がなかなか面白い。アベンジャーズは強敵に対抗するときにはなんとなくまとまってはいるけども、基本的には誰がリーダーかははっきりしません。大金持ちのアイアンマンことトニー・スタークが組織の金銭的なスポンサーなので、みんなトニーの意見はちゃんと聞きます。ただし、大会社の社長である(もしくは、だった)スタークは、基本的に細かい指示をあんまりしません。ビジョンは提示するんだけど、細かいことは言わない。あるいは、天才気質なので出来ることは自分でやっちゃう。みんなをフォローはするんだけども、基本的には成果主義で個人主義です。「そっちはお前に任せたろ?ちゃんとやってくれよ」ってな感じの人。

一方、キャプテン・アメリカは現場の兵士で、部隊長までしかやったことがない人。しかも、いろんな経緯があって(星条旗のコスチューム着ているくせに)組織の権威に対して本質的な反発があります。正しいことを納得しないと出来なくて、かつ、自分のチームのことが第一になってしまう、近視眼的な正義漢。

で、ここまでのストーリーでは、スタークは組織全体のことは自分で管理しながらもいざ戦うぞという場面での現場の指揮はキャプテンにお任せ。アイアンマンがキャプテンに従ってるんだから、まあオレらもキャプテンにいうこと聞いとくか、少なくともあいつは良い奴だしな・・・というのが他のメンバー。いろいろ反目はしながらもゆるーく繋がっているぞというのがアベンジャーズというチームだったわけです。

ところが「エイジ・オブ・ウルトロン」でちょっとトニーがやらかしたこともあって、スタークはキャプテンをきっちりとリーダーにして、「俺はちょっと引っ込んどくね」・・・というのがこの話の前までの状況でした。

何かするとド派手なのがスーパーヒーロー。あっちゃこっちゃで大騒ぎになるアベンジャーズは、ついにお目付を付けられてしまうことに。組織が正義を担えないと思っているキャプテンは反発、組織に管理と監査は必要だと思っている元社長なスタークは受け入れる派。まあ、そもそもスタークは「とりあえず受け入れとけ。いざとなったら、そりゃ超法規になるんだけどもさ」と思っている感はあるんですが(笑)、学級委員長気質のキャプテンはそこが飲み込めない。

そんなわけで、アベンジャーズが分裂しての大乱闘というのがこのお話の目玉です。アントマン、スパイダーマン、ブラックパンサーなど新しいメンバーも加わって大騒ぎになります。最後に今回の黒幕が「自分ではアベンジャーズを倒せないけど、アベンジャーズ同士を戦わせれば俺でも勝てる」って内容のことを言っていて、この台詞に制作者の気持ちが籠もってていいなあと思いました(笑)。

いや、そうなんだよね。こんな人数のいるヒーローにそれぞれ戦う相手を用意して、見せ場作って、それでストーリーもちゃんと動かしてって凄い大変なんで、アベンジャーズ同士が戦ってくれたらこんな楽な話はないんだから。

ただ、前半からラストシーンまでのストーリーの積み重ね方が、「ヒーロー大乱闘」を実現するためのものとして、まあ、よく出来てる。前提のチームの人間関係、各々のメンバーの思い。何よりも、キャプテンとスタークの関係性がきちんとドラマと共に進行していてある結末を迎えます。ヒーローチームの分裂がアクション映画を盛り上げるために要請されたものだとして、それをあっさりなかったことにするような安易な解決にしないのは偉いなと思います。

さあ、これで予習はあと1つを残すのみ。長かった。楽しみです。

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