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「第二の不可能」を追え! ――理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャツカへ/ポール・J・スタインハート

2020年のノーベル物理学賞が、あのロジャー・ペンローズに与えられました。といっても「あの」と言われても全然ピンとこないよという人も多いとは思います。ペンローズはもちろん今回の受賞理由であるブラックホール理論でも有名ですが、宇宙論や脳科学の分野に量子論と数学で挑み、私のような理系のくせに数学が苦手な凡俗に取っては物理なんだか数学なんだか哲学なんだかオカルトなんだかよくわからない境地に行ってしまっている、知の大巨人みたいな人です。結果、そもそもどこを取り上げて評価して良いんだかなんともよくわからない人で、今回の受賞を聞いても「うーん、ペンローズにノーベル賞が授与されるのは当然の様な気がするが、ブラックホールであげて良いのかどうかはわからないなあ・・・でもそろそろ死んじゃいそうだし、あげとかないとなあ」みたいな気持ちになるのでした。

そんな偉大なペンローズ先生の業績のうち、わかりやすいものの1つがペンローズ・タイルです。これはこれで、別のノーベル賞が与えられた研究である「準結晶」というものの発見のきっかけになっている歴史的に重要なものなんですが、ペンローズ先生にとっては遊びです。数学のパズルの1つで「非周期的にしか隙間なくぴったり敷き詰められるタイルの形はあるか」という問題。この問題の答えは「ある」だということがわかっていたんですが、非常に多くの枚数のタイルが必要だと考えられてました。それに対して、ペンローズ先生はたった2種類の四角形のタイルでそれができることを発見したんですね。ただし、このタイルの並べ方にあるルールを適用することが必要だと。タイルのこの辺とこの辺しかくっつかないよというような。それはルール違反じゃないの?と思うかも知れませんが、その辺の部分にジグソーパズルのかみ合わせのような突起を付ければ実現できちゃうんで、ルール違反じゃないんですねー。まあ、「ペンローズタイル」でググってみて下さい。一見、ずらしたらぴったり重なる重ね方がありそうで、実は出来ないという、なかなか面白いパターンで、見飽きません。このペンローズタイルは人間が考え出したパターンなわけですが、では、実際にこのペンローズタイルのように結晶格子が非周期的にしか並んでいない、結晶のようで結晶ではない物質は存在しうるんでしょうか。します。それが、準結晶です。

で、この本は準結晶に深く挑んだ理論物理学者(といっても、結晶学の専門家ではなく、宇宙論もバリバリやってるんですが)が、その研究と発見の経緯を綴ったものです。うん、今回も前置きが超長い。

私が大学に入ったのは1994年。研究室に配属になって固体物理学の基礎を勉強していたのは97年頃。その頃には既に準結晶というものが存在すると言うことは、教科書に載っていました。ただ、そういうのもあるよ、ぐらいの感じだった気がします。10年ぐらい前の発見だったんですねぇ。この本のストーリーは80年代の半ばから2012年頃までなので、私が大学院生だったのはまさにど真ん中の時期。こんな面白い発見が隣接してる分野で起きていたなんて知らなかったです。私は透過型電子顕微鏡法(TEM)の研究室の出身なんで、ここで出てくる研究手法に毎日接していたわけなんで、この話題には非常になじみ深いんですけど。

この本の著者のスタインハート先生は、結晶化の過程の計算機シミュレーションをしていて、結晶として決して許されない対称性である5回対称性(72°(=360÷5)回転させると元の図形とぴったり一致する回転対称性のこと)を持つ正二十面体が安定となり得る可能性があることを発見します。もちろん、正二十面体のサイコロ(いにしえのD&Dプレイヤーにはおなじみですね)を隙間無く箱に詰めることはできないわけですから、これが結晶を構成することはできません。そこにペンローズ・タイルのことを聞きつけます。ペンローズ・タイルは見ての通り、5回対称性っぽい形です。もし、3次元版のペンローズ・タイルともいうべき結晶格子が存在して、それで立体をみっちり敷き詰めることができたなら、結晶学で否定された5回対称性を持つ結晶のようなものが存在しうるのでは・・・?

スタインハート先生は必死こいて考えます。まあ、2次元のペンローズ・タイルでも頭こんがらがりそうなのに、その3次元版ですから、私の頭ではどうにもなりません。世の中には賢い人がいっぱいいるもので、どうも理論的には存在出来そうだということがわかると。

そうなると、今度はそれが数学の世界だけでなく実際の物質として存在しうるかが問題になります。結晶でも非晶質(アモルファル)でもない、第三の物質。従来の常識では「不可能」と考えられていたものは、現実に存在しうるのか。難しい疑問ですが、もちろん我々は答えを知っています。存在します。最初に合金の中から発見した人はノーベル賞を取りました。さらに言えば、かなり綺麗なものが作れます。私的には、日本の東北大学がその分野で有名なことも知ってました。

というわけで、準結晶の合金は作れるようになり、現在では焦げ付かないフライパンみたいな実用化もされています。ここまで、20世紀の話。私が大学院生だったのはここまでなので、その後、準結晶はどうなったのか。

当然の疑問として、天然の鉱物に準結晶は存在するのかという疑問が沸いてきます。人工的に準結晶を作る場合にはかなり厳密な条件を作って成長させてやる必要があります。なかなか勝手になるというのは考えにくい。考えにくいのですが、もちろん、ないとは限らない。ここから、スタインハート先生の長い戦いが始まります。というか、ですね。天然鉱物に存在するかどうかの問題は、すでに理論物理学者の守備範囲ではなくなってます(笑)。でも、スタインハート先生、どうしても知りたい。

ここから、話は紙とペンの世界から離れ、大冒険の様相となります。もちろん、すべては天然の準結晶が存在することを科学的に証明するために必要なことなのです。

登場人物も多彩!

盟友となるイタリアの博物館の鉱物学者。電子顕微鏡のプロ。フィールドワークでならした地質学の権威。スミソニアンの隕石学者。イスラエルに移住したソ連のプラチナ研究所の元所長。オランダの怪しげな鉱物商。etc・・・。

そして、世界にたった2つしか存在しない鍵を握るサンプルを数十年前にカムチャッカで採取した当時の学生(今は60代のロシア人地質学者)に導かれ、一同はツンドラを越えて巨大熊に怯えつつカムチャッカの地図に載らないような小さな川の畔へ・・・。いや、凄いな、これは。最後は冒険小説みたいになっていきます。うん、熊怖い。

いやー、面白かった。夢中で読みました。サンプル中の一部に電子ビームを絞って回折パターンを取って結晶構造を特定するのは電子顕微鏡の得意技で、学生の時にはTEMの勉強をそこそこしましたから、久しぶりにブラッグスポットやら菊池パターンやら懐かしい言葉に触れたのも個人的な喜びでした。でも、別にそんなこと知らなくてもこの知的大冒険には興奮出来ると思います。表紙の点々が何を意味するかなんてわからなくても(この点々の並びは、当時の結晶学の専門家が即座に「あり得ない!」と叫ぶようなものなんですが)、この本は間違いなくオススメです。

 

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