Unnamed Memory/古宮九時
「小説家になろう」からの書籍化。いわゆるもなにも、「なろう系」それそのもの。文庫ではなく、いわゆる新文芸の書籍サイズで出版されるというのも、今どき感がありますね。
一般に、「なろう系」というものをどう捉えるのかというのは、なかなか難しいものがあります。
たくさんの書き手と、それ以上に重要なことにたくさんの読者がいて、新しい才能が登場し、磨かれる場所があるということが、日本の文芸の世界にとって悪いことであるはずはありません。無料で読めるサイトで評判になって出版され、無料で読めるにもかかわらずお金を払って読もうという人がいる作品には、何かしらひとかどのものがあります。間違いなく面白い。
ただし、そのサイトで目にとまるためには、ジャンルがかなり激しく固定されてしまいます。「なろう系」がだいたい似通ったモチーフになってしまうというのはそのせいですし、「なんか異世界転生ものばっかりやないかい」ということになってしまう。それにうんざりしている消費者は少なからずいて、そうするといわゆるジャンルの行き詰まりが起きる。今の文庫のライトノベルはまさにそういう感じになっちゃって、すっかり衰退しています。なので、これはあんまり良くない。
でも、さらに言えば、その厳しい制約のなかで「こうくるか!」「異世界転生でもまだこのやり方があったか!」みたいな作品は生まれてくるので、そういう作品に出会ったときの喜びはあります。これは先鋭化したジャンルを追っかけている醍醐味みたいなものですね。ま、それは間口がすっかり狭くなっているということでもありますが、面白い作品が生まれることが悪いことであるはずもなく。
というわけで、今のこの状況が良いのか悪いのか、これはなかなか難しい。私もすっかりおっさんなのでシーンを追いかけているわけじゃないんで、今どうなっているのか掴んでいるかというと全然そんなことはないし、むしろ「涼宮ハルヒブームのころは、ラノベ楽しかったなあ」という懐古厨なんですけども、でも、「Unnamed Memory」みたいな作品に出会うと、「うーん、捨てたもんじゃないんじゃーん」と楽しい気分になる。
というわけで、「Unnamed Memory」はそういう作品です。
もちろん、キャラ同士の掛け合いの楽しさや、ヒロインのティナーシャちゃんの可愛らしさはライトノベルの変わらない魅力であり、この作者は非常にその部分にも長けてます。また、お約束として主役二人の「俺TSUEEE」ぶりも読者のカタルシスをしっかり保証してくれます。でも、ただそれだけじゃなくて、世界観やテーマの選定の仕方、悪役の味わいある描写、エピソードの積み重ね方、ギミック溢れる(若干、反則気味の)ストーリー構成など、どこをとっても一級品。ウェルメイドなエンターテイメント。いやー、面白い。これが「なろう系」に入れられて特定のジャンル小説に興味がある人の目にしか触れないのはひじょーに残念。むしろね、読んだ感じは「あとは野となれ大和撫子」に匹敵するんで、角川文庫にいれて、一般書のとこに平積みしたらいいんじゃないかなあ。本読みならみんな好きな本だと思います、コレ。
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