メッセージ
「あなたの人生の物語」という有名なテッド・チャンの原作を映画化。「タイトルでネタバレしてね?」ということで、映画のタイトルは"Arival"に変更。日本では「アライバルじゃわっかんないよねー」とさらに「メッセージ」という邦題に変わりました。いや、「あなたの人生の物語」で良かったんじゃないかな(笑)。ま、要するにSFファンの間の知名度なんて映画の宣伝では考慮に値しないってことなんでしょう。そう言われたらそんな気もします。
数少ない(というか、ほぼこれ1冊しかないようなもの)チャンの本ですから、間違いなく読んでいるはず、それもワールドコンに行ったとき(10年前だ)には読んでいた(そして、そのときにはすでに中身を忘れかけていた)はずですが、まー、何にも覚えていなかったので、映画は楽しく観られました。映画を見終わった後で、原作も読み返しました。おー、こんな話でしたか。頭の中にビジュアルが思い描きづらい、覚えておきづらい原作ですよ、確かに。面白いんだけど。
見終わった感想ですが、いや、すごく良かったです。
ただですね、見終わった時に心に残る感じが「活劇を観たぜ」という感覚ではなくて、本当に優れたSFの短編、それこそテッド・チャンやグレッグ・イーガンの切れ味鋭い作品を読み終わった時のような、「はー、しびれたー」というような読了感に似ていて、感心すると共に「んー、この映画がヒットする世の中なら、みんなもっとSFを読むに違いない」と思うわけで、ぶっちゃけ「小難しくてつまんない」「よくあるタイムトラベル|歴史改変|ファーストコンタクトものでしょ(←大誤解)」と受け取られて駄作扱いされちゃうんじゃないかと感じたり。
もうこればっかりはその人の感性だったり、読書体験だったりに依存するものなので、なんとも言えないんですけど、「SFらしいSFってこういうものです」という見本みたいな作品なので、「SFの代表って言えば、ガンダムとスターウォーズですよね?」というような高千穂遙さんに聞かれたら自転車でひき殺されそうな認識の人こそ、試しに観てみてもいいと思います。「だめだー」でもまあいい経験だと思いますし、「うぉぉ」ならこれから楽しい世界が待っていますよ。
そして、ネタバレする前にもう一つ言っておきたいのが、音楽。実は、映画の初っぱなの弦の音を聞いた瞬間から「うわ、エンドロールで音楽家の名前を確認しなきゃ。もしかしたら凄く有名な人?」と思いながら観ていました。いわゆる現代音楽の範疇で、サントラっぽいといえばサントラっぽい感じかもしれませんが、アンビエント的な静けさをベースにクラシカルな部分とかなりエレクトロな部分が融合された素晴らしい楽曲でした。音楽担当のヨハン・ヨハンセンさんは、アイスランドの方だそうです。ほほー。で、「IBM 1401 A User's Manual」ってアルバムがディスコグラフィにあるけど、これは何?(笑)
さて、この下はネタバレです。原作と映画、両方についてネタバレしますんで、これから観るよ、読むよという方は注意して下さい。
さて、映画を見終わった後、原作を読み返してみましたが・・・いや、この原作をよくこの映画にしたなあと。
原作はちょっと長めの短編で、短編らしく1アイデアものです。そのアイデアというのが「変分原理が物理の根本だとしたら、古典力学的決定論と紐付く私たちの因果の認識とは世界の見方がまったく違う知性があってもいいじゃないか」というもの。
何言ってんだよという顔をしないでよ。本当にそうなんだから。
原作の方では、フェルマーの原理を使って説明しています。フェルマーの原理ってのは、光の屈折を説明する原理です。光が空気中から水の中に入ると光の速度が変わります。そのとき、ある点から別の点に途中で屈折して到達したとします。その光の経路は、その2点間を、2つの媒質中の光の速度を考慮して、もっとも速く到達できる経路になっているという原理です。
これは別に光学の分野だけじゃなくて、古典力学でも例えば「最速降下曲線」なんてものがあったり、量子力学なんかはこの考え方をベースに作られていたり。つまり、物理学においては、運動や状態の変化が「いろいろ試してみた結果、もっとも『良い』結果になるものを見つけて、その状態に移る」というように記述できることがたくさんあるんです。ここで言う『良い』っていうのは「ある量の変化」で評価されていて、それが例えばラグランジアンだったりハミルトニアンだったりすると。
で、まあ、大学で物理の初等の授業を受けるとみんな考えるわけですよ。球の運動を考えるときに、球の位置とその球にかかる力がわかればその直後の位置はわかると。そのちょびっと移動した場所で受ける力がわかれば、またそのすぐ後の位置もわかると。この「ちょびっと」を記述する方法が微積分法なので、多くの数学の苦手な人々はこの時点でサヨウナラなわけですけど、物理を志して大学にくるような奴にとってはこの考え方は自然ですごくわかりやすい。ところが、大学ではこれとは違う考え方について習います。「物体は、いろいろ考えられる経路のうち、いちばん『良かった』経路を選んで運動する」。
あれ?因果関係が混乱してませんか、それって。
もっとも変分原理自体が結構難解で、私なんか、かの有名なランダウ・リフシッツの「力学」の最初5ページを読んだだけで気絶したレベルのおバカさん(でも、あの本を知ってる人はみんな「あー」って言うと思うんだけどさ)だから、「ん、まあ、そう考えると現象が説明できるってだけだから、本当かどうかはまあどーでもいいよね」と受け入れるわけですね。
で、この「違和感」をネタにしているのが、本作。因果律と物理の根本を記述する原理が矛盾するんなら、因果律の方が間違っていると。たまたま人類は時間を1方向にしか認識できないので、物理現象やその他のもろもろを因果的にとらえているけど、ホントはそうじゃない世界認識もあっていいだろう。じゃあ、そういう知性体とはどんなものか、それを書いてみよう。ただ、そういう知性さんの穏やかな日常を書いても人類には理解できないので(笑)、そういう知性体と人類が出会ったらどうなるかを描いてみましょう。
・・・という話なわけ。で、世界認識が違うから、コミュニケーションが難しい。さて、相互理解は可能なのか。そんな知性と出会った人類はどうなるのか。ここにひとひねり、ふたひねりして物語に仕上げてあるのが原作です。
ここまでを読んで「うぉぉ!読んでみてぇ」ってなる人の方が少ないことは、周りにこういう人しかいない大学生活を送った私でもわかります(笑)。
そして、この原作を映像化することがどんなに大変か、そして、この原作の一番面白いところを真ん中にとらえたまま伝えることがどんなに難しいかは想像に難くありません。この原作をネタ元にして、「異星人の見た目が凄い」とか「家族愛に泣けた」とか「映像美がきれい」とか「誰が黒幕かでハラドキした」とか、そういう映画にしてしまうことはそんなに難しくないでしょう。
でも、それはもう「あなたの人生の物語」の映像化とは呼べないわけです。それでも原作ファンは「あー、ヘプタポットの文字、あんな風に表現したんだねー。そこは興味深くて良かったな−」と言ってくれると思います。思いますが、やっぱりコレジャナイ感はあるわけで。文句は言わないよ。言わないけど・・・おっと、「エンダーのゲーム」の悪口はこのぐらいにしておこうか(笑)。
とにかく、この手のいわゆる「ハードSF」の映像化を見て、本当に原作を読んだのと同じ気持ちにさせられたのはびっくりさせられました。もちろん、原作できちんと説明してある変分原理の下りとかは映画ではちゃんとは説明されてません。でも、映画は映画でそれを映画らしく説明してあるわけです。「どうせ伝わらないから、映像的面白さで勝負しよう」ではなく「映像で成立するような説明の仕方にしよう」としてあるのが凄い。そのセンスと能力がずば抜けてます。
原作と見比べると、細かい点も違うし、ストーリーは実は全然違う。でも、核となる面白さ、それは科学が物事の見方や、世界のとらえ方を変える、科学が世の中を変えるということの面白さ、頭の中をかき乱されるような快感を伝えようとしていて、そして、映像・音楽・演技それら全てを使ってそれに成功しているってのは、ちょっと例がないと思うんですよね。
伝えようとしているものが、ハードSFの面白さなのでその時点でヒットは無理なんですけど(笑)、これはとても素晴らしい映画なので、是非とも機会があればご覧下さい。もう公開は終わりかけてるんですが、劇場じゃなければ、大画面じゃなくても良いけど音楽はヘッドホンにして大きめで視聴することをオススメします。
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