トヨタの必死さと、それでも届かないル・マンのトロフィー
2012年から復帰したトヨタのル・マン挑戦。早くも6年目。しかし、年に一度しかないル・マン24時間レースですから、当然6回目。
その6回のうち、マシンのアドバンテージがあった年もあり、まったく叶わない年もあり。それは莫大な費用をかけて毎年、毎戦新しいマシンを持ち込むF1とは違い、ニューマシンをいれるタイミングがそれぞれなので当然起こりえることです。逆に言えば、F1並みの資金を思い切りつぎ込んでしまえば、有利になれる世界で、それはトヨタほどの大企業なら不可能ではありません。しかし、世界的な大企業であるということは、それだけの資金をつぎ込んでしまったら経営的に明確なリターンを求められてしまうという意味でもあります。それは、メルセデス、フェラーリ、ポルシェなどの「ブランドイメージこそが命であり、経営の資産」であるスポーツカーブランドにはない、トヨタの枷でもあります。
その枷をトヨタチームは言い訳にはしませんでしたが、確実に存在するようでした。マシンの開発費もライバルに比べ決して十分ではないという話は良く聞きましたし、ライバルが3台のマシンを持ち込む中、2台しかマシンを持ち込まず、ライバルが2台のマシンをトラブルで失いながらも3台目で優勝するのを横目に見ながら、手痛い敗退を繰り返してきました。
モータースポーツファンにはその辛さはよくわかったし、見ていられないものでした。レースは勝たなくては意味が無いのです。全て勝つ必要はないけど、勝ちたい、勝つんだという思いがあり、それを実現しなければならない。負け続けるトヨタに、生放送の実況中にコメンテイターから「3台目を出さないってことは、勝つ気がないということだ。勝つ気がないなら出ない方が良い」とまで言われました。しかし、それだけの予算は得られなかったのでしょう。
2015年に「マシン開発目標を低く見積過ぎる」という大失敗をして惨敗し、2016年を戦うには飛躍的なマシンの向上が必要でした。しかし、それだけのリソースはない。そんな状況の昨年のトヨタチームは、マシンの洗練を行うと同時に2016年の目標を「ル・マンを勝つ」だけに絞り込みます。WECのシリーズ戦を捨て、ル・マンという年1回の特殊なサーキットで勝つことだけに絞り込む。第1戦、第2戦、そして第3戦ル・マンの予選。トヨタはぱっとしない成績に留まります。
しかし、決勝では安定したスピードと、他チームより少しだけよいタイヤ特性と燃費で僅差のリードを維持することに成功。こんな勝ち方もある。2014年、圧倒的な速さを見せながら勝てなかったときにもアウディが見せたような戦いで、初挑戦から30年近く経ってはじめて見せるトヨタの「強い」レースでした。日本を代表する自動車会社が、自国内の研究施設で開発した技術を用い、自国出身のF1ドライバーがステアリングを操るマシンに、トップチェッカーを受けさせる。限られたリソースでやってきたトヨタチームのこれまでの努力がついに報われるんだ。バブルの頃のような、なりふり構わないやり方ではなく、今の日本のやり方でもちゃんとやれるんだ。みんながそう感じて、胸が祝福と誇りに充たされていました。
あの瞬間までは。あまりに残酷な、あの悪夢の瞬間がやってくるまでは。
2017年のトヨタは、その枷を緩めることにしました。衝撃の敗戦から速やかに2017年の参戦継続を発表し、3台にマシンで挑むことを決めました。今までのやり方をかなぐり捨てて、2017年にまず1つ勝つんだ。ル・マンの優勝者リストに、まずトヨタの名前を刻むことが必要なんだ。そう叫んでいるようでした。
折しも、2016年の秋に衝撃のニュースが発せられます。アウディが急遽撤退することとなったのです。もちろんフォルクスワーゲン(VW)の燃費不正問題で、大きなダメージを負っていたことは知っていました。VWグループとして、2社をWECに参戦させている今の状況が厳しいだろうことも想像に難くないし、実際、WRCではVWが撤退することはすでに発表済みでした。
しかし、2017年マシンの開発をしているという噂でしたし、何より、21世紀のル・マン24時間レースは常にアウディという存在がありきでしたから、アウディがル・マンからいなくなるということを想像出来なくなっていましたし、フォルクスワーゲンもそれはしないんじゃないかと思い込んでいました。まさに、衝撃でした。しかも、ポルシェも2017年は2台での参戦になるといいます。
ライバルの撤退は参戦の意義に関わることであり、トヨタにとっても喜ばしいことではありません。しかし、極短期的に考えれば2017年は大きなチャンスです。総合優勝のチャンスがあるマシンは、LMP1-Hというカテゴリーの車に限られ、2017年はそこにポルシェとトヨタの計5台しか出ないんですから。確率的に考えて、トヨタの勝つ確率は60%です。やったね。
さらに、2017年はマシン開発も力をいれました。トヨタがいかに予算を増額したからといって、いきなりマシンが速くなるというものでもありません。使えるお金は増えたんでしょうが、その分、現場の負担は増えたかもしれません。村田さんが「若い奴には恨まれているだろうと思う」とコメントしていましたが、苛烈な開発だったことが伺えます。
努力は実り、2017年のWECは第1戦、第2戦とトヨタが連勝。第3戦ル・マンの予選でも小林可夢偉が驚異のラップを刻み、ポルシェを圧倒します。速さはもう、申し分ない。トヨタは広報にも力を入れ、J-SPORTSの中継のスポンサー額も増やしたんでしょう。ついに24時間フル中継が実現し、さらにはトヨタのサイトからそのJ-SPORTSの中継がタダで見られてしまう太っ腹。豊田章男社長ことモリゾウ選手(逆だろ)も現地入り。準備は万端整った。今年はいただきだ・・・とは思うんですが、なんせル・マン24時間はまずは走りきらないとどうにもならないわけで、こればっかりは壊れなかったとしてもぶつけられたりとか、いろんなことが起こりますから。表彰台独占の可能性すらあり得ると思っていますが、とにかく、1台生き残ってくれれば。せっかく、どの1台が優勝しても日本人の優勝になるように3人のドライバーを割り振ってるんですから。一貴でも可夢偉でも国本でも、どのドライバーでもいいじゃないですか。3台出したんだから、1台生き残ってくれれば。
残念です・・・。私たちの考えるようなことは全てやった上でのこの結果なんでしょうから、仕方ないんですけど、落ち込むなあ。
結局、5台のLMP1-Hマシンは全台にトラブルがでて、3台がリタイア。1台は1時間以下の修復時間で済んだのでなんとかLMP2マシンに総合優勝を奪われるようなことは防ぎましたが、もう1台は2時間以上の修復時間が必要で総合9位(後に失格マシンがでて8位に繰り上げ)。この2台のどちらがポルシェでどちらがトヨタでもあり得たとは思うんですが、結果としては、トヨタは総合順位の表彰台に上がることすら出来ないという結果に終わりました。がっかりです。
考えてみればですね。
予戦では圧倒したトヨタとポルシェ計5台は次々にトラブルで後退。GTマシンと絡んで遅れた1台を除く2台のアウディが1-2。修理が速かったポルシェ2号車が3位・・・というお馴染みのル・マンからアウディを抜いたのが今年のル・マンだと理解するとしっくりくる #jspoms #WECjp
— 丹原 匡彦_Tambourine (@tmbrms) 2017年6月18日
いやあ、アウディが出てたらアウディが勝ってましたわ。アウディは偉大だな・・・
しかし、まあ、LMP1-Hマシンで挑戦し始めてまだたったの6回じゃないですか。18年の長きにわたってライバルがいないときもル・マンのグリッドをきっちりと占めて、ル・マン24時間レースのプレゼンス維持に貢献していたからこそアウディは尊敬を集めたし、ライバル不在だったときのアウディの総合優勝の価値を毀損する声も上がらないわけです。
今年は確かに千載一遇のチャンスでした。来年以降も今年と同じような体制をつくることは難しいと思います。でも、続けて欲しい。幸いにして強敵ポルシェはまだいてくれます。ハイブリッドを運用するのは難しいかもしれないですが車体だけでも提供して、チーム郷のようにLMP1のカスタマーチームを作っても良いかもしれない。また、GTEクラスへ参加できるだけの車はあるわけですから、ニュルのようにGTマシンでもポルシェと争えばいい。平川のようにLMP2クラスにもっとトヨタのドライバーが参加するのもいい。
とにかく、ル・マンでトヨタが見せたパフォーマンスは着実に世界のモータースポーツファンの心に残っていますから、ヨーロッパでのトヨタのプレゼンス、モータスポーツ界でのトヨタのプレゼンスを高めるために、「トヨタがいないとル・マンが成立しないよ」と言われるぐらい、ル・マンを愛し続け、ル・マンに愛されて欲しいなと思います。ル・マンに愛されたとき、トヨタの栄冠は訪れることでしょう。
いやー、それにしても悔しいなあ。可夢偉とロッテラーがコース上でマシンを止める光景を見るとはなあ・・・
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