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A3/森達也

事件後のオウム真理教についてのドキュメンタリー「A」、「A2」を撮った森達也さんの週間プレイボーイでの連載をまとめた本です。最近、文庫になりました。

もちろん、オウム事件には興味があります。興味を惹かれない方がどうかしています。人はいかにしてあんな馬鹿なことをするのか知りたくないですか?それも、オウムは特異な例ではありません。歴史を辿れば世界中にいろんな事例があるわけですよ。しかし、言い方は悪いですが、こんな身近なケーススタディはないわけで、起きないに越したことはなかったわけですが、起きた以上は徹底的に分析するべきです。それが科学ってやつです。

というものの、「A」、「A2」は観てないのでした。あれを見て「オウムの信者も普通の人でびっくりした」なんて感想があるらしいですが、そんなもん決まってるじゃないですか。普通の人ですよ、そりゃ。普通の人がポアしにくるから怖いんじゃないですか。頭がおかしい人はそりゃあ怖いですが、そんなにたくさんいませんからね。最近はあんまりそうも言ってられない気もしますが。というわけで、「まあ、観なくても想像つくよ」と思っているのでした。

で、この「A3」ですが、何の気なしに本屋で手にとってちょっと読み始めたわけです。森達也さんの名前とタイトルから「オウムの話なんだよな。まだやってたのかー」と思ったので。そして、冒頭で衝撃を受けました。

話は森さんが麻原彰晃の一審判決を傍聴した場面から始まります。そこで森さんが目撃したのは、人間としてすでにぶっ壊れてしまった麻原彰晃の姿でした。直接にそんな言葉を森さんは使いませんが、ぶっちゃけ廃人です。外界を認識しているかも判然としないし、そもそもコミュニケーションが取れない。失禁するのでオムツを穿かされている。それを「詐病」と言い聞かせ、稀代の極悪人・麻原彰晃を死刑にするために突っ走る関係者。誰しもが「あれはまともではない」と思いながら、口には出さない。誰も口に出せない。森さんは「不思議の国のアリス」の裁判のシーンを引用します。ちょっと文学的すぎるかもしれないけど、気持ちはわかります。理解できない空間だったんでしょう。

長い長い「A3」では、麻原彰晃という人物に新しい視点を与えるために取材が重ねられていきます。生家を訪ねたり、最初に近隣住民とトラブルを起こした場所を訪ねたり、新婚時代を過ごした場所を訪ねたり。それはそれでなかなか面白いんですが、何か強い結論を導くものではありません。最後に、サリン事件は麻原と弟子達が互いに嘘を付き合って(弟子が目の見えない麻原にかまって欲しくて危機を煽って吹き込み、他に情報源がないから本当かわからないけど何でも知っていることになっているから否定もできない麻原がそれを受け入れてしまう)暴走していったのではないかという推論も提示しますが、「まあ、そういうこともあるかなあ」と思いますし、「じゃあ、しょうがないな。麻原は悪くない」って話でもないですし。

しかし、それと並行してこの裁判の異常さが次々に語られます。こっちは頭のおかしい人たちの話じゃないので、よっぽど問題です。

  • 明らかに常軌を逸している被告の精神鑑定が行われていない。二審弁護団が申請した精神鑑定を裁判官が「話しかけたら頷いたから」という理由で却下した。
  • 一審弁護団を牽引していた主任弁護人が逮捕され、そのまま麻原の裁判は続けられた。10人いた一審弁護団だが、二審弁護団はたった2人になった。
  • 弁護団が精神科医6人を面会させ、その6人すべてが「訴訟能力なし」としているにもかかわらず、突然「念のため、精神鑑定する」と言い出し弁護人立ち会いなしの鑑定で「訴訟能力あり」と結論づけた
  • 鑑定を待って控訴趣意書の提出を差し控えていた弁護団が、鑑定結果を受けて提出すると予告した前日に期限切れで控訴が棄却され、死刑が確定した

いやはや、呆れて言葉も無い。でも、そういうことも起こりうるだろうとも思ってます。ここにあるのは、単なる思考停止です。

私は、麻原彰晃は死刑になるべきだと思います。これだけの事件を起こしたんだからしょうがないです。麻原彰晃が精神を病んだため裁判を止めたとしても、得るものはないかもしれません。仮に麻原彰晃が回復したとして、この事件に新たな事実がわかるのか、あるいは麻原が減刑される、あるいは無罪になる可能性があるのかといえば、ないでしょう。まあ、だから「もう考えたくもないから、とっとと死刑にしちゃえよ」という気持ちもあります。私は基本的に自分勝手な人間なので、個人的にはそれでいいです。でも、みんなホントにそれでいいの?

また、中で引用されている「獄中で見た麻原彰晃」の記述通り、監房は糞尿にまみれ、衣類はすべて刑務官により着脱され、入浴はデッキブラシで洗われる状態であり、回復しないのであれば、すでに刑は執行されたも同然です。生きていても意味はないと考えます。いや、麻原彰晃の家族は「どんな形でも生きていて欲しい」と思うでしょうし、遺族は「どうあっても首を吊るせ」と思うのかもしれません。しかし、どちらでもない私にとってみれば、もう同じです。この世に麻原彰晃の人格は消えてなくなった。その原因について、本書の中で「反抗的な被告に薬物投与が行われた結果ではないか」という推測がされています。だとすれば、まさに刑はもう執行されたのと同じ事です。

しかし、です。問題は、サリンを実際に撒いた信者がなぜその指示に意を唱えられなかったのかということの原因と、この明らかに間違った状態で進んでいる裁判に待ったをかけられなかったその原因は違うのだろうかということです。

「オウムは特別だから」「世論がそう望んでいるから」。それだけのことで例外を作っていいのか。それだけのことであれだけ改正が議論になる憲法が定める、基本的人権や、思想・信条の自由が蔑ろにされていいのか。麻原の子供は義務教育すら受けていません。学校が入学を拒否するからです。これだって、完全に憲法違反です。そりゃ、そんな人が自分の子どもと席を並べるのは嫌かもしれない。でも、嫌でも正しいことをするのが大人なんじゃないですか?子供のように嫌だからと拒絶することから、オウムの犯罪は始まったんじゃないですか。

批判はあるでしょうが、極論していいます。トチ狂ったバカどもがたかが数十人殺しただけで、私たちは自らの信条を曲げてしまうのでしょうか。それほど我々の信条は、憲法は、人権は安っぽいのでしょうか。まさか、まさか。

それじゃ、オウムがやってることと同じじゃないですか。オウムは確かに日本を変えました。まるでオウムのように。これがオウムのやった成果なんだとしたら、悔しいなあ。そう思いませんか?

まあ、もともとこうなのかもしれませんけどね。

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