舟を編む/三浦しをん
今年の本屋大賞受賞作です。
本屋大賞は「書店員が選ぶ売りたい本」です。たくさん売りたいわけです。つまり、必然的に普段本を読まない方でも面白く読める必要があります。この観点の賞はあまりないので、非常に有意義な賞だと私も思うわけですが、ともすれば「誰でも」というところが枷となって、ちょっと発見や面白みに欠けるところhもあります。
というわけで、誰でも読めてちゃんと面白い小説第一位、「舟を編む」です。
ベストセラーなのであらすじも別に不要かと思いますが、要するに国語辞典を編纂して出版するお話で、ある意味ではサラリーマンものです。
ただ、たぶん三浦さん自身はサラリーマン経験はないんでしょう(そもそも「マン」じゃないしね)。サラリーマンものの醍醐味はありません。どちらかというと、部活ものです。野球部が甲子園に行くのと大して変わりません。途中、不器用な主人公が下宿先のお姉さんに恋したり、新人にレギュラーを奪われた先輩がマネージャーに転進したり、成績不振で廃部になりかけたり、高齢の顧問の先生が悲願を前に病に倒れたりします。なので、非常に読みやすい。日本人なら老若男女、このフォーマットを読めない人はいません。
ただ、いまどき甲子園に行く話を成立させるには「もしドラ」並みの変化球(まあ、アレは変化の向きが逆ですが・・・)が必要なわけで、そこで「国語辞典の編纂」というモチーフを持ってきたのは秀逸でした。エピソードも、あえて深入りは避けた雰囲気ながら、辞書への興味を持たせるうまい力加減。もしかしたら、取材をうけた方は「もうちょっと面白い話も教えてあげたのに・・・」と思ってるかもしれませんが、やはりこれぐらいがいいんでしょう。
というわけで、鉄板のストーリーに、目新しくてかつ本好きが好きなモチーフ、そして愛すべきキャラクターと三拍子そろった楽しい読み物です。ホンスキー型宇宙人の皆様には食い足りない面はあろうかと思いますが、それでも2時間きちっと楽しませてもらったんじゃないですか?「内容が薄い」等の批判はちょいと無粋に思いますね。
皆様はこれをさくっと読んでおきましょう。そして、あまり本を読まない方から「最近、面白い本、ない?」と聞かれたときに、背中に隠し持った濃ゆいSFや本格ミステリー、心揺さぶる純文学を突き出したいところをぐっと抑えて、「本屋大賞獲った『舟を編む』、よかったよ。今、本屋さんに行けばどこでも目立つところにあるから読んでみたら?」と言うのです。それに見合うだけの内容は十分にありますから、きっと喜んでもらえるはず。喜んでもらえたら、次は流行の軽めのミステリーでも紹介しましょうか。ラノベは先鋭化しすぎてて進めにくくなっちゃいましたしね。「食い足りなかったよ」と言われたら、あなたの背中に隠した本の出番です。
うん、本屋大賞っていい賞ですね。
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