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馬たちよ、それでも光は無垢で/古川日出男

古川日出男の「聖家族」は凄まじい小説でした。エンターテイメントの対局にあるような小説で、圧倒されながら読んで、そして途中で圧倒されて力つきました(笑)。まあ、佐々木敦さんも「文化系トークラジオLife」で「もうね、読まなくていい。買うだけでいい」と言ってたし。ともかく、東北を舞台にした暴力的な歴史と発想の濁流が700ページを超える厚い本にも関わらず、あふれて止まらないというような本です。

そんな本を書いた福島県出身の作家である古川日出男さんが、震災後、東北を舞台にした小説を書いた小説家として、何を感じ、何を思い、何をしたか。そこに綴られている感情は震災の記憶として古川日出男の筆で書き留めておくにふさわしい感情ですが、しかし、ありふれているとも言えます。被災地というその場にいなかった私たち日本人全員が感じた恐怖と不安と焦りだからです。

その感情に突き動かされて、古川さんは震災から一ヶ月後の福島県を訪れます。そして、彼に出会う。誰か。狗塚牛一郎に。犬と牛の名を持つ彼に。そして、馬と語り合う。

・・・「聖家族」を読んでいないとなんのことやらさっぱりわからないと思うんですが、あの濁流がこの作家の心を一度はもみくちゃにしているのだということを読んだ我々は知っていて、そりゃあ見えないはずの彼が見えちゃいますよねと。それを納得してしまえます。

彼が現れた瞬間から、この本はルポタージュと小説が格子模様を書いたような色合いになっていきます。その二つは混ざり合うことなく、しかしぎこちなくなることなく自然に織られてこの奇妙な本を形作ります。この本は優れているがありふれている題材の本から、急速に古川日出男の小説に変わって行く。作者もこのなかで、自分は小説家だ。小説家がするべきことは小説を書くことだと語ります。

しかし、小説が我々に提示される形になるには時間がかかります。芦屋の出身の村上春樹が95年の阪神大震災に呼応し、小説「神の子どもたちはみな踊る」として提出したのは99年。やはり、そのぐらいの時間はかかるものなんでしょう。

今、この形でこの本が出たことは、やむにやまれぬことなのでしょう。この本は「聖家族」の世界に立脚しすぎているし、「聖家族」という巨大な小説の一部となるにしては、あまりに小説部分が微かすぎる。しかし、この形でこの本が出たことに意味はあったと感じました。いずれこの本で古川さんが通過した思考過程やほとばしる感情を元にした小説が私たちの前に現れるはずですが、とりあえずのスナップショットを見せてくれたことには、素直にうれしさを感じずにはいられません。

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