涼宮ハルヒの驚愕
待ちましたねー。発売延期から4年。他にファンが何年も続編を待っている未完結シリーズはたくさんありますが、前後編の後編が出なくなっちゃうというのは珍しいパターンだと思います。
そして、難産の末の「分裂」「驚愕」の前後編だったわけですが、頷ける内容でした。涼宮ハルヒシリーズでは、第1作の「憂鬱」、そして名作の誉れ高い「消失」に続く第3の作品になりました。
いや、単純な面白さという意味ではちょっち微妙なんですが、それはある程度しょうがないかなという気がするんです。
「憂鬱」は、骨格はシンプルなボーイ・ミーツ・ガールの物語でした。子供じみた夢想に連なる平凡でない日常を求めていた男女が出会い、お互いの思いを認め合う。キョンは自分があきらめてしまった非日常に対する憬れを強く求め続けるハルヒの姿に心を揺さぶられ、ハルヒは自分を「見つけてくれた」キョンに応える(応え方が可愛いんですよね。作中で2度、同じやり方で。読んでない人の為に今は書きませんけど)。そして、その骨格に対し、毒とも思える典型的な「萌え」要素を詰めて(「綾波」に対して、「長門」ですからね)ラノベに仕立て、そして物語をドライブさせる要素としてグレッグ・イーガンの「万物理論」ばりのハードSF設定を使いこなす。
そして、「消失」は第2のヒロインとも言える長門有希とハルヒのどちらをキョンが選ぶのかというレベルと、もう一つメタなレベルとして主人公が作品世界の「リアリティー」のレベルを選ぶという2段階のストーリーを、時空改変SFとして構成しました。言わば、物語の「ラノベ度」ともいうべきものがテーマになるという「そんなんありですか」という話なんですが、長門萌えの人を二人の有希をそれぞれに愛でて幸せってレベルでもお腹いっぱいにさせているという面で、圧倒的に優れた作品でした。
このように、「涼宮ハルヒ」の本編シリーズではストーリーの上に作品の構造それ自体がメタレベルとして乗っかっていることが特徴です。「涼宮ハルヒ」はライトノベルというスタイルそのものを利用したメタ構造を持っているが故にライトノベルでしかできず、かつ、ライトノベルの枠を超えているわけです。「まおゆう」が幾多のRPGの文脈の上にしかあのスタイルを築き得ないのと同じですが、「涼宮ハルヒ」は背景に東浩紀さんのいうデータベース消費で成り立っている構造のライトノベルをさらに構造に持つという複雑なことになってます。いくらハードSFだからといってハヤカワで出してもだめなのね(笑)。
そして、今作がメインのテーマにとらえたのが「ハルヒとキョンの恋」でした・・・というかだった筈です。ハルヒとは違う、普通の女の子(というにはちょっと性格が変わってるけど、まあ美人にはよくあること^^;)である佐々木(この世界には名字しか出てこない人は一般人というルールがあります)の登場で自分の感情に気がつきまごまごするハルヒさんかわゆす。
そこに、構造今回のメタ構造では作品世界の時系列が分裂します。そこで、彼女(というかパートナー)としてハルヒを選ぶか佐々木を選ぶかがハルヒのSOS団を選ぶか佐々木のSOS団を選ぶかに重ねられ、ハルヒの揺れ動く心理がα時空とβ時空に分離していきます。佐々木が出てこないα世界でハルヒがキョンに何をしていたか、そして、突然、ハルヒがなんでそんなことをしていたかといえばそのきっかけが佐々木の発言にあったことを考えると・・・やはりハルヒさんかわゆす。
で、このストーリーの進展結果は、男女として少し進んだ関係になったハルキョンの筈なんですが、そこがうまく行ってないんですね。要因は二つあって、まあ、単純にネタとして自意識の問題よりも恋愛の方が扱いが難しかったということが一つと、もう一つにはハルヒとキョンがくっつくと「涼宮ハルヒ」自体が終わってしまいかねないということがあったんじゃないでしょうか。「分裂」が出たのはアニメ放送直後のフィーバー時。「分裂」が出た時点では当然「驚愕」のプロットは完成していたんだと思いますが、そのプロットにNGが出てしまったんじゃないかと。
谷川さんは、かなり理論的に構造を決めて書いている感じがあるので、この変更要求と「ついでにもうちょっとよくならないかな」という気持ちが泥沼の4年間じゃないかと。そのあたりの混乱の後が、物語のラスト付近のキョンが垣間みる大学生のハルヒの姿なんじゃないかと。これは最初のプロットの名残のシーンなんじゃないかな。今のストーリーだと別にいらないですものね。でも、なんとなくなくすのが惜しい感じもある。
というわけで、いろいろ大変だったんだろうなあと思いつつ、手放しで絶賛するような作品でもないですが決着をつけてくれたことには賞賛を送りたいと思います。ともかく、久しぶりに「涼宮ハルヒ」が読めて楽しかったですしね!
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