インセプション
「ダークナイト」を劇場公開で見逃してDVD視聴で観たときに、もう十分「クリストファー・ノーランはただもんじゃない」と思ってましたが、こんなに話題になった「インセプション」も見逃してしまいまった(笑)
というわけで、BDを買いまして、正月休み・・・がなかったのでこの連休で見たわけですが。
これはすばらしい!
誰かの夢の世界で物語が進行するとか、誰かの精神世界にダイブするとか、SF的にはわりと使い古されたイメージです。それを士郎正宗の「攻殻機動隊」が徹底的に整備し尽くして衝撃を与えたのが90年代前半。それを押井守がビジュアル化して世界に紹介したのが90年代半ば。それをゼロ年代前半にかけて実写で形にしたのが「マトリックス」というのが大まかな流れです。
で、いずれもヒットした作品ですから、二番煎じは死ぬほど作られてますし、遡ればギブスンの「ニューロマンサー」から連なるサイバーパンクは全部こんな感じだと言えるので、山ほど類似品はあります。
ですが、「夢(あるいは仮想空間)なので何でもあり」になってしまったり、「今、何がルールなのか観客がおいていかれる」ことになったりで、脚本的に優れた作品はなかなかありません。押井守の「攻殻機動隊」も話が観念的になり、ドラマ的な解決があいまいになってますし、「マトリックス」も仮想世界は格好いいのに、現実の世界が急にしょっぱい未来世界になってしまってガッカリになります。
ところが、「インセプション」では、次々に夢を見ている主体が変わり、架空の世界から架空の世界へ飛び移ります(夢の中でみた夢の中で見た夢の中の夢まで行きます)。しかし、
- 夢が一段階深くなるに従って時間の流れが遅くなる
- 一つ上位の夢で起きたことは、一つ下の夢に影響を与える
- 夢から戻るためには、寝ている人間に物理的衝撃(キック)を与えればよいが、もう一つ条件として、寝ている人間が夢の中で夢を見ていてはいけない(1段ずつしか戻って来られない)
というルールを、冒頭できちっと説明してます。そして、夢に潜るチームが各レイヤー毎にキック担当者を残していくことで、各レイヤーでの登場人物達の目的がはっきりしてるためにサスペンスをキチンと描けます。最後は、各レイヤーで登場人物達は各々苦闘することになるわけですが、バラバラの場面を次々にスイッチしながらちゃんと全員が何をしようとしているか判るというのは素晴らしい。
その各レイヤーで、凄まじいカーチェイスをやったり、ワイヤーによる無重力アクションをやったり、雪山アクションをやったり、荒廃した仮想世界を描いたり、まあ、SFアクション映画でやりたいことを全部まるごとぶち込んでるものすごく贅沢な映画です。これだけのアクションを次から次へと破綻せずに次々盛り込んで消化しているのはホントにすごい。
さらに、最終的にはおきまりの「夢の世界に居すぎて何が現実か判らなくなる」というネタも実にうまく使ってます。このネタを哲学的に使うのではなく、そのせいでチームのプランが台無しになって主人公が窮地に陥るというドラマの解決に対してちゃんとした使い方。なので、ドラマ的に深く感動するということは無いですが、だーれもそんなことは求めていないので全然OK。そもそも、このめちゃめちゃになりそうな設定で、きちんと筋を通したドラマを維持したことが立派。もうね、品格が漂うと言っていいほどの素晴らしい脚本です。
いやあ、ほんとにクリストファー・ノーランすごいよ!
そりゃあね、難癖付けようと思ったらいくらでも付けられますよ。チームを作ってる割に、各々のキャラが弱くて、キャラ付けと夢のレイヤーでの役割がうまく付いていない(なんで「調合士」がずっとカーチェイスせないかんの?誰か車の運転が上手って設定入れてソイツがすればいいんじゃないの?)とか、ヒロインが貧相すぎて、ロマンスの面が主人公と死んだ妻の間だけにしか成立してないとか、まあ、欲を言えばきりがないですよ。
でもね、これより上手くできた脚本みたことない。あたますっきり。今までのこの手の映画の場面場面ははっきりしてなくもないんだけど、全体を考えるとどーもつじつまがあってないスッキリしない感じとは大違い。それはもう、鳩山前首相の所信表明演説とオバマ大統領の就任演説ぐらい違う(笑)
で、劇場で観た人はぜひDVD/BDを買って、メイキングを見て!
アニメに慣れた日本の観客からしたら、「なんでここまで実写でやるの?」というぐらいに実写なんですよ、この映画。最初にアリアドネが夢を共有するシーンをまさかホントにパリの街角で爆破しながら撮ってるとは思わなかった。ラストの第一段階の夢を、ホントにLAの道の真ん中に雨降らせて電車走らせてるとは思わなかった。ホテルの廊下で重力方向が変わるシーンを、奥行き30mの回転するセットを作ってるとは思わなかった。雪山の要塞をホントにカルガリーの閉鎖したスキー場に建てたとは思わなかった。
ビジュアルイメージも、実現する力も、そしてポストプロダクションのセンスも素晴らしい。いやあ、この映画を貶す意味がわからない。よくもこんなネタでカラッとした娯楽超大作を作れたものです。世の中には、ここから深い意味を探ろうとしてこんがらがったり、この程度の明確な作品中のルールが読み取れずにドラマに入れなかったりで低い評価をしている人がちらほらいるみたいですけど、何をしているのやら。
この作品は「七人の侍」級の娯楽映画です。そりゃ、「七人の侍」からでも人生の教訓は読み取れるけど、読み取れるから「七人の侍」は面白いわけじゃない。あるルールのある挑戦をするのに、主人公がチームを結集して挑み、チームが窮地に陥り、それぞれのメンバーが役割を果たし、無事、解決してカタルシスを得る。そういう古典的フォーマットのドラマで、各メンバーが活躍する場面にそれぞれの夢のレイヤーにして全く違うアクションを組み込んでいるところが全く新しい。これはそういう映画です。もちろん、深読みも十分にできるようにいろいろと仕込みはありますが、それはさておいて、普通に素晴らしい。
やー、何回も見ちゃいそうだなあ。すごいわー、これは。
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