[石油の呪縛」と人類/ソニア・シャー
久しぶりにエッセーじゃない、新書らしい新書を読んだ気がします。
が、重い。気が滅入ります。
タイトルを見てもしかしたらエコで近視眼的な近代文明批判の本を想像してしまうかも知れませんが、筆者は至極真っ当なジャーナリストで、冷静な視点と大量の資料をもとに淡々と状況を説明していきます。まさに石油に「呪縛」された人類の今現在の状況をです。しかし、淡々とした文章なのにあたかも物語を読んでいるような引き込まれ方をします。所々に論文のような文章に似つかわしくない比喩やエピソードの挿入や引用が入ることがいいリズムを作っていて、この著者の巧さだと思います。
ただ、そうやって引き込まれて読んでいくと、どんどんとくらーい気持ちになっていきます。第一章は地質学的に石油とは何かを説明し、人類が石油を発見してどうやって文明に取り込んでいったかという話で始まります。しかし、こう続いていきます。石油が文明の発達にどれほど深く貢献して「しまった」か。石油がどれほど利潤と利権に繋がるのか。どれほどの資金をかけて新しい油田の開発が行われていて、それが何を破壊したのか。石油が出る地域の経済はオイルマネーのもたらす不均衡でどれほど深く破壊されてしまうのか。石油を運ぶ海運の現状はどうなっているのか。採掘現場の労働者に何が起きているのか。オイルマネーが学問の分野にどれほど深く影響してしまったのか。そして、もちろん温暖化について。
とにかく、すべて人類の問題です。人類が石油を取り、運び、使い、使い果たすまでに何をしてきて、何をしていて、何をする気なのか。そして、そのことが人類自身の未来にとって何を起こしているのか。
アフリカのある部族のほぼ全員が故郷を汚染され、そして虐殺された。中東のある地域に爆弾の雨が降った。ヨーロッパの湾が油にまみれた。太平洋のある島が沈んだ。北海の採掘リグから男達が冷たい海に投げ出された。そして、世界から石油が枯渇するその時、世界は今考えられるどんな混乱をも霞ませる大混乱に陥るかもしれない。
もうね、「地球に優しい」とか「シロクマを守れ」とかそんなことはどうでもいい。地球なんて人間が少々温暖化させようが気にするわけがないんです。もともと恐竜が生きていた時代にはもっと二酸化炭素濃度が高くて暑かったのだし、地球自身の火山活動によって温暖化していたこともあります。光合成するバクテリアが地球に大繁殖して二酸化炭素を吸い尽くし、そのことで地球が寒冷化して全球凍結したこともあります。地球というのはもっとダイナミズムに溢れていて、人間なんて手の届かないほどの物です。
ただ、石油を巡って、今まさに殺されている人がいる。家を失おうとしている人がいるんです。そして、我々の子孫達が飢え、争い、殺し合うことになろうとしている。我々が環境にダメージを与えることによって起きることは、全て人間自身がこの先も生きながらえる為に必要な事です。そして、石油という宝石の前には、環境問題ですらその呪いの一部でしかないという、背筋の冷える現実がこの本には淡々と書いてあるのです。
とはいっても、人類も所詮、地球の上の生物種である以上、ときに絶滅したり、その危機に瀕したり運命にあるんでしょう。環境問題なんて、実は新型インフルエンザが蔓延して人類の半数が死滅したらいきなり解決してしまうかもしれませんし(笑)、たとえその半数を失っても新型インフルエンザに強い遺伝子を遺伝子プールに取り込んだ人類は歴史をいくらか遡ってまた文明を取り戻すでしょう。人類なんてその程度の存在ですが、せめて、自らの手で自らを絶やすことのないようにはしたいものですね。
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