ダークナイト
去年の夏のSF大会では、すでにあちこちの部屋で「ダークナイトがすげえ」という話がそこかしこから聞かれました。911以後、ハリウッドもさすがにあぱらぱーな勧善懲悪が許される雰囲気ではなくなり、世界秩序の名の下に根拠のない正義を振るうアメリカの迷いがここにはっきり出ていると。
で、そりゃあ観なきゃいかんなーと思いさっそく「ビギンズ」のDVDを買って観て、ほほーなるほどーと思い、さあ、それじゃあ劇場に行こうかと思った週に、浜松では公開が終わりました。カフン。
そんなわけで見逃していたんですが、DVDはちゃちゃっと買ってあったわけです。でも、長いし、いつ見ようかなあと。そしたら、文化系トークラジオLifeの「文化系大忘年会2008」でもやはり今年の注目作として話題に上がってました。最近、Lifeのサブパーソナリティの座を狙っているらしい(笑)荻上チキさんはかなり思い入れアリ派で、逆にcharlieは「エンタメとして良くできてるけど、批評するとこはなくね?」という感じらしいです。
そんな話を聞くと、やっぱり観たくなるわけで、やっとこさ観ました。
とにかくね・・・長い!150分ですもの。2時間半ですもの。
何で長いと感じるかと言えば、この映画は通常の意味でのエンディングが3回ぐらいあるんですわ。そのたびにカタルシスが裏切られるのね。「バットマンつよーい。事件は解決。悪は滅びた!」なんてエンディングはさすがに誰も期待してないと思うんですが、普通の映画なら「結末には考えさせられる」とコメントがつきそうなエンディング・・・が裏切られ、逃げた悪者を更に追い詰めて、「しかし、人間の信じる心の強さが・・・」なんてコメントがつきそうなエンディングすらも裏切られて、最後には何の救いもないエンディングになります。ぐったりです。
とにかく、敵役のジョーカーが理解不能の悪として描かれてるんですが、これが半端なくわけがわからない。なんで悪事をしようとするのか、動機はどこにあるのか、全然わからないんですが、確固たる悪なんですよ。ワケがわからないことになっちゃってる人だったらわかるわけですよ。ああ、逝っちゃってるのねと。でも、そういう理解すら拒絶するんです。
これは多分、笑いどころなんですが、あの顔とメイクについて自分語りをするシーンがあるんです。自分の顔はなぜこんなに恐ろしい傷があって、それが自分の犯罪の動機だと3回ぐらい語るんですが、毎回違うことを言うんですね(笑)。で、「俺の顔の傷が怖いか?この傷は・・・」って語るんですけど、そもそもそのメイクだと傷があるのかどうかすらわかんないっての!でも、どれも「今度はホント?」と思わせる説得力があるんですよ。観ていると、部分部分ではジョーカーの行動原理に納得しつつ、感情移入もできつつ、でもジョーカーが次に何をするかはまったく理解できない。全体を通してみると、もうなんだかさっぱりわからないという、とてつもない悪役。
そして、またジョーカーがことごとく痛いところを突いてくるわけです。予告殺人はするけど手を下してくるのは全部弱みを握った一般人だったり、テロを盾にバットマンに名乗りでろと言ってみたり、バットマンが見込んだ人物を悪の道にひきづりこんだり。バットマンは所詮なんの正当性もない、ただの金持ち正義オタクなので、こういう捕まえてぶん殴ってもどうにもならない敵をどうすることもできません。とにかくどうにもならないんです。
正義と、それを持って行う行為の限界をまざまざと描くという「それやって、観てる人は嬉しいのかいね?」という話なんですが、にも関わらずエンターテイメントの枠を出ていない。人によっては、「バットマンでしょ?アクション映画でしょ?何こんな小難しいのでどうしようというの」という感想にもなるでしょうし、「んー、バットマンじゃん。難しいこと言ってるけど、エンターテイメントでごまかしてんじゃん。答えないじゃん」という感想にもなると思います。しかし、アメリカでこれがタイタニックに続く第2位の興行収入を達成したということがアメリカ人のモヤモヤをよく表していると思いますし、まったく日本で話題にもならないというのは、こりゃまたどうしたものかという気になります。
日本のオタクは「日本人は美少女アニメ(あるいはロボットアニメ)でもこれだけのテーマを描ききってみせる」というところに誇りを持っていいと思いますが、アメリカ人はバットマンでこれだけのことが出来る。サブプライム恐慌でちょっと傾いてはいますが、ダントツで世界一の軍事力を持って金と鉄砲で世界の理不尽(と自分が思っていること)に立ち向かっていくアメリカが、ハリウッドでこういう映画を作り、それに多数の人が共感したというところに、どういう意味を見いだすか。少なくとも、これを観ちゃうとちょっと他のアクション映画はぺらぺらでまともに観られなくなっちゃいます。
テーマ的なことについてたくさん書きましたが、バッドモービルの脱出シーケンスやケータイソナー、冒頭の誘拐シーンなど魅力的なガジェットやシーンもたくさんあって、「観たことがない絵を作る」という「SFは絵だ!」的な出来も秀逸。ユーモアも大いに交えてありますし、役者もみんな魅力的。ほんと、貶すところがほとんどありません。
あ、惜しむらくは「ビギンズ」の時にはわりと可愛かったヒロインが・・・皆まで言うまい。
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