BSアニメ夜話 「時をかける少女」
自宅ではBSが見られないのですが、ホテル暮らしのお陰で今回のBSアニメ夜話は見ることが出来ました。今シリーズは「母を訪ねて三千里」「ボトムズ」「時かけ」「精霊の守り人」の4本です。
さて、「時かけ」ですが、印象に残ったことをつらつらと(あ、まだ「時かけ」見てない人はすぐに見なさいね!)
原作の筒井康隆さんが、「原作とは違い、自分の意志でリセットボタンを押す。軽々しくリセットボタンを押せる世界で文学が書けるのかと言えば、それが『ゲーム的リアリズム』であり、現代の文学はそこにある」と、東浩紀さんの名前を出して語っていたことです。すでにこのブログでも感想のエントリを書いた「動ポモ2」が(こう言っては失礼かもしれませんが)NHKの番組で行われる議論の下敷きになっていることに驚きです。というか、筒井先生、ちゃんとオタク批評の最先端を追いかけてるんですね。さすがです。
そして、岡田斗司夫さんはこの作品をあまり好きではないようで、その理由がこの作品がいわゆる「セカイ系」(=主人公の周りの狭い世界の出来事が、社会全体と同一レベルで語られる世界観)の中にすっぽりと収まっている、つまり、真琴が自分の能力を例えば1000年先に遡ることに使ったり、あまり幸福ではない千秋の世界を救うことに使ったりしないところにあると言ってます。と、同時に、この作品が希有にも「恋愛感情が沸き出でるその瞬間を書ききる」ほどに大事に真琴の世界を描くことに成功している要因で、それは評価しながらも、そのために捨てられたものを憂いているわけです。深い。というか、その見方は無かったわ。さすが腐ってもオタキング。いや、腐ったのはオタキングではなくオタクですが。
アニメーションの技法的にも優れていて、そこも論じるポイントが沢山ある作品です。ですが、原作から大きく2000年代へ踏み出して語られたテーマの現代性や文学性について、もっと語っていくべきかも知れないと思わされました。そして、ラノベブームも併せ、今、この時代のリアリティと文学というのは、確実にある種の力を持っている、例えば、70年代にフォークソングが持っていたような力を持つ可能性があると感じます。うーん、2007年は意外に面白い年なんじゃないのかな?
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