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夢を与える/綿矢りさ

 速すぎた飛行機の空中分解を夢見てた。人々に見守られながら飛び立って、通常の軌道から外れてぶわりと上昇し、軌道の遙か上空に新たな軌道を作り飛んでいく。やがてそのスピードと高さに機体は耐えられず表面がどんどん剥がれ落ちていき空中分解するが、その瞬間のことには人は他のわくわくする飛行機に顔を向けているため、上昇し続けた機体の最期を見ることはない。

 やけくそのフェステバル、誰か音楽を止めてほしい、でも自分で止める勇気なんかなくて(沈黙は死ぬのと同じ)踊り続けるのは苦痛だけってわけじゃなくてめくるめく楽しさもあり、止まるぐらいなら誰も届かないところまで走っていきたい、とも思う。熱に浮かされたように。夕子にとってそれは比喩ではなくほとんど毎日、夕方になると微熱が出て、皮膚は小さな子どものように熱かった。家に帰って真夜中にベッドに入っても、疲れているのに、深層に押し込んだ眠気はやっと眠れる時間になってもなかなか戻ってこない。

りさ節全開ですね。「声に出して読みたくない日本語」っていうか、発話しちゃうと不自然な日本語なんですが、この文章からきしみ出る、荒んだ疾走感と茫漠とした虚しさはただごとじゃない。二段落引用すればわかる非凡さ。それが、綿矢りさです。

「インストール」の時からそうでした。私は綿矢りさを、「広告批評」の特集で、インストールの一節が引用されていたのを読んだことで知りました。主人公が、自室のものをすべて粗大ゴミ置き場へ持って行って、そこで自失する場面でしたが、そこに吹き荒れる文章の迫力は異常でした。

「インストール」は、投稿作ということもあり、まだ魅力的なプロットという化粧をされていましたが、「蹴りたい背中」ではストーリーは捨ててしまって高校生の「黄ばんだ青春」が研ぎ澄まされた文章でありありと描かれ、読んだ人をどうにも困った気持ちにさせる作品でした。どう考えても100万部を売るようなメジャー作品ではないのですが、最年少芥川賞という話題性もあり、また、手に取った人を唸らせるだけの力もありました。

そして、芥川賞受賞後の第1作目となるのが、「夢を与える」。なんと、3年半もかかってしまっています。まあ、大学生で職業作家ではないわけだから、寡作も責められることではありませんが、ファンは正直、忘れかけるぐらい待ってましたよ(笑)

ストーリーは、子役あがりのアイドルの栄光とスキャンダルによる挫折の物語。ぶっちゃけそれだけ。しかも、主人公の両親が結婚するところから始まります。ええっ、こんな平凡を通り越して、陳腐な題材を、それも絵日記みたいな生真面目さで書き始めてどこへ到達するの?

もちろん、何処へも到達しません(笑)

物語は予想通り、予想された破局へ一歩一歩、最後はすこし駆け足で向かうだけです。なのに、このなんともやりきれない読了感は何だろう。綿矢りさが人を感動(決していい気持ちじゃないんですが^^;)させるのに、凝ったストーリーなんて必要ない。自分の感じたこと、感じさせたいこと、読者の感情をまるでよく聞き知った曲をタクト一つで一変させて伝える指揮者のような魔法を存分に味わせてもらいました。冒頭の引用は、主人公がアイドルとしてブレイクして、忙しさの極地にある場面です。相変わらず、凄い。技巧とまで行かなくても、何が輝いているかを確実に見抜く目があって、それを自分の文章へきちっと向けられるんでしょうね。

ただ、文章家としての能力は申し分ないけども、題材の平凡さが帳消しに出来ているかというと、やはりいかんともしがたいものはあります。前作の「蹴りたい背中」の世界観と登場人物は、綿矢りさの中にある闇をすっと差し出されたような、ぎょっとする迫力がありましたが、今回の話は著者にとって借り物の闇に過ぎないような印象を受けます。2006年に、あえて提示すべきテーマだったのかどうか。それは大いに疑問。

まあ、でも23歳だもんね。いろいろありますし、今、抱えてるモロモロは30も過ぎてから出してくれればいいのかなという気もします。だから、今回が借り物の闇であることも、この作家の将来を暗くさせるようなものでは無いでしょう。10年先に綿矢りさを語るとき、着実なステップの一つとして数えられる作品になるんじゃないかなあ。

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