アフターダーク/村上春樹
「ゆっくり歩け。たくさん水を飲め」・・・格好いいねぇ
村上春樹の作品の中では、よく、巨大な闇の存在が出てくる。「羊をめぐる冒険」で"鼠"がとらえられてしまう心の闇であったり、「ダンス・ダンス・ダンス」のドルフィン・ホテルの真っ暗なフロア、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」のやみくろなどが挙げられる。
でも、初期の村上春樹の作品に出てくる闇は、人の心に巣くう闇だったり、こことは違う何かを象徴する闇であったり、過去に自分が無くしてきたものの総体としての闇だったりしたわけだけど、最近の作品の闇は圧倒的な悪意として出てくることが多いような気がする。人間は誰も立ち向かうことが出来ないような、すさまじい暴力で完全に個人を損ねてしまうような。
基本的に村上春樹の小説は一貫して「何かを失う(もしくは、失った)話」なんだけど、初期の作品と最近の作品では何か大きく異なるところがある。で、その転機は「アンダーグラウンド」だったんだなあと、今更ながら思う。「アンダーグラウンド」は地下鉄サリン事件の被害者へのインタビュードキュメントで小説ではないんだけど、あの作品の中で巨大な闇や圧倒的な悪意に、人が何の理由もなく突然遭遇して、そして、そこで損なわれてしまうという「現実」がはっきりと示されていて、そこで得た手触りのようなものが、後の村上春樹の小説の中に、はっきりと影を落としている。
ところが、今回の「アフターダーク」は、その闇が状況として置かれていて、その周りの人達が描かれている。そして、確かに損なわれている人達が出てきているんだけど、闇の力はそれほど圧倒的には描かれていない。そのかわりに、ものすごく身近なものとして描かれているけど。でも、スタイルは変わったけど本質的に描きたいことは変わっていないのかなという気もする。うーむ
とりあえず、1本筋の通ったストーリーがあるワケじゃないので、ちょっと一回読んだだけではうまく消化しきれないな。美味しくいただいたことだけは確かだけど
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