三体III 死神永生/劉 慈欣

ついに完結編。出ました。

いやー、面白かったー。なんか、ホントにてんこ盛りというか、ごった煮というか、ある意味で「ハイペリオン」みたい。ただ、今回は程心ちゃんが一貫して主人公なので、その分の読みやすさはあります。ありますけど、今度は時間の方がびゅんびゅんとカッ飛んで進んでいくんで、そっちが大変。

でも、ここに惜しみなく投入されているSF的アイデアの数々には、本当に恐れ入ります。後書きによると、この「死神永生」では前2作ではある程度セーブしていた「ハードSFテイスト」をフルブーストにしているらしいです。物理学科卒の私は面白がってますけど、普通の人はどうなの?ひも理論が10次元を必要としているけど、我々の4次元以外の6次元はどうなったって話がありますが、まさか〇〇がどんどん〇〇してしまったので残り少なくなっているとか、面白いの、この話?(笑)

というわけで、もう面白さは保証されてるんで読むしかないです。今から思うと、「三体 I」はゆったり進んでたなあ・・・。

というわけで、以下、ネタバレです。本を読んだ方だけ、どうぞ。

 

 

 

こんなものでいいかな?

さて、最後まで読んだ方は全員思ったことがありますよね?それを書いておきましょう。

「最後、2人を会わせないとか、作者は鬼か!」

なんだろう。これも一種のロマンチックなの?これだけ引っ張っておいて、地球人類最後の2人を程心と雲天明にしないんだから、ビックリですよ。

なんていうかね、この雲天明が陰キャな理系男のシンパシーをくすぐるんですよね。こんな自分にも声をかけてくれる優しい同級生に恋をして、恋をした記憶だけ大事に生きてるという男。そして最後には彼女の心を手に入れるのに、その瞬間、自分は(それも彼女のせいで)お味噌だけになっているという・・・こんな話書くなよと(笑)。どんな絶望的なラブストーリーだよ。で、そこから800ページ引きずって、会わないという。酷い。こういう酷いのを書いてみたい気持ちはすごくよくわかる(笑)。

宇宙ヨットを連続核パルスで吹っ飛ばす話。異星人の超技術宇宙船を4次元空間からぶっ壊す話。光速を遅くすることにより星系をまるごと事象の地平線の中へ閉じ込める話。地球人類を木星の影に作ったスペースコロニーに移住させる話。太陽系をペラペラにすることにより破壊する話。いろとりどり、何でもあり。そして、最後はとっくに地球文明が滅び去った後、次の宇宙に行く話ですよ。すごいね。

で、今、感想を書こうかなと思って上巻の頭を見返して、コンスタンティノープルの話を読んであったあったと。これも、もう一度読むと4次元の欠片の話ってわかる。うあー、もう一回読まないとだめかー。「時の外の過去」パートもあるしなー。

いや、感想まとまらないな。まあいいや。こんな面白い小説だから、また読み返すこともあるだろう。とりあえず、今は満足!


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Kensington Pro Fit Ergo Vertical 有線トラックボール

もう長いこと、親指トラックボールの愛用者です。

有線だった頃からlogitechのユーザーで、長らくlogicool M570を使い続けてました。これがないと生きていけない・・・ってほどでもないかな。Macのトラックパッドなら使えます。マウスは無理。

そんな愛用のM570ですが、不満点が1つ。というか、これは別にM570への不満という訳ではないです。macOSの問題。マウスとトラックパッドを両方繋いだ場合に、スクロールの向きを別々に設定できないんですな。

マウスのスクロールホイールは、手前に引いたらスクロールして欲しいし、トラックパッドは2本指で上にドラッグしたらスクロールして欲しい。まあ、なんで2個繋いでんだよって話なんですが、それぞれ向いてるケースがあるんですよね。仕事でWindowsマシンも使うって時には、WindowsにトラックボールとMicrosoft Sculpt Ergonomic Keyboard、Macに純正トラックパッドとHHKBを接続して、それぞれ並べて作業します。が、今は自分のMacでプロジェクトワークもしているので、Macにトラックボールも繋いで、右手でトラックボール、左手でトラックバッドを操作してます。4本指ドラッグ操作だけ、左手でやってます。で、スクロール方向問題が出ると。

去年、M570がM575にモデルチェンジしたときに純正カスタマイズツールで変更できるようになってないかなーと思ったんですけど、どうもなってなさそう・・・。なってたら即買ったんだけどね。まあ、まだこのM570でいいや。6年も使っているから大分表面もつるつるになってきたけど。

と、そんな先日、このトラックボールが不調になりました。ときどき、ポインタが反応しなくなる。マシン負荷や無線の不調の疑いもあるんですが、故障かもしれない。Amazonの購入履歴によると、これを買ったのは2015年。その前に同じトラックボールを2010年に買ってるので5年ごとぐらいに買い換えているみたい。まあ、間違いなく毎日使うものではあるわけだし、寿命なのかもしれないです。5年使えば文句をいう筋合いはないわけで、これで晴れてM575に乗り換えようかなと。

と、思ったんですが、無線の不調の可能性もあるなら有線にしてもいいなと思ったんですよね。マウスと違ってトラックボールは本体を動かさないので線がついていても操作感に影響はありません。HHKBもBluetoothモデルを買っておきながら動作の確実性が利便性を上回った結果、有線で繋いで使っているし、トラックパッドはBluetoothで使ってますが充電のためのLightningケーブルは挿しっぱなしだし。

というわけで検索してみて、ケンジントンの有線の親指トラックボールを買ってみることにしました。まあね、気に入らなかったらM575を買えばいいやぐらいの感じです。

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早速、比較ですが・・・あれ?思ったより形が違うな(笑)。だいぶ、上方向の盛り上がりがデカいです。M570は手のひらの真ん中のくぼんだところを一番盛り上がったところにおいて手のひらを支えて使います。要するにマウスを持つときとおんなじです。ところがこのErgo Verticalはかなり斜めなので手のひらを置くところがない・・・。いや、どうやらこっちの方がエルゴノミクス的には良いみたいなんですけど、今までと違うんで違和感があります。なんかすごく右手が疲れました。3日ぐらい使って、大分慣れてきた気はしますが、なんせ20年以上同じ形のものを使ってきたんで違和感はなくなりません。慣れるかなあ。もうオッサンだから感覚の柔軟性が失われてるんですよねー。

あと、ボールの滑りの滑らかさが足りません。M570はボールを動かしてもまったく摩擦音がせずスーパースムーズに動きますが、Ergo Verticalはカサカサという摩擦音がして滑らかさが足りません。これはちょっと厳しいなーと思ったんですが、ふと、M570とボールを取り換えてみたら、だいぶ改善しました。M570ほどではないですが、青球に変えたErgo Verticalは少なくとも音はしなくなりました。おおー、これなら許容範囲内。というわけで、壊れたM570を持っているか、交換用の球の購入を厭わない人にだけこのトラックボールを薦めます(笑)。

というわけで、ここまで特にM570に比べていいところはなかったんですが、KengingtonWorksという標準カスタマイズツールでホイールの向きを変更できます。これはナイス!まあ、これを変更してくれる野良ツールはなくはないんですけど、こういう高い権限を与えないといけないツールは標準品がいいやね。

というわけで、しばらくこれで使ってみたいと思います。

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シン・エヴァンゲリオン劇場版

正直、もう完全に忘れてましたし、私の中では終わってました。いや、そりゃそーでしょ。「Q」って2012年ですよ。今更、やるよと言われても・・・

とはいえ、観ないという選択肢もない。しかも、どうやら評判は上々だ。というわけで、公開初日は避けーの、かといって、最初の週末も避けーのってことで3/11(木)の17:00に日比谷のIMAX。前日に、発売当時に買ってシュリンクも破いてなかった「Q」のブルーレイを観ておさらいです。

・・・いや、それにしても「Q」はホント、さっぱりわからないね。こりゃ、覚えてないのもムリはないな・・・。

あまりにさっぱりわからないので、「シン」がいきなり「Q」とはまったく無関係の何かであっても不思議ではないと思ってましたが、思いっきり「Q」の続きからだったので逆にびっくりしました。

さて、「破」の感想で以下の様に書きました。

もともと、テレビ版のエヴァは途中入り組んではいますが、大きく4つのパートに分けられます。

  1. 大怪獣活劇(代表的には6話)
  2. 楽しいキャラアニメ(代表的には9話、13話)
  3. 90年代的カタストロフアニメ(代表的には19話)
  4. キャラクターの存在意義を問うメタアニメ(代表的には20話や25話)

「破」は2番目と3番目が取り上げられてます。4番目の要素は最小限に抑えられています。また、テレビ版との大きな差として、今回は碇シンジの物語になっています。テレビではアスカ、ミサトも主人公扱いでした(レイはまたちょっと違う扱いですな)が、今回はアスカやレイは「シンジを取り巻く人達」として描かれていて、その内面的な葛藤は主題とされていません。

次の「急」あるいは「Q」が、まさに俺たちの観たいエヴァかもしれません。そういう意味では、楽しいエヴァはここまでかもしれないんだぜ?(笑)

で、「Q」はほぼ、3番目と4番目だけで出来ているようなものでした。あからさまなメタ描写こそないものの、荒廃したネルフ本部は完全にこの世のものではなくなってます。いくら何でも、ゲンドウと冬月、アヤナミ(っぽいもの)とカオルだけしかあそこにいないわけないし、天井もないあんなトコロにピアノ置いておけるわけないし、まあマジックリアリズムというか、村上春樹っぽい不条理さというか、既に半分以上、ストーリーが放棄されてます。

そして、すれっからしのエヴァファンはよく理解しているように、エヴァにおいては理解できなくなったら理解しなくていいサインです(笑)。それは「主人公であるシンジがわけのわからない状況に追いやられているので、当然、観てるあなた方にもわけはわからないのです」ということで、親切な庵野監督はそういう場合には登場人物に「わからないよ」とか「おかしいですよ」とか言わせるので、そうなったらおかしな事になってるんだなと思えばOK。とにかく「Q」は「やれっていうからやったらちょっと楽しくなってきたのに、なんかいつの間にか酷いことになったのはお前のせいだと周囲から責められまくり、まったくわけがわからず、そんな中でも唯一『頑張ればなんとかなるよ』と言ってくれた人のことを信じて頑張ったら、マジで超ヤバいことになってわけもわからず茫然自失」という心理状態を執拗に丹念に100分かけて書いただけの話なんで、まあ、わけがわからない。大変ですわ。

それを受けての「シン」は、ついに「得意のメタ視点」全開。線画でるわコンテでるわ実写でるわという旧劇場版要素に加え、ついには(CGで作った)ミニチュアセットでるわスタジオでるわTV版のテロップでるわの大盤振る舞い。いやあ、エヴァだねぇ(笑)。エヴァみてる気がしてきた。

というところでこれ以上のネタバレはマズかろうということで、以下は観た後でお読みください。いや、まあ、ネタバレされて面白くなくなるような話でもないけども。なんせ、ストーリーは例によって半ば放棄されてるからねぇ・・・。

 

 

 

 

 

 

さて、今回意外なのは「Q」であれだけ精神的に追い込んだシンジのトラウマを回復させるパートがあったこと。これまでメタアニメパートは、精神的に追い込まれたシンジ(や、旧作的にはアスカやミサト)の狂気と救済を描くためにあったわけだけども、今回のシンジくんは田舎暮らしで回復して、元気です。あれ?じゃあ、誰が・・・ってゲンドウかい。というわけで、なんか最後、話の主人公がゲンドウに移ってしまいます。

「破」あたりではゲンドウとシンジの関係が旧作とは違っている描写があって、今回のゲンドウは単なるわけのわからない状況装置ではない感じになってたんですが、「Q」ではその当たりはガン無視だったんで・・・。ただ、ストーリーの構造上はラスボスの位置にいるんだから、作劇的にはまったく正しい。いやー、今回のゲンドウさんはラスボスだったわー。ゲンドウさん、自ら動くタイプだと思ってなかったからびっくりしたわ。ゲンドウさんが甲板に自ら降臨なさるあたりから、TRIGGERのアニメになったのかと思いました。まあ、今石監督もたぶん関わってはいるんだろうけどさ(笑)。

というわけで、「なぜ、わざわざ追い込んだシンジを回復させるパートを必要としたのか」というのがこの映画の本質なんだろうなと思います。なぜなら、そこがTV版や旧劇場版と最も違うところだからです。ゲンドウさんがひとつ目になっちゃったのは、たぶんこの変更の副産物だと思います。そこは・・・やっぱり庵野監督の経験もあるんだろうし、今日はたまたま311の日ですけど、震災から10年の間、多く語られなければならなかったトラウマと回復の記憶も無関係ではないんでしょうなあ。

もちろん、大きく観ればこれは24年前の呪いに満ちた劇場版と語っている内容は同じだし、正直、「またその話ですか」感はなきにしもあらずです。実際、ファンの中には「そういうメタアニメ的な観念的な部分は抜いて、謎と伏線とアクションとストーリーと世界観が美味しいエヴァを見せてよ」という期待がある程度、あったと思います。少なくとも「序」はそういうアニメだったし、「破」の段階でもその範疇に収まる可能性はまだありました。ただ、「Q」「シン」と見終わって、まあ、エヴァはこれだなって感じは(しぶしぶながら^^;)あります。作り物の世界、人と人とが向き合うことを避けた世界と現実世界の狭間を突きつけるという意味では変わってませんが(また綾波でっかくなってたしな)、「輪になって『おめでとう』」に比べれば圧倒的な祝祭的雰囲気に満ちた映像は、何か大きな違いを感じさせるものでした。

いや、しかし疲れた。長い。アクションのボリュームが凄いからお腹いっぱい。ともあれ、長い間お疲れ様。ウルトラマン、期待してるぜ。

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遊牧民から見た世界史/杉山 正明

 

スゴ本ブログで取り上げられているのをみて、なんとなく購入。

もの凄く面白かったんですけど、とにかく私がこの本に書かれていること、およびその前提となる知識がまったくないということがそれ以上に衝撃でした。

ウチの高校は文理に分かれるのが3年になってからで、1年では地理、2年では世界史と日本史を全員が勉強します。もちろん、どれも1年では履修範囲は終わらないので、3年になって受験に必要なものを選択して残りを勉強すると。そういう仕組みになっているために、歴史は1年しかやらない生徒が古代から中世やって終わってしまうのもどうなんだということで、日本史は幕末から、世界史は大航海時代から始まります。世界史のノートの1ページ目にトルデシリャス条約が出てくるんだな。いや、私も良く覚えてるよね、そんなこと。

大航海時代以降、各地域の歴史ではなく「世界史」という面で捉えると、中心はオランダ、スペイン、ポルトガル、イギリス、アメリカ・・・と移ろって現代へ続いていきます。「実社会で役に立つ」という意味では、この方針は役に立っていると思っていて、ウチの学校はエラいなと。

それはともかくとして、そういうわけなんで私の歴史の知識というのは、ルネサンス以降のヨーロッパに偏っていて、古代ローマとか、中国とかよく知りません。で、それ以上に、中央アジアとか西アジアとかモンゴル帝国に関する知識がこれっぽっちもないし、もっと言えば、地理的な感覚もまったくありません。黒海と中国の間がどうなってるのか、まったくイメージ出来てません。

この本の最初は、舞台となる地域の概略から入ります。テンシャン、パミール、アム川とシル川・・・どこ?全然位置関係が把握できない・・・。

仕方ないから、地図帳を買いました。懐かしい・・・。

これを参照しながら、本を読み進めていったんですが、わかったことはとにかくヨーロッパも中国もまったく騎馬遊牧民に太刀打ち出来なかったということです。基本的に、されるがままです。それぐらい、騎兵というものが圧倒的な武力だったってことなんですね。

中国もモンゴル以前に漢の時代から負けっぱなしで、内実はどんどんと取り込まれちゃってるし、ヨーロッパもスキタイから始まって、ペルシャ、トルコ、イスラム、モンゴルとやられっぱなしです。で、大航海時代より前で言えば、各地域の歴史ではなく「世界史」という観点で捉えれば、どう考えても主役は中央アジアなんですな。そこで起きた文明が世界を何度となく統一しかけているわけで、その力の源は物流と経済と軍事で、それらは全部中央アジアで行われていたのだから。ヨーロッパはほとんどの時期、田舎に過ぎなかったと(笑)。でも、そこで起きたこと全然知らない。まあ、単に私が果てしなく無知なんだけども、それはそれとして、あんまり文献が揃ってないというのもあると。さらに、中国語とモンゴル語とペルシャ語と、その他の文献を総合して研究していくことが難しいし、はかどってないってのはあるんだそうです。

はー、ほー、と無知にもまったく知らなかった歴史の流れを本から受け取っていると、ちょうど、NHK BSで我々が小学生の自分に大ブームになった「シルクロード」の再放送が始まりまして、まあ、これが面白い。1983年頃の取材なので、いまから40年近く前、天安門事件も起きる前の中国、ソ連。イラクとイランは戦争中。もちろん、日本だって昭和58年と令和3年では大きく変わってはいますが、日本はあるし、自民党もまだあるし、同じ通貨を使ってもいます。しかし、映し出されている圧倒的な映像(もちろん4:3)のウイグルや旧ソ連の中央アジア諸国、中東諸国の変化はおそらく日本の比ではないと思いますから、もう、凄まじく貴重な映像で、ため息が出ました。毎回、地図帳とにらめっこしながら(とはいえ、中央アジアはそれほどページも割かれていないんですが・・・もっと詳しい地図が欲しい)、はーとかほーとかいいながら観ました。観ながら、ホントに中央アジアについてはなーんにも知らないなあと。そして、日本に邪馬台国があったのなかったのというころから、世界史はもうこんなに激動していたんだということに圧倒されました。

いやー、小学生の時も親はこれを観ていて、横で「くそつまんねー」と思っていた記憶があるんですが、こういうものを面白がるためには大人になる必要があるんですなあ・・・。

というわけで、しばらくシルクロードがマイブームです。続けて、他の本も読んでみたいんですけど、何がいいのかなあ。

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けしからん「中抜き(ではなくピンハネ)」は何故おこるのか、あるいは、SIerとは何か

なんかCocoaの件でいろんな人が怒っているわけです。

まあ、おそらくなんか良くないことが起きていることは間違いないんでちゃんとして欲しいんですけど、これを批判している人の中で、「中抜きしてボロもうけしているSIerは酷い奴らだ」みたいな単細胞丸出しの発言をし、あまつさえそれを頭から信じ込む原核生物レベルの方が散見されるので、SIerってのは何をやっているのかを業界の経験20年の私がめっちゃ簡単に説明します。SIerがボロもうけでないことを示します・・・というか、ボロもうけなら別に資産も設備も大して必要ない仕事なんだからあっという間に過当競争になって値引き合戦になるに決まっているんで、説明するまでもなく、そんなわけないんですけどね。

ちなみに、「中抜き」は商流の中間を省くことなんでSIerがやられると困るやつのことです。勝手に言葉の意味を変えないで。面倒くさいから。

さて、素晴らしいお客様から1億円のシステム開発の発注があったとしましょう。SIerはいただいた1億円から、まず利益分を取り除きます。会社にはプロジェクトを遂行するミッションを持つ人以外にお金を使う人がたくさんいますし、その人達のお給料も払わなければならないし、土地建物も維持しなければならないのです。これがだいたい30%ぐらいだとしましょう。残り7000万円。

さらに、積み立てをします。プロジェクトはいつもいつも上手く行くわけではありません。というか、この業界、恐ろしいことに

滅多に上手く行きません

1日もプロジェクト期間を延長することなく、1円も追加コストを払うことのないプロジェクトの方が珍しいのです。まあ、そのぐらいシステム開発というのは不確実性が高いので、各プロジェクトは失敗したときのための社内の積立金を払います。何かあったらみんなが払ってるこの積立金から補填します。これがだいたい10%ぐらいは必要です。残り6000万円。

さらに、プロジェクトには開発成果物をまったく作らない人がたくさんいます。いわゆる管理系と呼ばれる人達です。どのぐらいの人数必要かはプロジェクトによりけりですが、例えばスクラムチームなら開発者7名につきPOとSMの2人がつくわけですから、だいたい全体の2割ぐらいの人が管理系として必要になります。開発者と管理系の人達のコストが同じぐらいだとすると開発者に支払われるのは残りの80%ですから、4800万円ということになります。

はい、1億円貰って、開発者に払えるのは4800万円です。減っちゃったね。

しかし、管理系の人と開発者のコストが同じってことはないですね。だいたい、管理系の人の仕事の方が難しいし大変なので管理系の人が月200万、開発の人が月100万なんてのはザラでしょう。デカいプロジェクトのPMともなればもっと貰うでしょうし、開発者の中でもキーとなるスーパーハカーさんにはもっと払うでしょうが、ざっと平均したら2:1ぐらいってのは、現実的か、もっと差があるかなって感じでしょう。この辺は採用している技術の難しさとかに依るんですが、そもそもSIerが頑張るような大きなプロジェクトで採用している技術が難しいと人が集まらないので、開発者のコストが高いってのは珍しい。技術力より人数の方が大事だからSIerさんが呼ばれるのです。さて、2:1だとすると人数差を加えると管理系と開発者のコスト割合としては1:2ぐらいになります。ということは開発者に払えるのは4000万になります。

というわけで、だいたい1億円貰っても開発者に払えるのは4000万円。この予算で必要な開発者を下請けさんにあたって集めてくるわけです。ということは、1億円で作れるのは月100万円ぐらいの「そこそこ」の開発者5, 6人が半年で作れるレベルのものってことです。これにPMとPMサポートの人の2人専任で付けたら人件費6000万円は終了なので、大したものは作れません。

そして、ちょっと恐ろしいことを言っておくと、開発者の生産性というのは、使うツールやその人のスキルで簡単に数倍になります。そして、管理系コストは開発者の数が減れば減ります。なので、「そんなもん、1人で3ヶ月あれば作れるよ」という人がいれば、その人に3倍の300万円はらっても、PMもあわせて二人で500万円。3ヶ月で1500万円。あら、1/4で出来ちゃったということはあり得ます。だからといって、「オレならそんなの3ヶ月で出来るから1億は高い」という批判は意味が無いよというのもわかりますね。会社として1億円の仕事を何十と受けて回していくというのはそういうことではないんです。

さて、1億円のプロジェクトならこれでおしまいです。こじんまりとしたチームで半年間頑張って、ちょっとしたシステムの構築や改修をこなしてにっこり笑って解散であります。

問題は、これが100億円のプロジェクトになった場合です。開発コストは1億と同じ、受注金額の60%の60億円としましょう。1億円プロジェクトではそれで8人ぐらいが実働してたわけですが、100倍です。期間10倍、人数10倍とすると、80人の5年プロジェクトになります。

「はーい、お仕事取れたから集まって−」と声をかけて80人集められるか。これは手分けをして集めないとムリでしょう。というわけで、ここから多重下請けが始まります。作るものを10億円ずつの6つの部分に分けます。すると、それぞれがプロジェクトになるわけです。実は、この10億円プロジェクトは1億円プロジェクトの期間を10倍にしただけなので、断面を見ると開発者の総数は1億円プロジェクトの6倍です。100億円出したのに、開発者はせいぜい30人ぐらいです。でっかいSIerにいれば、この程度は「大規模・・・とまではいえないかな」程度のプロジェクトです。あれ?80人じゃなかったっけ・・・?

というのがSIerのやっている商売です。ここまで何もおかしいところはないですよね。でも、結論としては「1億貰って作れるのは、すげえプログラマなら1人で3ヶ月もあればできるレベル」「100億貰って作れるのは、1クラス分の人がせこせこ5年かかって作れる程度のもの」になっちゃうわけです。

で、さらに面倒くさいことを言えば、この期間でやっていることのざっくり1/3は「何を作るのかの相談」で1/3は「ちゃんと出来ていることの証明」です。ホントにゴリゴリと手を動かしているのは1/3ぐらいなので、「1億かかったの?これとそっくり同じものを1ヶ月で作れるよ」というリアクションをされることもあり得るわけですが、何度もいますが、そういうことではないんです。

100億円プロジェクトの開発者の総工数が30×12×5=1800人月で単価100万円として約20億円。これを

80%はピンハネ

って考えますかってことです。途中経過が正しくても、結果が間抜けになるということはあるんです。

Cocoaのコストプランがどうなってるのかは全然わからないですけど、外野から見ただけでは意外とわからんもんですよというのがメッセージです。

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三菱のやたらカッコイイ掃除機を買った

まあ、左の画像を見て下さいよ。格好良くないですか?

・・・ないですか、そうですか。

ありがとうございました。以上です。

というわけで、掃除機を買い換えました。

これまでは、エレクトロラックスさんの掃除機を使ってました。これは確かヨドバシの店頭で「スティック式ならこれが使いやすいですよ」と勧められたんだったと思います。確かに使い心地は良かった。すごくスムーズに動くんです。思った通りに動かせる。

さらに、キャニスターはしまうところが必要ですが、このタイプは立てかける充電スタンドがあってそのままリビングに置いておけるデザイン。気になったときにぱっと手に取って、ぱっと吸える。これが一番大事でした。正直、吸引力とかそういうのは気にしたことないです。というか、掃除機の吸引力が足りないなーって思う人って、何を吸おうとしてるのかしら。

ところがですね。このエレクトロラックスの掃除機には弱点がありまして、電池が保たないんですな。いや、新品のうちは満充電して30分とか保つんで全く問題ないんですけど、電池がヘタるのが早い。だいたい2年ぐらいで電池がへたってしまい、充電して3分ぐらいしか動かなくなります。最初に買った奴がそうなって、新しく買い直したけど2台目もなったんで、これはこういうものですな。だめじゃん。

すごく気に入っていた掃除機なので電池交換出来るならそうしてでも使いたい。ところが、電池交換は不可で、ハンドユニットという取り外して使える掃除機のコア部分ごとの交換になりますよと。まあ、最悪それでもいいかと。3台目を買うよりはいいよね・・・と思ってホームページに行くと、こうなってる。

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これは、何か問題を抱えてるとしか言えませんな(笑)。

別な掃除機を探しましょう。

ところが、コードレス、スティックタイプ、立てかけるタイプの充電スタンドという条件をそのまま満たす掃除機はあんまりありません。スティック式の掃除機は、なんといってもダイソンが人気でして、各社なんとなくダイソンぽい形になっています。で、ダイソンさんは自律しないし、充電スタンドもない。それじゃないんだよなー。

話題の家電メーカー、バルミューダさんはかなり理想に近い形をしています。悪くない。悪くないんですけど、これは流石にあまりにも面白みがなさ過ぎます。公園の喫煙所の灰皿みたいに面白くない。黒を選ぶとまだそうでもないんですけど、うーむ・・・

というところで目に入ったのが、三菱のやたらカッコイイ掃除機、その名もZUBA-Q(ずばきゅー)です。

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うん、絶望的に名前はかっこ悪いね・・・。

それはともかく、このデザインは凄い。あり得ないと言ってもいい。

 

だって、掃除機に見えない(笑)

 

私もサラリーマン人生20年のベテランですから、このデザインが開発部から上がってきたら即座に却下されるものだということは、わかります。だって、考えてみて下さい。これが家電量販店に並んでるとしましょう。掃除機を探してやってきたお客さんに買って貰えると思いますか?ムリですよね。だって、掃除機だって気がつかれないから。掃除機だって聞いても、どうやって使うのかわからないもん(笑)

しかし、三菱電機さん、完全に自覚的です。この掃除機のサイトには、カリスマ主婦インスタグラマーによる対談が出てるんですが、冒頭がコレですよ。

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「気がつかなかった」

「どうやって使うの?」

って言っちゃってるYO!

営業担当者の絶望のうめきが聞こえます(笑)。

それでもこの他社とは完全に異なるデザインの価値を認めたってことですから、立派なものです。すぐに取り出せる位置に掃除機を置いて、かつ、それが掃除機とはぱっと見てわからないようにしたいという他社がかなえられないニッチなニーズを取りに行こうという戦略的な意識を感じます。素晴らしい。買おう。ちょっと高いんだけど、まあ、ニッチだからしょうがあんめぇ。

というわけで、掃除が楽になって少しでも我が家が綺麗になるといいなって話でした。

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クラフトビール・オンラインフェス第3回に参加した

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国税庁さんが我々から酒税をたんまり儲けるための企み、クラフトビール・オンラインフェスの第3回に参加しました!

いや、こんな素晴らしい企画ないよ。楽しかった。第4回の申込は2/8(月) 10:00までなんで、ここまで読んでまだその期限前だった人は、とりあえず上の画像をクリックしてサイトに行ってみよう。この記事を書いている段階で既に申込できるビールは非常に限られているけど、売り切れたらなんか救済措置が出てるかも知れないしね。

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さて、ちょっと落ち着いて。こういう試みはホントに素晴らしいと思います。というのは、クラフトビールというものの魅力は、そもそも味じゃないからです。

もちろん、美味しいですよ。美味しいんだけども、大手メーカーのビールだって美味しいし、ヤッホーブルーイングのようにスーパーで普通に買えるクラフトビールもあるし、海外の様々なビールが普通に買ったり飲んだりできるし、味で差別化して買ってもらうのは難しい。と、すればですよ。作り手の思いとかキャラとか、ブランドのイメージとかストーリーとかそういうものが伝わらなければダメなわけです。少なくとも、価格では絶対に勝負出来ないんだから、ちょっと美味しいビールを大手の倍出してもクラフトビールを飲んでる人はそこに何を感じて飲んでいるのかってことです。

それで、今回、13のブリュワリーが紹介されたわけですが、もう、全部飲んでみたい。今、しゃべってた人が作ったビールを飲んでみたい。出てきた人全員のファンになっちゃった。コレですよ。今回、コロナ禍でしかたなくこのオンライン形式が編み出されたんだと思うんですけど、全然これでいいわけです。だって、ビールなんだから。通販で参加者のところに届いて、zoomで実際に醸造した人の顔を見ながら、話を聞きながら飲む。つまみは各々自分で用意する。サイコーですよ。ものづくりをしている人はカッコイイし、絶対飲みたくなるもの。いや、どんどんやろうよ、この企画。全国のブリュワリーの話、全部聞きたいよ。

あえて主催者側が手間がかかるお試しセットみたいなのを用意するのではなく、主催者がコードを発行してそのコードを持っている人なら数量限定で送料タダにはしてあげるけど各々の通販サイトに行って買ってくれっていう形にしているのもいい。だって、そうすれば買って貰ったブリュワリーさんにお客さんの情報が行くからね。直接、「どうでしたか?」みたいなメールを出すこともできるわけだし。この形式はいいですよ。素晴らしい。

さて、紹介されてるブリュワリーさんは一番上の画像をクリックしてイベントのサイトを見ればわかるんですが(このサイトがどのぐらい維持されるのかもわからないので、サイトのブリュワリーのリストのファイルをコピっておきます。サイトがあるうちは本家から取ってね。訂正があったりするかもしれないので)、2/6の回だけでも13あるわけ。でも、イベント用セットはどこか1つしか買えないわけ。私はヘリオスさんを選びましたが、他も飲んでみたい。というわけで、近江麦酒さん、丹後王国さん、ひでじビールのサイトからも普通に通販で買ってみました。4ブランド揃えて、思いっきりイベントを楽しむぞーと。

盲点でした。ヘリオスさん以外はクール便が来ました。非加熱のビールは要冷蔵です。どうすんだよ。小さい瓶とはいえ、10本も冷蔵庫に入らんよ。皆様、ご注意下さい。まあ、冬だからベランダに出しておけば大丈夫かなw。

いやー、どれも旨かったなあ。まだ、各ブリュワリーの銘柄を1つか2つぐらいしか飲めてないですけど、美味しいわー。とはいえ、まだ4つですからね。13ブランド、全部買うよ。けっこうね、通販での買いやすさとかもバラバラなんだけども(個人的にはAmazon Payが使えると住所をいちいち入れなくて済むから大変嬉しい。支払いがPaypalなだけでも安心感がだいぶ高い)、その辺もたぶん一緒にイベントにでたところがどういう風にしているかをお互いが見て、このイベントがきっかけで改善していったりするんじゃないかな。

というわけで、今日はビールがぶ飲みしてよい心持ちです。国税庁に乾杯!

 

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Scansnapを買い換えた

数えて4台目のScansnapかな? Scansnap iX1400を買いました。

約5年使ったiX500は名機でした。紙をジャムることはほぼ無くなったし、2枚重なって読み込んだ場合もほぼ100%検知してくれました。昔は読取りにかける前にページ数を数えておいて、正しいページ数を読み取れたかチェックしてましたが、そんな必要は全くなくなりました。有り難い。

iX500の後継としては、iX1500が出ましたが、業務のペーパーレス化のための機能追加中心であまりそそりませんでした。読み取ったものをクラウドにあげたり、PCと離れた位置に置いてみんなで使えるように無線化されたり。いや、本の自炊しかしないからなあ。

そして、そういう声がPFUさんに届いたのでしょう。今年でたScansnapの新型はiX1500の後継としてのiX1600と、そこからiX1500で加わった自炊に関係ないフィーチャーを除いたiX1400の2機種でした。iX1400は安いし、物理ボタン付いててナイスだぜ。

iX1500になった時点でiX500から若干の読取り速度向上(A4 25枚/分 -> 30枚/分)はあったのですが、iX1600/1400は40枚/分に向上しているので、iX500からみると倍近く速くなってます。これは乗り換えるに十分な魅力!実際使ってみると、もう、明らかに速い。人間は贅沢なので、あっさりと慣れちゃいますが、大量の本やマンガをスキャンするんで本当に有り難い。

それ以外は、ホントに変わらない。なんせ、Scansnap Managerを久しぶりにバージョンアップして(最新版はiX500にも対応してる)、iX500からUSBケーブルとACアダプターを引っこ抜いて、それをそのままiX1400に挿すだけ。新しいACアダプターを袋から出していないというw

クラウド対応やらがあって、iX500時代のScansnap Organizerは引退。Scansnap Homeに置き換わったんですが、別に使わなくてもよくて、最新のScansnap Managerは単に読み取ったPDFを特定のディレクトリに置いておくだけってことが出来るようになってます。なので、バンバン読むだけになりました。PDFファイルの修正は今まで通りAcrobat9でやるし。PFUさんが頑張って開発したものを何にも使ってないのは気が引けるけど、まあ、これで良し。というわけで、またガンガン酷使していきたいと思います。

 

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「第二の不可能」を追え! ――理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャツカへ/ポール・J・スタインハート

2020年のノーベル物理学賞が、あのロジャー・ペンローズに与えられました。といっても「あの」と言われても全然ピンとこないよという人も多いとは思います。ペンローズはもちろん今回の受賞理由であるブラックホール理論でも有名ですが、宇宙論や脳科学の分野に量子論と数学で挑み、私のような理系のくせに数学が苦手な凡俗に取っては物理なんだか数学なんだか哲学なんだかオカルトなんだかよくわからない境地に行ってしまっている、知の大巨人みたいな人です。結果、そもそもどこを取り上げて評価して良いんだかなんともよくわからない人で、今回の受賞を聞いても「うーん、ペンローズにノーベル賞が授与されるのは当然の様な気がするが、ブラックホールであげて良いのかどうかはわからないなあ・・・でもそろそろ死んじゃいそうだし、あげとかないとなあ」みたいな気持ちになるのでした。

そんな偉大なペンローズ先生の業績のうち、わかりやすいものの1つがペンローズ・タイルです。これはこれで、別のノーベル賞が与えられた研究である「準結晶」というものの発見のきっかけになっている歴史的に重要なものなんですが、ペンローズ先生にとっては遊びです。数学のパズルの1つで「非周期的にしか隙間なくぴったり敷き詰められるタイルの形はあるか」という問題。この問題の答えは「ある」だということがわかっていたんですが、非常に多くの枚数のタイルが必要だと考えられてました。それに対して、ペンローズ先生はたった2種類の四角形のタイルでそれができることを発見したんですね。ただし、このタイルの並べ方にあるルールを適用することが必要だと。タイルのこの辺とこの辺しかくっつかないよというような。それはルール違反じゃないの?と思うかも知れませんが、その辺の部分にジグソーパズルのかみ合わせのような突起を付ければ実現できちゃうんで、ルール違反じゃないんですねー。まあ、「ペンローズタイル」でググってみて下さい。一見、ずらしたらぴったり重なる重ね方がありそうで、実は出来ないという、なかなか面白いパターンで、見飽きません。このペンローズタイルは人間が考え出したパターンなわけですが、では、実際にこのペンローズタイルのように結晶格子が非周期的にしか並んでいない、結晶のようで結晶ではない物質は存在しうるんでしょうか。します。それが、準結晶です。

で、この本は準結晶に深く挑んだ理論物理学者(といっても、結晶学の専門家ではなく、宇宙論もバリバリやってるんですが)が、その研究と発見の経緯を綴ったものです。うん、今回も前置きが超長い。

私が大学に入ったのは1994年。研究室に配属になって固体物理学の基礎を勉強していたのは97年頃。その頃には既に準結晶というものが存在すると言うことは、教科書に載っていました。ただ、そういうのもあるよ、ぐらいの感じだった気がします。10年ぐらい前の発見だったんですねぇ。この本のストーリーは80年代の半ばから2012年頃までなので、私が大学院生だったのはまさにど真ん中の時期。こんな面白い発見が隣接してる分野で起きていたなんて知らなかったです。私は透過型電子顕微鏡法(TEM)の研究室の出身なんで、ここで出てくる研究手法に毎日接していたわけなんで、この話題には非常になじみ深いんですけど。

この本の著者のスタインハート先生は、結晶化の過程の計算機シミュレーションをしていて、結晶として決して許されない対称性である5回対称性(72°(=360÷5)回転させると元の図形とぴったり一致する回転対称性のこと)を持つ正二十面体が安定となり得る可能性があることを発見します。もちろん、正二十面体のサイコロ(いにしえのD&Dプレイヤーにはおなじみですね)を隙間無く箱に詰めることはできないわけですから、これが結晶を構成することはできません。そこにペンローズ・タイルのことを聞きつけます。ペンローズ・タイルは見ての通り、5回対称性っぽい形です。もし、3次元版のペンローズ・タイルともいうべき結晶格子が存在して、それで立体をみっちり敷き詰めることができたなら、結晶学で否定された5回対称性を持つ結晶のようなものが存在しうるのでは・・・?

スタインハート先生は必死こいて考えます。まあ、2次元のペンローズ・タイルでも頭こんがらがりそうなのに、その3次元版ですから、私の頭ではどうにもなりません。世の中には賢い人がいっぱいいるもので、どうも理論的には存在出来そうだということがわかると。

そうなると、今度はそれが数学の世界だけでなく実際の物質として存在しうるかが問題になります。結晶でも非晶質(アモルファル)でもない、第三の物質。従来の常識では「不可能」と考えられていたものは、現実に存在しうるのか。難しい疑問ですが、もちろん我々は答えを知っています。存在します。最初に合金の中から発見した人はノーベル賞を取りました。さらに言えば、かなり綺麗なものが作れます。私的には、日本の東北大学がその分野で有名なことも知ってました。

というわけで、準結晶の合金は作れるようになり、現在では焦げ付かないフライパンみたいな実用化もされています。ここまで、20世紀の話。私が大学院生だったのはここまでなので、その後、準結晶はどうなったのか。

当然の疑問として、天然の鉱物に準結晶は存在するのかという疑問が沸いてきます。人工的に準結晶を作る場合にはかなり厳密な条件を作って成長させてやる必要があります。なかなか勝手になるというのは考えにくい。考えにくいのですが、もちろん、ないとは限らない。ここから、スタインハート先生の長い戦いが始まります。というか、ですね。天然鉱物に存在するかどうかの問題は、すでに理論物理学者の守備範囲ではなくなってます(笑)。でも、スタインハート先生、どうしても知りたい。

ここから、話は紙とペンの世界から離れ、大冒険の様相となります。もちろん、すべては天然の準結晶が存在することを科学的に証明するために必要なことなのです。

登場人物も多彩!

盟友となるイタリアの博物館の鉱物学者。電子顕微鏡のプロ。フィールドワークでならした地質学の権威。スミソニアンの隕石学者。イスラエルに移住したソ連のプラチナ研究所の元所長。オランダの怪しげな鉱物商。etc・・・。

そして、世界にたった2つしか存在しない鍵を握るサンプルを数十年前にカムチャッカで採取した当時の学生(今は60代のロシア人地質学者)に導かれ、一同はツンドラを越えて巨大熊に怯えつつカムチャッカの地図に載らないような小さな川の畔へ・・・。いや、凄いな、これは。最後は冒険小説みたいになっていきます。うん、熊怖い。

いやー、面白かった。夢中で読みました。サンプル中の一部に電子ビームを絞って回折パターンを取って結晶構造を特定するのは電子顕微鏡の得意技で、学生の時にはTEMの勉強をそこそこしましたから、久しぶりにブラッグスポットやら菊池パターンやら懐かしい言葉に触れたのも個人的な喜びでした。でも、別にそんなこと知らなくてもこの知的大冒険には興奮出来ると思います。表紙の点々が何を意味するかなんてわからなくても(この点々の並びは、当時の結晶学の専門家が即座に「あり得ない!」と叫ぶようなものなんですが)、この本は間違いなくオススメです。

 

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