June 04, 2016

森橋ビンゴさんの「この恋と、その未来。」が打ち切りになってしまった

ラノベの感想を書くのもなんだか久しぶりです。

というのも、最近の作品は全然読んでいないからです。ラノベのレーベルから出る本をまったく読んでいないわけではないですが、以前から読んでいるシリーズを買っているだけで。

ところが、「文学少女」シリーズが代表作であるヒット作家の野村美月さんの「吸血鬼になったキミは永遠の愛をはじめる」が打ち切りになってしまったんですね。ありゃまー。後に、書かれなかった話のフォローとして番外編がでたんですが単行本で1000円以上する価格になりました。うーん、まあ、わからんこともないですが、残念な結果です。

そして、「東雲侑子」シリーズの森橋ビンゴさんの「この恋と、その未来。」も打ち切りになってしまいました。あちゃー。「東雲侑子」も好きだけど、このシリーズも好きだったんだけどなあ。

お二人とも、事前に編集者から「構想通りの巻数は出せなさそうだから、短縮して欲しい」という依頼を断って、未完のまま完結ということにしています。ビンゴさんもあとがきで書いていますが、今の時代、本という形で出版されなくてもユーザーの元に届ける方法はいくらでもありますから、そういう選択になるのはよくわかります。

それはそれとして、好きで読んでいるシリーズが立て続けに打ち切りになるというのは、何かが起きている予感がしますよね。まあ、言うまでもなく今のラノベレーベルのラインナップには違和感満載です。ラノベブームのころはブームが故に実験的なものや、挑戦的なものがたくさん出ていて、それがラノベの豊かさだったんですが、ブームが終わるとどうしても売れ線のものに集中していってしまいます。

で、今、集中しているものがかなり偏ってしまっているんですよね。異世界転生もの、ヴァーチャルゲームもの、謎の文化部or生徒会もの・・・。もういいよって感じです。ただし、集中しているだけあって、売れているものはさすがにレベルが高い。またか・・・と思いながら実際に読んでみるとやはり「そうきたか」という新しい視点があるし、それなりに面白い。ただ、ファンが先鋭化してしまうとジャンルとして衰退するのはやむを得ないです。

そんなわけで、今の書店のラノベ売り場に平積みされている本は、眺めているとものすごくIQが下がっていきそうな感じで、「面白ければラノベでも読むよ。むしろ、ラノベって自由で面白い」とラノベブームのころのに獲得した読者を完全に裏切っています。各社、もちろんそれはよくわかっていて、ここ最近は、「ラノベじゃないラノベレーベル」の新設が盛んです。なんじゃそりゃって感じですが、要するにラノベの棚に並べて欲しくないってことですね。

もっとも早く出来たのがメディアワークス文庫。2015年の新刊のラインナップを観ていただけば、「これのどこがラノベじゃないの?」と思われる方が多いでしょうが、今のラノベの表紙って・・・例えば2016年5月のGA文庫はこんな感じですからね。ちょっと一緒に並べづらいです。

続いて新潮文庫nex、講談社タイガが設立されました。野村美月さんや、「とらドラ!」の竹宮ゆゆこさんは新潮文庫nexで本を出してます。今月は竹宮ゆゆこさんの新刊がでてます。今、この記事を書くためにAmazonで新刊の「砕け散るところを見せてあげる」のページを表示すると

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はいはいはい。そうですよ、私がこの3冊をまとめて買っていく層です(笑)。文芸書とか純文学ってすでにジャンル小説になっていて(詳しくは佐々木敦さんの「ニッポンの文学」を参照)、普通の本好きはジャンルを横断して面白そうな本を何でも読んでいるんですが、そういう人がブームの時に読んでいたようなラノベがこれらの新しいレーベルで出て行くという流れになるのならそれはそれでいいと思います。が、これらはまとめて棚が作られないので、レーベルを分けている意味がイマイチ・・・。ともかく、すこしアンテナの感度をあげて注目していきたいと思ってます。

ふぅ、この流れだと支倉凍砂さんの「マグダラで眠れ」シリーズが途中で終わらないか心配になりますなあ。


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October 27, 2015

毒味師イレーナ/マリア・V スナイダー

cakesで翻訳した渡辺由佳里さんと堺三保さんの対談してまして、そこで紹介されていて興味を持ちました。「あのハーパーコリンズが日本上陸のために用意した決戦兵器!」的な扱いなのかな。なんのこっちゃわからない人は、cakesに150円払ってこの記事読んでください(笑)

いわゆるヤングアダルト(YA)というジャンルで、日本で言えばその役割はライトノベルが担っている中高生向けの小説です。だからといって、おっさんが読んじゃいけないということはないので、気軽な読み物として楽しみましょう。

・・・てなところですが、いやー、面白い。面白いだけなんだけど、止められないぐらい面白い。仕事の合間に読み始め、休憩の度にちらちら読み、仕事帰りに夜道を歩きながら読み(自炊してiPhone6+で読んでます)、自宅で寝っ転がって夜中までかかって一気に読み切りました。

中世っぽい世界観で、主人公イレーナは死刑囚。孤児で自分を引き取ってくれた領主様から虐待を受け、領主の息子を殺した罪で捕らわれてます。牢から引っ立てられたイレーナに、死刑の代わりに最高司令官の毒味役がオファーされます。そりゃ、死刑よりはいいよね・・・と言いたいところですが、なんせこの革命政府は謀略と暗殺で出来てるので命狙われまくり。毒味役の前任者・候補者は死にまくり(笑)。ハッピーとはいきません。

そんな中、様々な人に出会い、脅され、嫌がらせされ、裏切られまくり。油断するとさっくり殺されるスリリングな日々。ずっーとピンチなイレーナちゃんの未来は如何に!

というようなお話。ひじょーにサツバツとしてます。そんな中にも友情あり、冒険あり、ロマンスあり、魔法あり(えっ?)。いや、途中から魔術師が出てきちゃって、急にファンタジーっぽくなるんですが、魔術師がいるからこその伏線やトリックもあるのでいいんですけど、ちょっとアレ?っとは思いました。そういえば読んでる感じは、SFだと思ったらコバルト文庫だったという「ティンカー」に近いかも知れない。むこうのYAってこんな感じなんでしょうね。

あと、面白いのがイレーナが遣える最高司令官がなかなかの人物だと描かれるんですが、やっていることは共産主義独裁国家の元首ってところかな。腐敗した王政を妥当して革命政府を築くんですが、政策が「国民全員に、仕事と制服を」。制服着ない奴は裸で2日間野ざらしにするっていう、それどんな苛烈政治?なんですけど、こっちのほうが味方なんでだんだんよく見えてくるっていう・・・いや、そんなことないかな(笑)。

続編もあるみたいなんで、早く読めると良いですね。

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April 16, 2015

ゲームウォーズ/アーネスト・クライン

没入型のオンラインゲームが普及してほぼインフラとして機能している社会。その一方でリアルは活力をネットに奪われ、重ねてエネルギー不足により荒廃の一途をたどっている社会。

そんな社会の創始者である大富豪の天才ゲームクリエイターが死ぬ間際に言った。「このゲームにしこんだイースターエッグを見つけた人に、全財産あげる」

しかし、この大富豪さんは超オタクだったので、オタクしか手がかりを見つけられない。かくして、財宝探しをする人達はこぞって80年代ギークカルチャを学ぶのだった。

・・・えーっと、没入型ゲームの世界で命や富、そして世界の謎をかけて戦う話というと、もう日本では割とありふれた設定ではあります。「.hackシリーズ」や「ソードアート・オンライン」、「サマーウォーズ」なんかも近いですよね。

それらの日本の作品とこの「ゲームウォーズ」(原題は"Ready Player One")の違いは、このゲームありきの世界がどうなっているのか、そのディストピア感をちゃんと作っているところと、なによりもその「オタクぶり」。バンバンに過去の作品を出してきます。でも、最初の頃はアタリのゲームだったり、B級映画だったりで、私はあんまりなじみがない作品ばかりなんですけど、最後はもう、なんだかえらいことになります。

クライマックスのバトルなんて、「ガンダムVSメカゴジラ」だったと思ったら、「ウルトラマンVSメカゴジラ」になりますからね(ネタバレご容赦。まあ、読んでみてよ!)。スピルバーグで映画化とか言われてますけど、円プロとサンライズと東に版権取りにいくんですかね。富野さんが悔しくて絶叫するんじゃないですかね?(笑)

悪役がホントにワルかったり、最後に仲間が集まってくるシーンはかなり熱かったり、読み応えもばっちりです。表紙はなんだかよくわからないSF風ですが、これはもうむしろ電撃文庫とかファミ通文庫みたいな装丁がぴったりの作品なんで、気軽に読んでみよう!

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April 15, 2015

知らない映画のサントラを聴く/竹宮ゆゆこ

ひとつのシリーズが長くなる傾向にあるラノベの場合は特にそうですが、好きなシリーズの作家さんが別のシリーズをはじめたとき、期待と不安が胸をよぎります。

前のシリーズの雰囲気そのまんまで新しさがなくてもガッカリだし、変化した結果、その作家さんの良さ・・・というか自分として好きだったところがまるでなくなってしまっていたらそれももちろんガッカリです。

竹宮ゆゆこさんの作品はこれまで「とらドラ!」、「ゴールデンタイム」とどちらも大好きな作品でしたが、どちらも読み始めたきっかけはアニメを観たから。「とらドラ!」は初ゆゆこでした。アニメから入って、アニメの放送中に夜明かしで読み切ってしまいました。それほどハマった作品でありながら、次の作品の「ゴールデンタイム」は記憶喪失ものという噂でちょっと引いてしまったこともあって、アニメになるまで読んでませんでした。アニメが面白かったので、結局楽しく読みました。アニメのラストはちょっと涙ぐんでしまったなあ。

で、この本。ラノベのようでラノベではない新レーベル、新潮文庫nexの看板(?)として盛大に平積みにされてました。気になります。でもねー、電撃文庫から移って、ちょっと作風変えちゃったのカシラーとか、いろいろ考えちゃいますよね。というわけで、しばし放置。でも、結局、「ゴールデンタイム」も読んでよかったじゃんということで、読んでみました。

いやあ、ゆゆこ。ラノベじゃなくてもしっかりゆゆこだわ。

お話自体は、親友の死(それも自殺)を機会に人生を見失っちゃってる主人公がいろいろあって立ち直るって話で、プロット自体はたいしたことはないです。で、「ラノベじゃないのよ、nex」はキャラ小説のレーベルってことで、この主人公のキャラや他の登場人物のキャラはちょっとカリカチュアされていて、そこは魅力。そこにゆゆこらしいリズムのあるモノローグ、そしてダイアログが重なって楽しい。竹宮さんのこれまでの魅力は全然失われてません。

そして、ラストに朝日がさっと差してくるような、救いの場面に疾走感と開放感のある文章。そのためにこれまでの作品にはなかったような鬱々とした展開が序盤から中盤を覆ってます。そんな暗いわけではないけど、これまでの作品なら主人公の友人達が絡んできて無理矢理に馬鹿馬鹿しくなっちゃってたようなところで、ちゃんと暗くなります。あー、主人公が学校に行っていない(23歳のニートだから)ってこういうことなのかも。それだけにラストが素晴らしい。いや、なんてことないんです。何も起きてないと言ってもいい。でも、ラストの開放感は素晴らしかった。これはいままでの竹宮作品になかった味わいかも。

というわけで、今までの魅力も失わず、新たな味わいもあり。でも、すぐにでも電撃文庫に舞い戻れそうなフットワークももちろんあり。つまり何が言いたいかというと、これまでのゆゆこファンも安心して読んでよってことでした。まる。

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January 14, 2015

火星の人/アンディ・ウィアー

あまり本が読めなかった2014年ですけど、一番面白かったのはコレ。

NASAの有人火星探査がすでに行われている今よりほんのちょっと未来で、主人公は第3次計画のメンバー。しかし、この「アレス3」ミッションは火星での6日目に想定以上の猛烈な嵐のために中止になります。予定を大幅に繰り上げての帰還命令に従って打ち上げロケットまで向かう途中、マーク・ワトニーは嵐で飛ばされてきたアンテナが体に突き刺さり、飛ばされていきます。宇宙服の生命反応は途絶え、他のクルーは辛くも火星を脱出、地球への長い旅に入ります。

ところが、どっこい生きてたよワトニー。丈夫な人。しかし状況は絶望的です。体には穴が空いてるし、食料はミッションに必要な分があって数ヶ月は問題ないもののアレス4が到着する数年先までは望むべくもない。体に突き刺さったぐらいですから、アンテナは吹っ飛ばされて地球と連絡する方法はない。そもそも、みんな自分が生きているとは思ってもみないだろう。わかったところで、救助には数年かかるのでそれまでには餓死するしかない。

物語は、そんな悲惨なワトニーのミッションログの形で綴られます。彼がどう絶望して、自らの死と対面するのか。そんな悲痛で心に刺さる物語が・・・展開しません。

ワトニーは宇宙飛行士で、宇宙飛行士というのは絶望からもっとも遠い人種です。「うん、まあ、絶望的だけど、死ぬのは今日じゃないし。食料はまだ300日は食べられるほどたっぷりあるし、EVAスーツも予備が沢山ある。ローバーも動く。問題は1つずつ解決していこうか」とさっくりと立ち直ります。ユーモアに溢れたミッションログを読んでいると、ゲラゲラ笑ってしまいます。とにかくめげない。当然、何度も死ぬような目に遭うし、そのたびに「もうダメだー」と言うんだけど、次のログでは「事態は見た目ほどひどくはなさそうだ」・・・って立ち直り早っ!。宇宙飛行士ってすげえな。

そして、何とかワトニーを救おうとする人々、特に飛行士以外のNASAの面々も懸命に活躍します。この作者は完全に宇宙オタクで、架空のミッションを妄想して楽しむのが大好物。ミッションの構成やNASAの各セクションについてもよく知っています。さて、ワトニー救出作戦はいったいどんなプランで行われるのか。そもそも、アレスミッションの全貌からして興味深いんですが、この絶望的な状況からどんなアクロバットな手段を見つけ出してくれるのか。

早くも映画化決定らしいですが、たぶん本でしか楽しめない種類のネタが沢山ありますからとっとと読んで、映画は「ほう、この場面はこんなビジュアルになるのか」と観るのがよろしかろ。おすすめです。

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January 06, 2015

親指はなぜ太いのか/島 泰三

タイトルは、なんとなく「さおだけ」風でまた中身の薄い新書の様に見えます。が、この本は久しぶりに知的興奮をがんがん刺激する快作です。

いや、「さおだけ屋~」は難しい話を身近な話い引きつけて紹介するという意味でとても良い本だと思いますけど、この本はもっともっと硬派です。

著者は在野ながらサル学の専門家。マダガスカルでのフィールドワークでは多くの実績をのこしているとのこと。ちゃんとアカデミックなフィールドの人であることは、文章から伝わってきます。それと同時に、なるほどアカデミックの世界だけに縛られない自由な人であることも文体から伝わってきます。例えば、以下のような文章はあまり大学の先生は書かないかもしれません。以下、引用するのは、知人の協力を得てチンパンジーのフィールドワークのためにアフリカへ行ったときの一節です。

マハレまでの旅路は、ナイロビからチャーターした双発のプロペラ飛行機が、前後上下左右、完全に真っ白のホワイトアウトのなかを高度計と無線機だけを頼りに、湖畔の待ちキゴマまで3時間も飛び、キゴマから西田さん差し回しの船で出発したとたんに、タンザニア海軍の魚雷艇から機関砲を突きつけられて停船命令を受け、揺れ回る丸木船では小用も足せず、10時間以上の水日出しの航海の末に湖水に飛び込んで悩みを解消しようとする人が出たり、その鼻先にウォーターコブラが現れたり、闇夜のなかを進む船が燃料不足で止まってしまうなど、取り立てて問題になるようなこともなかったので(これがアフリカ!)、湖畔に迎えてくれた西田さんの姿が実に懐かしかった。翌朝、私たちはチンパンジーの群れのなかにいた。

難しいサルの分類の話があったり、何の断りもなく歯式が示されたり、観察結果はちゃんと数字で語られたりと堅い感じではあるものの、門外漢にも読みやすく進められるのは、このようなユーモアの感覚が文章からにじみまくっているからです。まあ、嫌がらずに読んでみて。

というわけで、基本的にはおサルさんの話がずっと続くわけですが、冒頭からこの本の筋道はきっちりと示されています。そこが明快なので、いろいろな話が出てきても読者が不安な気持ちになることはありません。そこがこの本の素晴らしいところですが、まあ、何よりもそこで示されている内容がエキサイティングなのですよ。こういうことです。

  1. ある程度の大きさの動物が種として存続するためには、他の動物が利用しない(できない)主食を開発する必要がある。それがニッチである。ニッチとは空間的な「棲み分け」ではなく、「食べ分け」のことである。
  2. サルにおいて、主たる食べ物がなにかということが、口(歯)と手の形態を決める。これを「口と手連合仮説」と呼ぶ。
  3. 人類は、他のサルとまったく違う口と手を持つ。ならば、同時期のサルと違う主食を得たハズである。では、それは何だったのか。

面白いですね。本の前半は、1と2を実証するために紹介されるいろんなサルの話です。この部分ももちろん面白いですし、このリアルな研究に関する部分がなければ後半はまったくの絵空事に聞こえてしまうと思いますが、それでもラストは非常に面白い。私だってこれまで初期人類に関する本は何冊も読んだことがありますが、まさか、こうくるとは。

3の答えを書いちゃうとネタバレになって、この記事を見て読もうと思った人の興を殺ぐことになるかなと思いましたが、まあ、学術書の類ですからいいでしょう。書いちゃいます。

まず、一般に思われているけど、よく考えるとそれを主食と考えるのはムリがあるというものが上げられています。

森のサル、ゴリラ・チンパンジー・オラウータンなどは草食や、果実食です。しかし、人類はそもそも乾燥化によって新たに生まれたアフリカのサバンナに適用した種です。果実はふんだんにはないでしょうし、草を食べるには人間の盲腸は極端に退化してます。

今の人類の主食は、小麦・米・芋などの穀類です。しかし、今、我々が小麦を大量に収獲することができるのは、品種改良により実っても穂に種子がとどまる種類を作り出してからです。自制していた小麦を選択による品種改良し、農耕種を作り出したのと人類が産まれたのはまったくタイムスケールが違います。そもそも、小麦や米が主食なら、人間の手はもっと小さいものをつまむのに最適化されているでしょうし、デンプンをそのまま消化出来るハズです。

人類は早い段階で肉食を可能にしたのではないかという説もあります。最初は大型肉食獣の食べ残しから初めて、ついには自ら狩りをするようになったと。しかし、肉食がメインであれば、人間の前歯と犬歯が平坦に一直線に並ぶ歯は不自然です。肉を切り裂く犬歯が存在するべき。この短くなった犬歯は平坦になることによって、上あごと下あごが水平にすりあわされる動きを可能にしています。あごの関節の動きも、他の類人猿ではすりあわせる動きはできないそうです。つまり、人間は何かをすりつぶして食べていたと考えられます。

しかし、同じようにすりつぶして食べる草食動物の臼歯と人間の臼歯もだいぶことなります。非常にエナメル質の分厚い臼歯を持つ人間は、かなり堅い食べ物をすりつぶして食べていたはずです。

サバンナに豊富にあり、人間の大きな体を指させられるだけ高カロリーで、堅くすりつぶして食べる必要のあるもの。そして、人類以外がそれを主な食用とするのは難しいもの。

それは、骨です。ええーっ?

骨の髄は非常に高い栄養を持ち、また、食べ残し肉食仮説で検討済みのように、サバンナには大型動物の死体は豊富にありました。食べ残しの肉もボーナスとして食べていたかもしれませんが、肉は早く腐ってしまいますし、豊富にあるとは言えません。人類は、その特徴である他の指に対抗する太い親指でしっかりと石を握り混み、骨にたたきつけて割ることで大きく栄養のある骨を口に入れられるようにし、すりつぶして食べられる様になったのです。そのことが、二足歩行して空いた手で石と骨を握って持ち運べるようになった人類を生み出したと、著者はそう考えています。

・・・とはいえ、ホンマかいなとは思います。そんなに人類が骨食に適用しているのなら、今でもおいしく頂いている人達がいても不思議ではないですよね。著者は中で「食べてみた。うまい」と書いているんだけど、いやいやいや、そんなことはないでしょう(笑)

まあ、事の真偽はどうあれ、非常に面白い論の展開であることは間違いなく、わくわくして読むことが出来ますよ。

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January 05, 2013

A3/森達也

事件後のオウム真理教についてのドキュメンタリー「A」、「A2」を撮った森達也さんの週間プレイボーイでの連載をまとめた本です。最近、文庫になりました。

もちろん、オウム事件には興味があります。興味を惹かれない方がどうかしています。人はいかにしてあんな馬鹿なことをするのか知りたくないですか?それも、オウムは特異な例ではありません。歴史を辿れば世界中にいろんな事例があるわけですよ。しかし、言い方は悪いですが、こんな身近なケーススタディはないわけで、起きないに越したことはなかったわけですが、起きた以上は徹底的に分析するべきです。それが科学ってやつです。

というものの、「A」、「A2」は観てないのでした。あれを見て「オウムの信者も普通の人でびっくりした」なんて感想があるらしいですが、そんなもん決まってるじゃないですか。普通の人ですよ、そりゃ。普通の人がポアしにくるから怖いんじゃないですか。頭がおかしい人はそりゃあ怖いですが、そんなにたくさんいませんからね。最近はあんまりそうも言ってられない気もしますが。というわけで、「まあ、観なくても想像つくよ」と思っているのでした。

で、この「A3」ですが、何の気なしに本屋で手にとってちょっと読み始めたわけです。森達也さんの名前とタイトルから「オウムの話なんだよな。まだやってたのかー」と思ったので。そして、冒頭で衝撃を受けました。

話は森さんが麻原彰晃の一審判決を傍聴した場面から始まります。そこで森さんが目撃したのは、人間としてすでにぶっ壊れてしまった麻原彰晃の姿でした。直接にそんな言葉を森さんは使いませんが、ぶっちゃけ廃人です。外界を認識しているかも判然としないし、そもそもコミュニケーションが取れない。失禁するのでオムツを穿かされている。それを「詐病」と言い聞かせ、稀代の極悪人・麻原彰晃を死刑にするために突っ走る関係者。誰しもが「あれはまともではない」と思いながら、口には出さない。誰も口に出せない。森さんは「不思議の国のアリス」の裁判のシーンを引用します。ちょっと文学的すぎるかもしれないけど、気持ちはわかります。理解できない空間だったんでしょう。

長い長い「A3」では、麻原彰晃という人物に新しい視点を与えるために取材が重ねられていきます。生家を訪ねたり、最初に近隣住民とトラブルを起こした場所を訪ねたり、新婚時代を過ごした場所を訪ねたり。それはそれでなかなか面白いんですが、何か強い結論を導くものではありません。最後に、サリン事件は麻原と弟子達が互いに嘘を付き合って(弟子が目の見えない麻原にかまって欲しくて危機を煽って吹き込み、他に情報源がないから本当かわからないけど何でも知っていることになっているから否定もできない麻原がそれを受け入れてしまう)暴走していったのではないかという推論も提示しますが、「まあ、そういうこともあるかなあ」と思いますし、「じゃあ、しょうがないな。麻原は悪くない」って話でもないですし。

しかし、それと並行してこの裁判の異常さが次々に語られます。こっちは頭のおかしい人たちの話じゃないので、よっぽど問題です。

  • 明らかに常軌を逸している被告の精神鑑定が行われていない。二審弁護団が申請した精神鑑定を裁判官が「話しかけたら頷いたから」という理由で却下した。
  • 一審弁護団を牽引していた主任弁護人が逮捕され、そのまま麻原の裁判は続けられた。10人いた一審弁護団だが、二審弁護団はたった2人になった。
  • 弁護団が精神科医6人を面会させ、その6人すべてが「訴訟能力なし」としているにもかかわらず、突然「念のため、精神鑑定する」と言い出し弁護人立ち会いなしの鑑定で「訴訟能力あり」と結論づけた
  • 鑑定を待って控訴趣意書の提出を差し控えていた弁護団が、鑑定結果を受けて提出すると予告した前日に期限切れで控訴が棄却され、死刑が確定した

いやはや、呆れて言葉も無い。でも、そういうことも起こりうるだろうとも思ってます。ここにあるのは、単なる思考停止です。

私は、麻原彰晃は死刑になるべきだと思います。これだけの事件を起こしたんだからしょうがないです。麻原彰晃が精神を病んだため裁判を止めたとしても、得るものはないかもしれません。仮に麻原彰晃が回復したとして、この事件に新たな事実がわかるのか、あるいは麻原が減刑される、あるいは無罪になる可能性があるのかといえば、ないでしょう。まあ、だから「もう考えたくもないから、とっとと死刑にしちゃえよ」という気持ちもあります。私は基本的に自分勝手な人間なので、個人的にはそれでいいです。でも、みんなホントにそれでいいの?

また、中で引用されている「獄中で見た麻原彰晃」の記述通り、監房は糞尿にまみれ、衣類はすべて刑務官により着脱され、入浴はデッキブラシで洗われる状態であり、回復しないのであれば、すでに刑は執行されたも同然です。生きていても意味はないと考えます。いや、麻原彰晃の家族は「どんな形でも生きていて欲しい」と思うでしょうし、遺族は「どうあっても首を吊るせ」と思うのかもしれません。しかし、どちらでもない私にとってみれば、もう同じです。この世に麻原彰晃の人格は消えてなくなった。その原因について、本書の中で「反抗的な被告に薬物投与が行われた結果ではないか」という推測がされています。だとすれば、まさに刑はもう執行されたのと同じ事です。

しかし、です。問題は、サリンを実際に撒いた信者がなぜその指示に意を唱えられなかったのかということの原因と、この明らかに間違った状態で進んでいる裁判に待ったをかけられなかったその原因は違うのだろうかということです。

「オウムは特別だから」「世論がそう望んでいるから」。それだけのことで例外を作っていいのか。それだけのことであれだけ改正が議論になる憲法が定める、基本的人権や、思想・信条の自由が蔑ろにされていいのか。麻原の子供は義務教育すら受けていません。学校が入学を拒否するからです。これだって、完全に憲法違反です。そりゃ、そんな人が自分の子どもと席を並べるのは嫌かもしれない。でも、嫌でも正しいことをするのが大人なんじゃないですか?子供のように嫌だからと拒絶することから、オウムの犯罪は始まったんじゃないですか。

批判はあるでしょうが、極論していいます。トチ狂ったバカどもがたかが数十人殺しただけで、私たちは自らの信条を曲げてしまうのでしょうか。それほど我々の信条は、憲法は、人権は安っぽいのでしょうか。まさか、まさか。

それじゃ、オウムがやってることと同じじゃないですか。オウムは確かに日本を変えました。まるでオウムのように。これがオウムのやった成果なんだとしたら、悔しいなあ。そう思いませんか?

まあ、もともとこうなのかもしれませんけどね。

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September 30, 2012

オタクの息子に悩んでます/岡田斗司夫

オタキングこと岡田斗司夫さんの新刊です。岡田さんが朝日新聞で担当している「悩みのるつぼ」という人生相談欄についての本です。

岡田さんはオタクの王でした。かつてはアニメの作り手側でしたし、作品の批評はもちろんオタクという社会現象についても解説、あるいは啓蒙する立場でした。そのあまりに理知的過ぎる解説を聞き、人々は感心すると共に、かえって「オタクはよくわからん」と言ったりしていましだ。

しかし、ある時に岡田さんはオタクの王であることをやめました。それは岡田さんの考えていたオタクという人々の間の連帯意識のようなものが失われていたことを知り、当然のことながら自分がその代表として果たそうとしてきた義務や自負もなくなったのだと理解したからです。この時のことが書かれたのが「オタクはすでに死んでいる」です。

その後、岡田さんはその能力をオタクへの貢献以外へ振り向け始めます。もっと普通の人が考える問題を取り上げるようになったのです。そして、そのレベルでは岡田さんの持って生まれ、さらにオタクとしての研鑽の中で培われた思考力、問題解決能力、そしてそれを伝える表現力は圧倒的でした。

もちろんそれまでも、結婚という制度のあり方(「フロン」)や現代女性の恋愛のあり方(「30独身女、どうよ!?」)などの論考はありましたが、如何せん結論以前に問題が難しすぎた(^_^)。岡田さん自身もこのレベルの問題じゃなきゃ論を発表して対価を得る価値がないと思っていたのではないでしょうか。だって、SF読みは現代社会のあらゆる問題のほとんどは小説の中ですでに検討済みだって知ってますからね。それと比較して考えてますから、そりゃ本も売れません。だって、それSFファン向けってことでしょう?そりゃ私は読みますけど、SFといえば、そう言われた瞬間に恩田陸レベルの作家でも直木賞か取れなくなるほどのポピュラリティーの無さです。

そんな岡田さんがぐっと設問のレベルを落としたのが、「世界征服は可能か」。ウケました。中身はオタクの内輪の与太話(バビル2世のヨミ様、チョー大変そうだよな。あそこまでしないと世界征服無理とかヤバいだろ)ですが、おそらく一般向けにはちょうど良いレベル。まあ、一般の人はあんまり世界征服の手段と目的について社会論的に真剣に考えたりしませんからね。我々は普段からそんなことばっかりしょっちゅう考えてますけど。

そして、次にダイエットという現代日本人が大好きな問題に岡田さんの思考力で取り組んだ結果がベストセラー「いつまでもデブと思うなよ」でした。以前の岡田さんはおそらく痩せたいと悩んでいた人を本質的にはバカにしていたと思います。自分もデブのくせに(笑)。なぜなら、そんな問題は大したことないからです。だって、食べなきゃ痩せるんだから。科学的に考えたらそりゃ当たり前ですもの。つい食べちゃうのもわかるけど、本気で考えたらなんか解決方法はあるはずなんだから、みんな本気で取り組んでないだけでしょ、と。岡田さんにとってはそうなんですよね。実際、それで本気になったらちゃんと痩せちゃうんだから。

おそらく岡田さんはある程度この本は売れると思っていたでしょう。なんせダイエットは人気コンテンツです。オタク向けの商売とはパイの大きさが違います。意図してそこへ入っていったはずです。しかし、ここまでのベストセラーも予想していなかったと思います。ダイエット本はレッドオーシャンです。デブでオタクのオッサンのダイエット本、しかも新書ですからね。

しかし、売れた。読んでみればわかります。そりゃ、だって面白いもの。岡田斗司夫ほどの才能が日本人なら誰しもが共感できる悩みについて、どう分析して、どう解決したか。めちゃめちゃ面白い。そして、それをどうやって普通の人々に伝えるか、精一杯考えてあります。もともとがわかりづらいSFアニメをどうやって伝えたらいいのか必死に考えてた人です。引き出しも豊富ですから面白くないはずがないですよ。そして、岡田斗司夫が一般人のもつ悩みの解決にも武器になることが証明されたわけですね。

ここまでが前置きです(うあー、もう疲れました)

そんな岡田斗司夫さんが朝日新聞で人生相談を始めました。この本は、岡田さんが人生相談について、どのような思考の経路をたどり、何を目的に回答してきたかを語った本です。

まず、もう普通の人が考える「人生相談」と本質的にレベルが違うなと思うのは、ちゃんと「朝日新聞に掲載されてお金がもらえる人生相談とは何か」を考えてること。他の回答者がしない、できない回答とは何かを考えてたいること。何より、相談者にその回答が役に立つかを考えてたいること。

驚くのは、ひとつとして「私ならこうする」とは書かれてないんですよ。それは岡田さんにとって「素人レベル」の回答です。そんなの相談者の役にはからきしたってないからです。でも、世の中でよく見る人生相談って、正論か精神論か説教ですよね。

岡田さんは、まず相談の文章を分析します。例えば、浮気した彼氏に言いくるめられて「私、騙されてますか?」と相談してきた女性に対して、私なら「いえす、200%騙されてます。あほですか?」と答えるところですが、岡田さんは、何故、彼女は相談してきたのか考えます。本当のところ、彼女は何が問題だと考えているのか、分析します。すると、大抵は解決が容易ではないわけです。彼女だって騙されてるのはわかっている。回答もつまるところは「そんな男はさっさと忘れろ」なんですが、では彼女は何が引っかかっているのか。それに答えがでて、相談者の気持ちがほぐれなけれは役に立ったとは言えません。

もちろん、分析と解法の部分も見事です。さまざまな思考方、考え方のツールが示され実践をみるとワクワクします。しかし、それ以上に岡田さんが、相談者、そして同じ問題を共有しうる読者すべてに「届く」ことにどれだけ気を配っているか、その結果、回答が下書き段階よりも断然に完成された作品になっているかをぜひ確認してください。プロの仕事ってのはこれかーと。私たちは最近はネットで貧困としか言いようのない対話ばっかり見てるわけじゃないですか。ありとあらゆるメディアで批判という名の罵詈雑言をぶちまけてる僕ちゃんたち、人の揚げ足をとって俺TSUEEE...と粋がってる自称情報強者のみなさん、あなたがたもちゃんと誰かの役に立ったらいかがでしょう。

真に目指すべきレベルはここなんですよ。はるかな高みです。しかし、ネットの片隅に誰が読むとも分からない文章を置くだけとはいえ、そこにわずかでも読者がいると思うなら、私も目指すべきところは同じはずです。自戒をこめて。


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September 19, 2012

氷菓/米澤穂信

世の中、SFを読む人はみんなSFファンに分類されてしまうので、私も周囲からSF読みだと思われて・・・ないかな。今の時代、本読みはすべからく変わり者扱いですな。何が言いたいかといいますと、SFも読みますが、ミステリーも読みますよと。面白い作家さんがいないかは常に気になっています。

で、数年前の「このミス方面」で米澤穂信さんが話題になった時期に一冊呼んでみようかと「ボトルネック」を読みました。感想ですか?よくできたSFでした(笑)。後味の悪さがなんとも印象的で、「よくできてるけど、ミステリーじゃないし、読後感が趣味じゃないなあ」と。ドック(仮)に聞くと「小市民シリーズはちゃんとミステリーだよ」と言われたんですが・・・食指は伸びず。

そして、このたび「古典部シリーズ」があの京都アニメーションがアニメ化ということで、再び手に取ることにあ、アニメは楽しく見ています。ヒロイン千反田えるの天使のようなかわいらしさに「千反田さん、まじチタンダエル」と意味不明な賛辞を送る人続出ですが、推理パートのアニメーション表現の独創性も素晴らしいですし、色彩の美しさ、田中公平先生の音楽と見所は満載です。個人的には、ツン摩耶花推しです。聞いてないですか、そうですか。

というわけで、アニメを見終わったところで小説も読みました。

アニメはほぼ原作準拠なのですが、アニメの演出をとっぱらって読んでみると・・・うーん、「ボトルネック」と読了後の感覚が共通しています。アニメ化されたシリーズ既刊4冊分すべてに、なんというかやりきれなさがまとわりつくというか。

ここまで一貫していると、これはもうこの人の作風なんですね。こういう嫌な感じの結末にしないと物語が終わった気がしないんでしょう。確かに、新本格の時代ならいざ知らず、2000年代的にはトリックの解説をしてみんなが驚いて終わり!ってわけにはいかないですかねぇ・・・。正直、アニメの方がお勧めです。うむむ


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September 18, 2012

ジェノサイド/高野和明

ドラクエばかりやっていて、本の感想などまったく書いていないわけです。「本が好き!」の自分の本棚の読んだ本のページがえらいことになりかけているので、1冊10分ぐらいでざくざく感想を書いていきます。

まず、もうだいぶ前に読み終わったジェノサイド。本屋大賞取れなくて残念でした。とりあえず、SFがこれだけのベストセラーになったことが嬉しい。え?これ、SFですよね?ですよ。そうなんです!

高野和明さんの作品は大昔に「13階段」を読んでいてすごく面白かった印象はあるんですが、今回はさらに素晴らしい。SF的な着想もいいし、これを一番面白かったころのクランシーばりのスパイ戦争ものに仕立てているのもいいですね。もっとも、勉強家過ぎて、若干、期末のレポートみたいになっている感はありますが、それでもこの勉強量とそれをちゃんと消化していてストーリーに仕上げているのは素晴らしいです。

難点は、敵役がぱっとしないこと。天才という触れ込みで登場するんですが、次々に振り回されまくります。まあ、そうじゃないと物語が面白くないし、読者と一緒に驚く役割でもあるのでしょうがないんですが、この人にも読者の想像を裏切る活躍をして欲しかったです。

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