ドリーム(Hidden Figures)

パンフレットを読んだんですが、脚本の方のお婆様が実際にNASAで働いていたそうなんですが、当時のことを聞いても「私の頃には、もうこんな差別はなくなっていたから、わからない」と仰ったそうです。そんな昔の話です。

道徳の授業でアパルトヘイトについて習ったり、英語の授業でキング牧師の有名な演説を覚えさせられたりしたのも、はるか30年近く前のこと。なので、バスの席が決まっていたり、白人と有色人種でトイレが違ったりという話で驚きはしないものの、ちょっとクラクラする感覚はあります。

こんな差別がまかり通っていた時代があったとは、もう信じられないぐらいの気持ちです。米国に黒人のスーパースターはあらゆる分野にいて、単純に黒人に憧れを抱いている白人のアメリカ人はたくさんいるでしょうし、素直な感覚として黒人差別というものを実感できないアメリカ人は多数いると思います。

じゃあ、問題は解決したのか。もうなくなっちゃったのかというと、いやー、どうなんだろう。ほんと、どうなんだろう。何がどうなっちゃったんだろう。誰が誰を差別しているんだろう。劇中で主人公のうちの一人の管理職昇進の願いを「規則だから」とまったく受け入れない白人の女性管理職が「誤解しないでね。私に偏見はないわ」と言い、主人公が「あなたがそう思いこんでいることは知っています」と応える。 この台詞は重いです。

というようなことを考えさせられますが、まあ、この主人公の女性3人組はいろいろ辛いこともあるけどそれに立ち向かいながら、そして明るく生きていってます。差別という理不尽なものと戦っている辛さはありますけども、私たちも大概理不尽なものと戦ったり、戦わずに回避したり、愚痴ったり、ブチ切れたりしながら生きているわけで、普通に共感できるし、勇気づけられるし、楽しい気持ちになれるお仕事映画です。普通におすすめです。

さて、私としてはもうひとつの注目点はなんといってもIBMでございまして。

NASAのマーキュリー計画を支えた人々とIBMメインフレーム

それまでたくさんの女性を雇って行っていた計算を、代わりにやってくれる文明の利器。IBM 7090 DPS。劇中では、現代(?)でコピー機を「ゼロックス」、ポータブルオーディオを「ウォークマン」と呼ぶように、コンピュータを指して「IBM」と呼ばれます。マシンルームの扉より筐体がデカくて扉ぶち壊したり、「動くまで金払わねえからな」と言われていたり、「昨日と計算結果が違うじゃねえか」と言われていたりと大活躍です。

7090というと、今も売り続けられているIBMメインフレームの直接のご先祖様、System/360の直前の世代の機械で、LISPでおなじみのcar, cdrの由来であるアーキテクチャを持つIBM 704の後継(704→709→7090らしい)です。1959年の発売で、S/360が出るのが64年です。360はお仕事に使えるのがウリみたいなところがあったらしいので、こっちはおそらくは純粋に科学技術計算が求められているマシンですね。

ディスプレイなんてもちろん無くて、パンチカードで入力して、結果はプリンターから出てくる。今考えるとなんじゃいというような機械ですが、これが現場をガンガン変えていく様子がちらっと見られるのがマニア的には楽しい映画です。まあ、映画のクライマックスでは「金属の塊より、人間を信じるよ」ってdisられちゃうんですけどね(笑)。

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スタートレック・ディスカバリー

いつになったらはじまるのかなあ、何にも話題になってないなあ・・・と思っていたら、実はすっかり放映がはじまっていたスタートレック12年ぶりの新テレビシリーズ、「ディスカバリー」。

往年のファンとしては本国と同時に日本でも観られ、それもファンが望むレベルでの日本語吹き替え音声がついているなんて幸せすぎて何もいうことはありません。ありがとうございました。

・・・とかいって、いろいろ言うんですけどね。いやですね、うるさいファンって(笑)。

というわけで、この週末に一気に4話まで観ました。面白いか面白くないかと言われれば十分面白いし、求めてるスタートレックのテレビシリーズかと言われれば、コレジャナイ感満載なんですが、シリーズのファンとしてはまずは新しいシリーズの誕生を祝いたいと思います。

というわけで、各話レビューなんかやってみようかと思っています。第1シーズンの1部は9話で一段落らしいので、もう半分ぐらい終わっていていまさら間に合うのかという感じもあるんですが、いいじゃないの。お祭りだからね。

というわけで、各話レビューは当然のことながらネタバレ全開で書きますので、皆さんもちゃんと見ておいて下さい。Netflixにすぐに加入だ!

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メッセージ

「あなたの人生の物語」という有名なテッド・チャンの原作を映画化。「タイトルでネタバレしてね?」ということで、映画のタイトルは"Arival"に変更。日本では「アライバルじゃわっかんないよねー」とさらに「メッセージ」という邦題に変わりました。いや、「あなたの人生の物語」で良かったんじゃないかな(笑)。ま、要するにSFファンの間の知名度なんて映画の宣伝では考慮に値しないってことなんでしょう。そう言われたらそんな気もします。

数少ない(というか、ほぼこれ1冊しかないようなもの)チャンの本ですから、間違いなく読んでいるはず、それもワールドコンに行ったとき(10年前だ)には読んでいた(そして、そのときにはすでに中身を忘れかけていた)はずですが、まー、何にも覚えていなかったので、映画は楽しく観られました。映画を見終わった後で、原作も読み返しました。おー、こんな話でしたか。頭の中にビジュアルが思い描きづらい、覚えておきづらい原作ですよ、確かに。面白いんだけど。

見終わった感想ですが、いや、すごく良かったです。

ただですね、見終わった時に心に残る感じが「活劇を観たぜ」という感覚ではなくて、本当に優れたSFの短編、それこそテッド・チャンやグレッグ・イーガンの切れ味鋭い作品を読み終わった時のような、「はー、しびれたー」というような読了感に似ていて、感心すると共に「んー、この映画がヒットする世の中なら、みんなもっとSFを読むに違いない」と思うわけで、ぶっちゃけ「小難しくてつまんない」「よくあるタイムトラベル|歴史改変|ファーストコンタクトものでしょ(←大誤解)」と受け取られて駄作扱いされちゃうんじゃないかと感じたり。

もうこればっかりはその人の感性だったり、読書体験だったりに依存するものなので、なんとも言えないんですけど、「SFらしいSFってこういうものです」という見本みたいな作品なので、「SFの代表って言えば、ガンダムとスターウォーズですよね?」というような高千穂遙さんに聞かれたら自転車でひき殺されそうな認識の人こそ、試しに観てみてもいいと思います。「だめだー」でもまあいい経験だと思いますし、「うぉぉ」ならこれから楽しい世界が待っていますよ。

そして、ネタバレする前にもう一つ言っておきたいのが、音楽。実は、映画の初っぱなの弦の音を聞いた瞬間から「うわ、エンドロールで音楽家の名前を確認しなきゃ。もしかしたら凄く有名な人?」と思いながら観ていました。いわゆる現代音楽の範疇で、サントラっぽいといえばサントラっぽい感じかもしれませんが、アンビエント的な静けさをベースにクラシカルな部分とかなりエレクトロな部分が融合された素晴らしい楽曲でした。音楽担当のヨハン・ヨハンセンさんは、アイスランドの方だそうです。ほほー。で、「IBM 1401 A User's Manual」ってアルバムがディスコグラフィにあるけど、これは何?(笑)

さて、この下はネタバレです。原作と映画、両方についてネタバレしますんで、これから観るよ、読むよという方は注意して下さい。

Continue reading "メッセージ"

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君の名は。

新海誠監督の最新作、「君の名は。」を観てきました。

もちろん新海監督の名前はよく知っていますけど、実はちゃんとは観てません。実は観たのは「秒速5センチメートル」だけです。「言の葉の庭」はBDを買ってあるんですけど、観てないんですよね。

というわけで、それほど新海監督の個性を理解しているわけではないですが、「秒速5センチメートル」と比較しても、とても共通するものを感じました。

その反面、今回は新海監督にとっては初めての製作委員会方式で、必然的に間口の広さが求められます。その期待にもかなり応えていたんではないでしょうか。

・・・とネタバレなしで言えるのはこのあたりまで。重要な脚本上のギミックがあり、感想も批評もそこに触れないではいられません。個人的にこの映画の評価は高めで凄く楽しめたのですが、細部にわたる完成度という意味ではあまり高い点数は上げられません。ただ、そこは新海監督作品のもっとも重要な点ではないので、これはこれでOKじゃないかと。

今回、BD/DVDになるのを待たずに公開1週目に観に行ったのは、どうやらその「ギミック」についてのネタバレを知ってしまうと面白さが半減してしまうよという感想を多く聞いたから。それは実際に観てみて私も同感です。少しでも興味があるのならとっとと観てきちゃったほうがいいです。配信やディスク販売が始まるころにはみんなネタバレを気にしなくなっちゃうでしょうからね。

というわけで、観てない人はここから下は読んじゃダメ。今すぐチケットを取って!

===ネタバレ防止フィールド===

まず、「秒速5センチメートル」と非常に近い感覚を感じたのは以下の点でした。

  • 喪失がテーマであること
  • 音楽の占める領域が通常の映像作品よりずっと大きいこと
  • SFがギミックとして入ってくるところ

もうね、これ、全部私が好きな要素なんですよ。

私なりにこの作品のテーマを端的に言うならば、「朝、目が覚めたら泣いていた。夢で見たことが悲しくて悲しくて、でも夢なので何が悲しかったのかはどんどん忘れていってしまう。失ったことすら失う悲しみの背後で、では失ったものはなんだったのか」ということです。んとね、だからこの話の本質は、全然ラブストーリーじゃないです。

見終わった後、安心していくつかネタバレ批評を読んだんですけど、「なんでこの2人がお互いを好きになるのかわからない」って意見があるんですよね。でも、それはたぶん男女の恋愛として好きなんじゃないんですよ。何だかわからない運命の結びつきに対して、それを失いたくないと思っているだけで、そんなの言葉にできないから「すきだ」って書いたっていう話なので。そこはOK。

「秒速5センチメートル」は、ストーリーの結論が山崎まさよしの「one more time, one more chance」という曲そのものになっていて、ラストにこの曲を流して、この曲の心情にたどり着いた過程をそこまでに書くという非常に変わった映像作品でした。で、この曲は完全に喪失の曲です。

で、「君の名は。」の最後は大学卒業を控えた瀧が、自分でも理解できない喪失感を抱えたまま社会に出て行くという場面。これ、観てる気持ちは「秒速5センチメートル」にそっくりでした。瀧のような経験が無くても、いや、瀧自身も忘れてしまっているので具体的な経験は無い点では同じかもしれませんが、何かを失った、あるいは何かが足りないという感情で日々を過ごしている人、多いと思うんです。

ただし、「君の名は。」では、最後に2人は出会います。再会・・・じゃないよね。出会うでいい。ここは賛否両論あるのかな。私とMliueは「会えなくてもよかったよね」という感想でしたけど、この映画の規模とターゲットを考えると観客を落ち込ませて帰らせるべきではないし、ラストは十分いい出来でした。

併走する電車ってすごく素敵ですよね。周りの景色は流れていくのに、併走する電車の車内だけこちらからは止まって見える。それでまるでつながっているように思える。私もすごく好きで、窓に張り付いて隣の電車を観てしまいます。子供の頃の話なんで超ローカルなんですが、大阪市営地下鉄の四つ橋線と御堂筋線は、大国町駅を出てなんば駅へ向かうほんの数分だけ併走する区間があります。地下鉄なので真っ暗な中、併走する電車の車内の光景だけがぼーっと浮かび、すぐに壁で遮断されてしまいます。その見えなくなる瞬間の切なさが好きで、じっと観ていたものです。

なんの話かって? 観た人はわかりますよね。でも、じゃあ、あの後ふたりはどうやったら出会えるのか。なんであの階段へたどり着くことになったのか、さっぱりわからない(笑)。でも、そういう整合性は置いといてあの併走する電車のシーンを作ったってことは、監督は電車の併走が私と同じぐらい好きなんだろうなと思って嬉しくなってしまいました。なので、あのラストは私的にはOK!(笑)。でも、あのラストシーンだったら、タイトルは「君の名は。」じゃなくて、「君の名前は」あるいは「君の名前を」なんじゃないかなあ。「君の名は。」というタイトルはもちろん、あの昭和の名ラジオドラマの「君の名は」から取ってるんだと思いますけど、ちょっとどうかと思うセンスです。

さて、前述の通り、「秒速〜」はほぼ「one more time〜」というすでに存在する他人の曲ありきの作品でした。一方、「君の名は。」も音楽の占める割合が非常に大きい作品でした。オープニングからエンドクレジットまで全てあの特徴的なRADWINPSのサウンドで統一され、要所要所で挿入歌が使われます。劇伴とテーマ曲を全部まとめて特定のアーティストにお任せというのも珍しいと思いますが、全編があのサウンドに塗り込められていると、RADWINPSのためにこの作品があるのではないかと思わせるぐらいの強固な組み合い方になっています。音楽的にもなんだか1枚アルバムを通して聞いたような、ずっしりとした手応えを感じました。因果関係はもちろん逆なんですけど、ここも非常に似たところです。

そして、SF的なギミックが効果的に使われることも「らしいなあ」と感じたところ。ここが完全にフェイクになっていて、「高校生の男女の心と体が入れ替わる」話だと、アイデアとしては昔からあるし、過去に名作はいろいろあって、展開も予想がつきます。最初、「君の名は。」はそういう話だと紹介されていたので、そういう話なら観なくてもいいかなと思っていたんですが、どっこいtwitterで「入れ替わるだけじゃなくて、お互いの時間がズレているというのは新しい」という感想を読んでしまって、「なにぃ」と思うと同時に「しまった、これを聞く前に観に行って、劇場で『なにぃ』と言いたかった」と考えて慌てて観に行った次第。残念ながらそこはわかった上で観に行って、冒頭、二人が使っているiPhoneが5と6になっているので「ほお、三葉の方が過去なのね」とわかってしまいました。

しかし、ずれているのが3年で、しかも瀧の時間ではすでに三葉は死んでいるというこの設定が明かされた時には痺れました。もちろん、「瀧が夢の中で失っているものはなにか」という物語の要請から、「夢で出会った少女はすでに死んでいる」という設定が出て、そこから入れ替わりの設定へと組み立てていったんだと思いますけど、この設定は見事。もうね、その設定聞いただけで切ないもの。

大林宣彦監督の「転校生」的なラブコメを期待していたら、いきなりタイムパラドクスもの、そして時間改変ものへとなだれ込んでいき、またその改変しようとしている事象が、地球への隕石の落下という災害だというディザスターものへとなだれ込んでいくのは本当に見事。観客は呆然と目の前のストーリーの枠組みが変わっていくジェットコースター感を味わえます。いや、ストーリーがどんでん返しに次ぐどんでん返しのジェットコースタームービーってのはキャッチフレーズとしてよく言われますけど、ストーリーの枠組というか、ジャンル事態ががらんがらんと変わっていくっていうのは珍しいですよね。三葉との入れ替わりが途絶えてからの「飛騨パート」はさらにロードムービー感まで加わっていて、ここは本当に構成が見事でした。前半の楽しい「転校生」パートからの落差も相まって、驚嘆しました。

それも、オープニングでその隕石が落ちてくるシーンがイメージ的に使われていて、さらに最初のシーンから糸守の湖がクレーター(か、カルデラだけど、それが区別できるようにオープニングがある)であることはすぐわかります。しかも、宮水神社のご神体はさらに別のクレーターなので、ここは何らかの理由でばんばん隕石が落ちてくるヤバい土地であることがちゃんと説明的じゃなく示されているというのも見事。そこまできっちり伏線が張られていても、三葉が隕石の落下で死んでいるというシーンはショック。これも「シン・ゴジラ」と同じく東日本大震災の記憶と結びついた表現で、2016年はちょうどそれが世に出てくる時期なのですね。

と、これだけ「秒速〜」と「君の名は。」には共通点があるので、まあ、ファンは「結局、またあの話?」と思います。でも、押井守にしろ庵野秀明にしろ、作家性の強い監督って同じテーマを何度も変奏するものなので、それは全然アリです。

では、今回何が新しくなっているのかというと、アニメ表現自体。それもコンピューターを使うことにより全てを自分でコントロールする、初期はホントに全部自分で作るという新海監督の最初のアイデンティティから、大作を任される日本屈指のアニメーション作家への変貌です。

アニメーションとしての、黄昏時の再会から隕石落下のシーケンスは本当に見事。感心したのは、瀧が口噛み酒を飲んだあとのイメージカットでペーパーアニメーションをやったことと、落下シーンが迫力のある作画で描かれていたこと。デジタルネイティブな個人製作から出てきた新海監督はこれまでそういう表現をしてこなかったというか、「そういうことは出来ないけど、それでもアニメーション映画は作れる」というところで魅せてきた人だと思っていたので、すごく意外でした。エンドクレジットに黄瀬和哉(プロダクションIG作品における中心的なアニメーターさんです)という名前を観たときも、新海監督はそういう「作画愛でみるアニメ」の様なものと対極にある人だと思っていたので、本当に意外。そういう意味では、ちょっと言い方は変ですけど「普通の大作アニメ」(いや、大作アニメが普通かっていうとそんなことはないと思うんですけど)的でもあり、すごく新海作品でもあるという新海監督がもっとビッグネームになっていく過程でのバランスというか落としどころというか、そういうものを感じました。

その大きなドラマのシーケンスがあった上での、最後のパート。「秒速〜」で言えば第3話にあたる部分(笑)は、また一転して落ち着いたトーンになっていて、新海監督の最も特徴的な個性でとどめを刺してくれる。いや、この枠組は本当に見事。見事の一言に尽きます。

ただ、この見事な枠組、構成に対して、脚本の部分部分をみれば粗は結構あります。みんな疑問に思うのは、「いくらなんでも入れ替わっているときに日付ぐらい観るだろう」とか、「教科書も何もかも違う学校生活はいくら何でもやりきれないだろう」とか、勅使河原の役割が半端だろうとか、なんで瀧が入れ替わりの相手になったのか不明で脚本的に瀧には主人公の資格がないだろうとか。その辺りは甘いし緩い。気になる人は気になるでしょうし、本気で練り上げればまだやれる部分だと思います。思いますが、そのひと皿ひと皿の完成度ではなく、コース料理としてみたときの素晴らしさ、類の無さ。それを2時間以内でさらっと魅せてくれる構成力はすさまじいので、気にならない・・・というかむしろ、もう緩いのがいいぐらい。そこまでびちっとしてたらちょっと息苦しいかもしれないです。

というわけで、ちと論旨が飛び散ってまとまりのない感想を書き散らかしましたのでまとめますと、新海誠の変わらないテーマと、わかりやすい大作アニメ的すごさと一応のハッピーエンドに仕立てた間口の広さを併せ持ち、かつ、めくるめくジャンル変転による一級のストーリー構成を味わえるこの映画は、まさに押井監督にとっての「攻殻機動隊」、細田監督にとっての「サマーウォーズ」、庵野監督における「新世紀エヴァンゲリオン」のような、「メジャーとしての最初の代表作」になったのではないかと、そう思います。こいつは傑作ですよ。

いや、こりゃ次の作品は大変だぞぉ(笑)

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シン・ゴジラを観てきました(ネタバレなし)

観てきました

FFXVの映画を観たときの予告で、下町の風景から見上げるとゴジラの尻尾がぶわっと上を横切るカットが出まして。それを見た瞬間、「ああ、庵野さんは、やっぱりすごい」と思いました。そのカットの見せ方だけで全然違う。

いやまあ、私はゴジラ映画を最初から最後まで通して一度もちゃんと見たことないんですけどね。でも、ちゃんと見たことがない理由って、どうしても途中で「なんでやねん」と思ってしまうからなんですよ。

で、すれっからしのオタクは「だが、それがいい」になってしまうか、「俺が作ったらゴジラはちゃんとしてやる。少なくともスーパーXはありえん」と妄想を積み上げまくるか、どちらかになります。もちろん、この映画は完全に後者であり、SF大会とかで夜な夜な「だから、ホントにゴジラが現れたらさあ、自衛隊は災害派遣になるんだから、そう簡単に撃てるわけないわけで・・・」と話している奴が、完璧な形で映画になってます。

なっていて、もちろん私はまったく怪獣映画の素養がないですけど、そういう先輩オタクの妄想激論を「うひひひ」と楽しく聞いているような奴なわけで、この映画はたまんないです。最高です。最後まで「ふぉぉぉ」と雄叫びを(心の中で)上げながら観ていたんですが、でも、普通の人がコレを観て面白いのか、ゴジラファンがコレをみて面白いのかはよくわかりません。

よく言われますよね。最初のゴジラは例えば伊勢湾台風のような巨大災害や、原爆などの大量破壊兵器の圧倒的な暴力と、それに立ち向かう人類の話だったと。でも、ゴジラが人気キャラクターになってしまってからは、多くの人はゴジラに感情移入をして映画を観ていたんだと思うのです。ゴジラがそのすさまじい力でいろんなものをぶっ壊す。そこで何百人、何千人が死んでるだろうということは、まあ、映画なんだからさておいて、その圧倒的な力に対するあこがれのようなもの、あるいは、日常を破壊してくれる爽快感のようなものを求めていて、だからこそ、往時、ゴジラは大ヒットしたんだと思うんですね。

そういう非日常感や爽快感はこの映画には全くありません。あくまでゴジラは「大災害」として完全に21世紀の日本の現実として描かれますから、想起されるのは東日本大震災で津波に押し流される人々であり、福島第二原子力発電所の事故による汚染で住むところを失う人々であり、都市機能の麻痺した東京であたりまえの日常が失われれば自分は家に帰ることすら出来ないんだということを思い知った人々の姿です。いや、なんせご存じの通り、ゴジラさんてば原子力駆動なんで、やっつけると後は除染がいるんですよ。マジデ。なんかですね、画面から受ける気持ちが、あのとき、津波の映像を見ていたときと変わらないんですよね。こう、呆然として、辛くて、そして、やっぱ現実だとは思えなくて。

というかですね、むしろそこがこの映画の貴重なところかもしれなくて、日本人はいくら戦争映画を作っても始終、どこかと戦争しているアメリカさんや、国民のほとんどが一度は銃を持つ韓国さんにかなわないわけですよ、たぶん。しかし、今回、災害映画を作らせたら圧倒的なリアリティが出せると言うことがわかりました。これ、外人がみたらそのリアリティにびっくりするか、逆にリアリティが持てなくて避難のバスが高速道路を埋め尽くす絵で笑っちゃうか、どちらかなんじゃないかな。日本人はまったく笑い事じゃないことをかなり現実的にわかっているわけですけど。

と、いうわけで、今回のゴジラには、基本的に全く超法規的な手続きは起こりませんし、全く超兵器は出てきません。そして、事態は国際問題化し(そりゃそうだわ。いままでのゴジラシリーズでたぶんそんな展開ないと思いますけど、そりゃそうです)、日本は破滅の一歩手前まで追い詰められます。絶体絶命です。そこで、役人も軍人も、にぎりめし食って机に突っ伏して寝て(これも外人にはまったく理解できないでしょうな・・・)、起死回生の手を生み出し、実行します。うん、考えるだけじゃなくて、どうやれば出来るかを考えるのが政治だからね。

まあ、凄い映画です。良くも悪くも、「日本」が「ゴジラ」と戦う映画です。映画の前半はとにかく会議ばっかりしてます。出現した巨大生物に対してのエラい人の対策指示も、「えっと、今の、どこの役所への指示です?」と受ける側も呆然ですが、粛々と手続きはしなければならないので、会議、議論、お仕事、会議、議論、お仕事の連続です。でも、それがまさに戦いなワケです。いや、自衛隊はホントに火気を使って戦いますけど。そんな感じで、かなり怪獣映画という趣は薄いですが、面白い映画であることは間違いないので皆様にもおすすめします。うむー。

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KINGSGRAVE FINAL FANTASY XV

何度か書いてますが、私はSEGA人だったのでFINAL FANTASYというゲームとは無縁でした。

FFXIだけは奇縁あって長らくつきあいましたが、純粋な「剣と魔法の世界」であるFFXIはなんとなく歴代のFINAL FANTASYとは違う雰囲気のような気がします。FFのイメージは、ファンタジーといいながらなにやらメカメカしい黒鉄色っぽいイメージですなあ。

そんなこれまでのFFのイメージにぴったりなFFXV。あんまり興味を持っていない私の視界にニュースサイトなどでちらちらと目に入る画面イメージは、のーてんきなにーちゃん達がなぜかアウディのオープンカーに乗って走るもの。なんなのあれ。ところが、ゲーム発売前に公開される前日譚を描いた映画の評判が結構いい。FFの映画といえば大昔に社を揺るがす大失敗をしたことで悪名高いですが、今回はメディアのレビューも観た人の評価も悪くない。気になりますか。いや、あんまり。

試しに絶対ゲームがでたら買うであろうウチの嫁の人、Milueに観に行くかと聞いたら「行かいでか」という返答がきました。それほど期待してませんが、まあ、行ってみましょうか。

というわけで、観てきました。公開から1週間が経った7/16の錦糸町オリナスのTOHOシネマズ。上演回数がそれほど多くない(1日3回だった)こともあってか、チケットは上演30分前に売り切れ。客層は7割ぐらいが20代から30代ぐらいの男性で、この手のハイエンドグラフィックなゲームをやりそうな人たちという感じでした。

さて、感想ですが、これを普通の実写映画、あるいはアニメーション作品として評価したとして、私は80点はあげられます。満足度はかなり高いです。なーんの予備知識もなくポンと見せられても「おー、凄いね。これ、CGなの?格好いいなあ」という感想になるでしょう。

世界観をきちんと絵で見せていることも良いし、人間関係の構図がはっきりしているので物語を追いやすい。主人公とヒロインの吹き替えがちょっと危なっかしいですが、他の声優さんは実力派で物語を盛り立ててくれます。ラストシーンでは、都市がひとつ吹っ飛ぶぐらいのスケールのデカい戦いと主人公と悪役の対決をきちんと対比して見せてくれ、この演出はアリだと思います。

また、「魔法VS科学技術」というモチーフなので魔法を使うんですが、主人公達が多用する魔法が、短剣を投げてその短剣の位置へワープするというもの。単純なアイデアの割にあまり観たことがない斬新な絵で、かつ、それを非常に巧く使ってスピード感とスリルある戦いをやってました。これはすごく格好いい!

ストーリーは、それほど深みのあるものではありませんが、キャラクターの動機をきちんと整理して物語をドライブするだけの役割をちゃんとするだけのものはありますし、「移民」という2016年を語る上で外せない言葉がキーになっているのも、奇しくも現代的でいいんじゃないかと思います。

あれ、べた褒めですか?いや、この後でもっと褒めます。

先に難をあげれば、まあ、いろいろあります。「魔法VS科学技術」の対決という割に、どちらも魔法(的なもの)と科学(的なもの)を使うので、差がよくわかりません。主人公は「魔法」側で「科学」側が侵略してきます。オープニングからいきなり前線での戦闘が描かれるんですが、ノリは完全にFFXIのオープニングムービーと同じ。剣と魔法で戦う味方に対して、巨大なモンスターで押し寄せる獣人軍。それにメテオを唱えて対抗する味方。ホントにそんな感じなんです。

が、えっとこのでかい蜘蛛みたいなモンスターを「科学」側がつくったの?どう見てもオカルトなんですが・・・えーっと・・・。また、戦闘員たちはどちらも黒っぽい戦闘服でリアルっちゃリアルなんですが、どっちがどっちの人なんだか、全然わからない。で、「魔法」側は押し切られて撤退。車で(笑)。このあたりの導入はちょっと不親切で観ている人を混乱させます。そういった、普通の映画なら演出されるべきことがされません。事情はわかる(ゲームと設定変えられないからね)んですが。ちとわかりづらい。

また、モーショントレースで演技するフルCGの登場人物達は非常にリアルで、ほぼ違和感なく観られるんですが、モブの動きがパペットみたいでヤバい。群衆がうまく作れないのが欠点で、まあ、それはしょうがないんですが、ちょっと興ざめします。

あと、物語のキーとなるアイテム。これの存在意義が謎です。すげーアイテムなのはわかるんですが、これが何のために作られて、各々の登場人物が何のためにこれを追っかけているのかがよくわからない。最後までみても、ツッコミどころ満載なのは残念です。

と、いろいろありますが。

これ、ゲームのオープニングムービーだとしたら100点です。すげぇ。ゲームのオープニングムービーはここまできたのか。こんなの見たことない。

仮にですね、FFXVのパッケージが二つ並んでいると思って下さい。片方は100分の拡大版オープニングムービー付きで、そのオープニングムービーは凄すぎるので迫力の大画面とナイスな音響のもとで観て欲しいのでチケットが封入されていて映画館で観て下さいと書いてあると。そのチケット封入版はとなりの通常版より1800円高いとします。

それで観られるのがこの映画だとしたら、1800円の価値は十分過ぎます。ゲーム機の進化の歴史、数々の名作オープニングに連なるものとして行き着いたところ。ゲームのオープニングはここまで来たのかと考えると感動を禁じ得ません。フルCGののゲームのオープニングムービーを満員の映画館で観る。マジですか。そんなことになったんですか、未来は。サターンとプレステの次世代機戦争に熱くなっていた20年前の私に教えてあげたい。いま、私、未来にいるよ。

剣と魔法の世界を完全に現代人の暮らしと一体化させた世界観も見事。特に、新宿新都庁ビルを滅び行く国の城と見立てて木っ端微塵に破壊したのは爽快。この映像を観た外人さんは、あれがホントに東京に建ってるビルだってことを知ったら嬉しくなって観に来るんじゃないでしょうか。魔法の世界なのにスマホもっていたり、都庁ビルがあったり、アウディが走っていたりユニクロの看板があったりして、それでがっちり成立している世界観は気持ちいいです。

いや、これは気になるなあ。このキャラ達の生きている世界のお話が気になります。この映画を観た人は間違いなくみんなFFXVをプレイしたくなると思います。いや、この映画を観た人は全員がFFXVを買うと言い切ってもいいでしょう。ただ、そもそもFFXVを買わない奴がこの映画を観に来るのかという話もあって、意味は特にありません(笑)。そういう意味でもこれはやはりオープニングムービーですな。

P.S. 「シン・ゴジラ」の予告編、すごくよかった

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スターウォーズep.7を今度は4DX3Dで観てきた

「神のみ」の若木 民喜先生のブログで4DXでスターウォーズを観た話がありまして、興味惹かれまくり。というわけで、私も豊洲まで観に行ってきました。

上のブログにも

会場からは思わず悲鳴が。

なんて書かれてますが、ホントにテーマパークのアトラクション級です。最前列だったんですが、後ろの席は若い男女のグループで、ホントに遊園地に遊びに来た感じで上映前にキャッキャウフフしてます。劇場内は完全に映画を観る雰囲気じゃなく、アトラクションの待ち行列のノリ(笑)。コインロッカーに荷物預けろって言われるぐらいですからね。

で、デモが始まると椅子ががっくんがっくん、背中をドンドンドン。前から水がぶしゅーっ。いやいや、ホントにこれは飲み物持っていられない(笑)。あはは、なんじゃこりゃ。楽しいじゃないか。

続いて予告編。ホラーっぽい映画もあって、後ろの席の女の子が「あたし、もうむりかも」ってつぶやいて場内に笑いが。いやいや、はええよ(笑)。

本編が始まってみると、なかなかの迫力。とにかく情報量が一気に増えるので話はわかりづらくなります。あと、字幕版を一番前の席で観たので字幕へ視線をずらすのが結構大変でした。

水が出るのはいつ使うんだろうと思ってたんですが、刀で切りつけたら返り血を浴びる・・・というようなシーンで使われて、ちょっとうへっと思いました。あと、匂いもでるのですが、1種類の匂いしか使われず、どこに行っても何をしても同じ匂いだったのが残念です。

2時間たっぷり椅子で揺られて結構疲れました。遊園地のゆるーいアトラクションに2時間乗せられているようなものですから、そら疲れますよね。でも、なかなか楽しい視聴体験でした。これで観たいという映画は限られますけど、機会があればまた観たいですね・・・というか、ガルパンの4DX版が2月下旬から公開になるそうで、ガルパンにはホントぴったりだと思います。また観に行こうかな。

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SWep7 フォースの覚醒

TOHOシネマズ錦糸町 12/20 20:10の回、日本語吹き替えで観ました。劇場は8割ぐらいの入りかな。まあ、アレな人たちはもうとっくに観たのかも。

さて、まずはネタバレなしの感想を。うん、よくできてる。完璧にスターウォーズだ。ダメな点も含めて・・・。

これが全9作のうちの7作目であり、新しい3部作の1作目であることを考えると、どうしても背景と人物の紹介になってしまうことはやむを得ないわけで、それはちゃんとやっているなあと。という感想はリブート版のスタートレック第1作と同じで、ということは「イントゥ・ダークネス」であれだけのことをやってくれたんだからVIIIは期待できるぞーと。

観に行くか迷っている人には是非にとは言いません。言いませんけど、この先のことを考えると、一生観ないわけにもいかないんだから、劇場で観られるうちに観ておいたらいいんじゃない?

あ、あと、パンフは見終わってから読むこと!

さて、ここからオタク向けのネタバレ感想に行きますよー

まず、スターウォーズ全9部作が、スカイウォーカー家の3代記であることは約束されたこと。もちろん、いったんはルーカスが「やーめた」といったVII以降の話なので、ルーカスの約束は反故にされちゃったのかもしれないです。が、逆にスターウォーズの大ファンのJJのことですから、逆にこの縛りを取っ払うとは思えない。

これまでの小説版などで、ルークは結婚せず、ハン・ソロとレイアの間にはジェイスン、ジェイナという双子と、アナキンという男の子がいるという話になっていましたが、このあたりはたぶん反故(笑)。だとしても、主人公はルークかレイアの子供になるはず。で、今回の主役二人はどちらもそれっぽくないので、カイロ・レンがそうなんだろうなというのは見当が付いてました。劇中でも早めにバラされてましたしね。

ということは、影の主役はカイロ・レンで、彼が成長し正義に目覚め、本当の悪を打倒するというのが3部作を通じたお話になるだろうというのも約束された展開です。もちろん、お約束を裏切るのもアリですが、裏切るには裏切るだけの価値がないとダメ。IIIでバッドエンドで終われるのはVIでハッピーエンドになることが決まっているからで、IXでバッドエンドをやるわけにはいきませんからね。

そんなわけで、この時点でのカイロ・レンはまだジェダイとしての修行も終えてない段階なので、弱っちいのはある程度仕方ない。そうしないとお話が成立しない・・・のはわかるんだけど、いくらなんでも

弱っちすぎるだろう、カイロ・レン。今日初めてライトセーバー持った女子に負けるなよ!

この映画の一番マズい点はそこだよね(笑)。

実は、旧3部作の中には本当のジェダイが出てきません。オビワンは耄碌してるし、ヨーダは死にかけてるし、ルークは半人前。なので、新3部作が作られるよーってなったときの最初の注目点は「在りし日のジェダイってどんなだったの?」でした。Iで、クワイ=ガン・ジンとオビ=ワン・ケノービのマスターとパダワンの活躍っぷりを観て、「うわ、マジのジェダイはやべぇわ。あれが訪ねてきたときのヌート・ガンレイの絶望っぷりはよくわかる」と思いましたね。

で、その時代から何十年と経っちゃって、もう本物のジェダイはいません。ルーク・スカイウォーカーも正式の教育を受けていません。そもそも正式なジェダイは、赤ん坊の時に親から引き離されて育ちます。親への思慕の念などが、ダークサイドへの入り口だからです。それを破ってジェダイにしたアナキンはあの有様になるわけで、まあ、過去のジェダイは偉かったなと(笑)。ルークなんてもう完全に青年になってからジェダイになったので、パチもん感半端ない。

そんなルークがジェダイの教育ができるかと言えばできないわけで、見事に失敗した模様。ホント、スカイウォーカーの一族のダメっぷりは銀河に大迷惑をかけているわけですが、親父はフーテン、かーちゃんはキャリアで、家庭教師に叔父さんをつけたら、見事にグレて、叔父さんはショックで引きこもった・・・ってどんなダメな一家だと(笑)。いや、息子が可哀想だよ、むしろ。

そんなダメ息子だから弱っちくてもしょうがないんだけど、でも、新3部作とクローン・ウォーズを通じてマジのジェダイの活躍をいっぱい観ちゃった後なので、なんか物足りないですよねぇ・・・。

みんな旧3部作は偉大な映画で新3部作はダメダメだって言うわけですけど、私は新3部作好きなんですよね。特にIIIの冒頭のような、オビ=ワンとアナキンのコンビが銀河を股にかけて大活躍するヒーローアクションが大好き。なので、今回のVIIは、旧3部作の続きとしてはこれで正しいと思うんですけど、しょっぱく見えちゃうんですよね。

でも、次回以降でカイロ・レンはしっかり活躍してくれると思いますよ。特に次回は親も殺して立派に悪い奴になったレンくんの極悪非道ぶりに期待します。

さて、期待の新星カイロ・レンについてはそのぐらいにして、本来の主役であるレイについて。あえて名前が姓なしのレイで、親と引き離されたという設定は何を物語るのか。彼女が次世代のジェダイとしてカイロ・レンと対峙していくんでしょう。ラストにルークのところに弟子入りしてましたが・・・うーん、その師匠で大丈夫か。でも、ヨーダもオビ=ワンも弟子には裏切られてるしな(笑)。

ともかく、レイ役のデイジー・リドリーは可愛くて色気もあって、目が離せない役者さんです。いい人連れてきましたね。新3部作のパドメ役のナタリー・ポートマンも素敵だったけど、匹敵するんじゃないかな。吹き替えで観たので声を聞いてないんで、字幕版で確認しなきゃ。

次にフィン。この時代のストームトルーパーはクローン兵じゃないんですね。まあ、キャプテン・ファズマとか女だったし。せっかく女性にしたんならメット取らせればよかったのに。基本、あの人、いいとこなしだったな・・・。いやいやいや、フィンね。今回のコミックリリーフはこの人なんだけど、それ以上のキャラでこの後もしっかりと描かれそう。フィンもいいキャラクターです。この主役2人組はホント魅力的でいいよね。この二人が楽しく逃げ回っているだけで十分に魅力的なお芝居になってます。

というわけで役者さんには不満ないんですが、不満だったのは、メカかな。好き嫌いは置いとくとして、Iのナブーファイターや、ワープドライブを軌道上で切り離すジェダイのファイターなど、新3部作にはそれまでと違った魅力のあるメカがそれなりにあったんですが、今回は特になし。で、やっている戦闘シーンも過去のオマージュばかりで新しいアイデアが見えません。最初のタイ・ファイターとチェイスするところは、Vの小惑星帯で追いかけっこするところだし、スターキラーは完全にデススターで、バリアを破壊して乗り込むというシーケンスや、トレンチ内でのチェイスなどなつかしのシーンではあるけど、何か新しい面白さがないんです。戦闘の面白さについて言えば、ガルパン劇場版に完全に劣ってる。ううーむ・・・。

そもそもスターキラー攻略戦はツッコミどころが多すぎです。まず、なんであんなデカブツ、完成するまでほっといたよ?(笑)。で、あんなもん作って星破壊して、それで何がしたいんだファースト・オーダー。皇帝とダースベーダーも同じようにデススターは作ってたけど、ちゃんと脅して言うこと聞かないと使うとか、使い道を考えてたぞ。いきなり撃つなよ。

そして、発射された軌道をブリッジからみるシーンは完全に「光る宇宙(第41話)」でした。うはは。そういえば、ソロの宇宙船で逃げ出したヤバいクリーチャーは完全にモルボルだったね(笑)。あと、「太陽を完全に吸い尽くしたら発射だ」とか言ってましたが、吸い尽くしたらもうこの兵器2度と使えないのでは?どうなってんだ?

と、まあ、いろいろ気になる点はありますが、全体としては悠々及第点。今後の展開がいかようにも進められる(いや、もう決まってるんだろうけど、こっちがいろいろ考えられる)お膳立てはしっかりやってもらったし、新キャラクターも魅力的だし、何より子供の頃に聞いてわくわくした「全9部作」が実現するってこと自体でワクワクが止まらないワケで、今後がすごく楽しみです。

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「楽園追放」が素敵なアニメだった

話題・・・になっているのかどうかよくわからないですけど、やたら気合いの入った劇場オリジナルフル3Dアニメ、「楽園追放」を観てきました。

この作品、テレビCMはよく見かけるようになりましたが、あんまり興味はありませんでした。あのCMではこの作品の意義やおもしろさは伝わってませんよね。

きっかけはポッドキャスト番組「そこ☆あに」で特集され、水島監督と東映アニメーションの野口プロデューサーのインタビューを聞いたこと。詳しくは「そこ☆あに」を聞いて欲しいんですが、この作品がどういう経緯でつくられたかといえば、水島監督と野口さん曰く・・・

  • 東映アニメーションさんは「プリキュア」などを通じて、3Dグラフィクスだけを用いてアニメを作れる技術基盤はできたので、これで技術検証として1本オリジナル作品を作ってみようという企画
  • 技術的な相性なども考えて、SFがよかろうということになった。実験作なので、脚本も今までとは違う人がよろしかろうと、無名に近かった虚淵玄を起用した(取りかかったのは、「まどマギ」より前のこと)
  • 制作会社のグラフィニカのスタッフにはリミテッドアニメーションの演出方法を教え、育成しながらの制作となった。今回は育成も重要な仕事。
  • 当初はもちろん「初のフルCGアニメ」を目指して作っていたが、その間に009やアルペジオに抜かれ、「やべー、やべー」と言いながら作ったが、もちろん先行作品を越えるレベルに仕上がっている。そもそも、フルCGでアニメを作れるのは日本でまだ3社しかなく(他の2つはサンジゲンとポリゴンピクチャアズ)、みんな仲間みたいなもんだけどね。

とのこと。「アニメファンなら3Dアニメの最前線を確認しにくるべきだよ」とも。

というわけで、この志の高さにいたく感じ入り、それにまあ虚淵さんならダメダメでもなかろうということで観ようかなと思っていたら、公開直後から好評であっという間にパンフも劇場販売のBDも売り切れだそうでこりゃとっとといくべきだね。

11/30(日)の新宿バルト9 19:10の回を予約して、いざ劇場へ。30分前の到着で残り座席24。客席は完全に満員でした。客層は、ハイティーンから年季の入ったおっさんまでの落ち着いたアニメファン。女性もけっこう多かった(3割ぐらい?)印象ですが、客席に浮ついた雰囲気が全くなく、「映画を観てやろう」という雰囲気。まあ、そりゃ、デートではこないでしょうけど、なんだか訓練されたオタクたちって感じでした(笑)。

さて、まずは全体の感想。うん、すげー面白いです。まさに「よくできている」という表現がぴったり。あなたの人生の1本にはならない、毒にも薬にもならないけど、まさに美酒って感じ。

それでいて、設定的にはなかなか濃いこともやってます。人間の意識が電脳上に・・・というような設定はわりとありふれていて、「攻殻機動隊」や最近はやりのMMOゲーム世界もので表現としては良く出てくるわけですが、人類が完全に肉体を捨てて、電脳上で暮らしているという設定は実はあんまりメジャーじゃないです。まあ、イーガンの「ディアスポラ」からも10年経ったし、ぼちぼち大丈夫かなーという感じで使われてますが、本質的に難しいテーマ。

この肉体を捨てた人間たちの世界「ディーバ」が、宇宙空間上のラグランジュポイントにあったり、中に生きている人達の階級が利用可能な演算リソースで決まっていたり、胎児までは肉体を持つけどその後、電子化され、最初に得た肉体は必要があれば保存しておいた遺伝子から端末として培養して利用できたり、利用後の肉体(マテリアルボディ)は自壊させるので埋めておいてね、みたいなことを言ってみたり、SF者的に濃ゆい設定がいろいろです。見所は満載。

なんか、レビューサイトで「古くさい」とか「ありきたり」とか言っている人が沢山いるんですけど、そういう人は全然そのあたりの深さが見えてないわけで、逆に言えばこういう濃いネタで「ありきたり」と思わせるのがさすがだなーという感じです。

そりゃ、ツッコミどころはいろいろあって、そもそもほとんどの人類が電子化して、「ディーバ」という1つの世界に住んでる世界で、その大量のロボットはいったい誰と戦うために作ったんだよ・・・なんて思ったりもするわけですが、そこはそれ、そこをちゃんとしたらお話が面白くなるのかといえばそんなことはないので、全然OK。まずは、ちゃんとSFしているぜってところがとても良い。そして、その濃さの加減が絶妙。

で、そのとてもよい世界観と設定の上で、作られるお話なんですが、登場人物がかなり絞り込んであります。地上からディーバに不正アクセスをしかけて「お友達になりませう」と話しかけてくるハッカーのフロンティアセッター、フロンティアセッターを捜索するためにマテリアルボディを与えられて地上に送り込まれたアンジェラちゃん(年齢不詳。ただし、マテリアルボディは他の捜査官を出し抜くために途中で培養を止めたために若干のロリ入り)、そして、アンジェラの地上でのエージェントとなるディンゴ。この3人だけです。

それぞれ、神谷浩史、釘宮理恵、三木真一郎と人気と実力を兼ね揃えた安心の配役で、しっかりと物語を楽しめます。。神谷さんはこういう感情を出さない役も上手いし(まあ、何やっても上手いけど)、三木真一郎さんもまさにぴったり。ですが、やはり釘宮さんかな。ファンは、こういうくぎゅを待っていたんじゃないですか。100分たっぷりくぎゅの声を聞いて、全国1000万人の釘宮病罹患なみなさんは存分に酩酊してください。うぉー、アンジェラかわええよ、アンジェラ。

そんなアンジェラのおしりとおっぱいだけでも3Dの価値はあるっちゃーあるんですが、ホントのところ期待するのはやはりメカでしょう。グラフィニカさんはあの板野一郎さんが所属する会社ですから、展開される映像はまさに本家板野サーカス(板野さんはモーションアドバイザーとしてクレジットされてます)。エヴァQの冒頭の軌道上の戦闘シーンが好きな人なら、あれが3倍の長さとミサイルの量(笑)を体感できると言われれば、ドキドキでしょ?いやあ、ホントに震えが止まらないぐらいに格好良かったー。

でも、こういうアクションシーンの3D化は攻殻SACで車が全部3Dになった当たりから、見慣れているといえば見慣れているわけですよ。それでも特筆するべきだというぐらいに格好いい。3Dだからというんじゃなくて、いいアニメ。気持ちいい。

特に、終盤、かなりの長さの最終決戦となります。今回、演出として、「エウレカセブン」の京田監督がクレジットされていますが、水島監督が口説き落としてこの後半パートの絵コンテをお願いしたのだとのこと。実際、どこからがそうなのかはわからないですが、それでも「おお、これは」と感じ入るシーンの連続。もうね、さすがと言うほかない。これを見せられちゃ、BD買うしかないです。毎日この10分だけ繰り返して観たいレベル。

というわけで、いつまで上映しているのかわからないし、もうすぐにBDが発売されちゃうんですが、可能ならば劇場で観ていただきたい。アニメも含めた日本映画が意外と苦手な、頭を使わずにすかっと観られるアクション作品でございます。ぜひぜひ。

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RUSH

ちょいと前の話ですが、F1の伝説的な二人のドライバーの対決を描いた映画、「RUSH」を公開週の週末に観てきました。(つまり、もうけっこう前です。ちょっとドラクエに忙しくて・・・)

私ももう長いことF1ファンをやってますが、この映画のクライマックスは1976年のシーズンなので、当時のことはもちろん全然知りません。日本でF1がブームになるのは鈴鹿で日本GPが開催され、中嶋悟が日本人初のフル参戦をした1987年以降のことで、ほとんどのF1ファンにとって、1976年シーズンは「なんかすごかったらしい。よくしらないけど」というものでしょう。もっとも、この年の最終戦として、初めて日本でF1GPが開催されて、富士スピードウェイは大雨で・・・というような話をTVや雑誌や、あるいは先達からたくさん聞かされてはいて、何が起きたのかのあらましは知っています。

映画は、二人の主役、ジェームス・ハントとニキ・ラウダのキャラクターの若かりし頃(F3時代)からスタートし、普通の映画のように始まります。奔放なハントに緻密なラウダ。ラウダが持参金を用意してF1に参戦してすぐにチームにマシンの軽量化案を提示して(「マグネシウムを使うんだよ!」)実現してしまうあたりは、私がF1を見始めた1990年でもまったくあり得ない話で、「ホントかいな?」と思ってしまいますが、なんせ昔のことなのでよくわかりません。

しかし、物語が進み、笑点の1976年シーズンになると、本当に1シーズンレビュー映像を見るかのように変わってきます。本物の映像も使われているらしいんですが、どれがそうなのか全くわかりません。二人の戦いにぐいっと引き込まれますが、ご存じの通り、ニュルブルクリンクの悲劇的な事故で水を差されます。

不死鳥と呼ばれたラウダがその事故からわずか数ヶ月で復帰することや、そこまでして復帰したラウダが最終戦に・・・というエピソードがこのシーズンを特別にしているわけで、映画もそのクライマックスに向けて結果がわかっているのに目が離せない映像になるんです。しかし、あまりにもハントとラウダのレース自体が魅力的に見えて、事故など起こらなかった1976年を観てみたい気にさせられました。そう思わせるってことは、少なくともレースファンにとっては素晴らしい映画であったことは間違いありません。観に行って良かった。

ただ、ラストシーンの飛行場のシーンは・・・まあ、なんせアンチクライマックスなのでドラマを終わらせるにはああいう形になるのかもしれませんが、二人の主人公が饒舌に内面を語るのはちょっと違和感がありましたね。

ちなみに、私が観た映画館では吹き替えと字幕が交互に上映されていたのですが、吹き替えの方は主人公をKinKi Kidsの二人がやっているということで女性二人組なんてお客さんが多かったみたいです。堂本光一さんはかなりマニアなF1ファンなので出来に不安はないですが、どうなんだろう、ジャニーズファンのお気に召す映画だったのかどうか、聞いてみたかったですね。

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