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人間をお休みしてヤギになってみた結果/トーマス・トウェイツ

その昔、トースターを作るのに鉄鉱石を入手するところから始めるプロジェクトで人々を感心させ、そして呆れさせた彼の新しいプロジェクトが届きました。知らない人は、彼のTEDを見れば10分でおおよそ理解できます。

いや、すいません。前作の「ゼロからトースターを作ってみた結果」の方は読んでないんですけど。面白い試みだと思いましたが、1つずつのトピックとしては、まあ、だいたいは知ってるかなと思ったので。

このトーマス・トウェイツさんは、一言で言えば現代芸術家です。彼が研究者やノンフィクション作家だったなら、例えば「トースターはすごく安く買えるが、それは21世紀の文明ありきで、それなしに作るとしたらどうなるのか」ということを調べたら、それについて本を書けば仕事は完了です。数年前に話題になった「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」はそういう本です。しかし、彼は芸術家なのでモノを作らないと意味がありません。

言うなれば、明和電機さんと同じカテゴリーの人ですね。ある思想やテーゼをマシーンとして形にして、人を感心させたり、笑わせたり、呆れさせたりするのが、明和電機。絵画・彫刻に限りませんが、何らかの造形物やパフォーマンスの形まで作り上げるのが、彼らの仕事です。あのトロけたトースターは博物館入りしたそうですよ。

しかしながら、現代芸術家の生活はそんなに楽ではありません。学生時代にトースタープロジェクトがヒットしたこともあって、デザイナーとしてひとまず食うには困らないだけの仕事はもらえているものの、定職もなく、姪っ子の犬を散歩させながら通勤ラッシュの人々をカフェから眺める33歳の男。このままでいいのだろうか。将来が不安だ。この苦しみから逃れたい。

「そうだ、人間をお休みしよう。動物になろう」

いやいやいや、何言ってんのトーマス。しかし、新しいプロジェクトを思いついちゃったから企画書書いてみます。「四足歩行を可能にする外骨格を作成し、草食を可能にする人工胃腸をつくり、脳内の記憶中枢と言語中枢をカットして、<ゾウ>になってアルプスを越える」って、そんなプロジェクトに誰が・・・なんと医学研究支援団体から資金提供が。やるんですか。書いてあることのどれ1つ取っても第1線級の研究テーマだと思いますが・・・。

しかし、そこは芸術家ですからね。やるしかない。芸術家だから、そこに科学的な正しさや新規性、検証可能性などは必要ない。でも、実際に自分でやらないと芸術にはならないわけです。

というわけで、到達しているポイントが表紙の写真です。だいぶ仲良くなってます(笑)。

まあ、申請書に書いちゃったからしょーがないってのもありますけど、相当いろいろやってます。章立てを見ると、彼の真剣さがよくわかります。

  1. 思考
  2. 内蔵
  3. ヤギの暮らし

1章でシャーマンに会いにコペンハーゲンに行き(ゾウなんて馴染みない動物じゃなくてヤギになりなよというこの本のコンセプトに関わる助言をもらう)、2章で神経学者に会いに行き(側頭葉に強磁場をかけてもらう)、3章で動物学者兼義足装具士に会いに行き(延長前肢とハイソールを作ってもらう)、4章で草食動物の胃腸の研究者に会いに行き(ヤギの体内微生物を自分に移植するのは絶対やめたほうがいいという助言をもらう)、最後にスイスのヤギ農家のところに行きます。

行った先で全員に「無理だろ」「死ぬなよ」「取り返しの付かないことになりますよ」と言われながらも、死にたくはないのでなんとか妥協点を探り、粘り強くプロジェクトを進めるトーマス。すごいなあ。彼の学際的な知識欲と実行力はホントに素晴らしい。こんな有能な彼がなんでこんな役に立たないことをやっているのかとちょっと残念に思う気持ちがないでもないけれども(笑)、でも、芸術家として世界中の人々を感心させて、そして笑わせているんだからとっても有意義なことです。

もちろん、四つん這いになってヤギと一緒に草喰んでみても、それ自体から得られることはあんまりないわけです。でも、そこまでたどり着くまでの真剣なリサーチは非常にためになります。哲学的でもあり、科学的でもあり、医学的でもあり、ものすごくプラクティカルな学び(ファンドから資金提供されたプロジェクトを変更する、例えば象からヤギに目的を変えるなどというときには、ちゃんと説明しないとヤバいとか。そりゃそうだろ)もあり。思いのほか、ためになっちゃう本です。全編、彼の軽妙なユーモアたっぷりの文章が続き、ゲラゲラ笑いながら楽しめます。オススメです。

トースターの方も読んでみることにしよっと。


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