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Stardew Valley

Nintendo Switchのインディゲームが面白いです。

もちろん、任天堂は他のプラットフォームで出た良いゲームを引っ張ってきているだけなので別に大して偉くないんですけど(笑)、ただ、Steamからフックアップすること自体は意味のあることなんじゃないかなあと思います。特にPCでゲームをすることがそれほど一般的ではない日本人にとってはかなりありがたいですね。

というわけで、Nintendo e-storeで買えるというだけである程度、面白さの保証はあるので、結構頻繁に買ってます。今度は海外で非常に評価の高い「Stardew Valley」を買ってみました。

Stardewvalley

見た感じはスーパーファミコンぐらいのグラフィックですが、なんせこれ、一人で作っているらしいです。まじかよ・・・。なんでも、「牧場物語」が大好きすぎてこれを作ったらしいんですが・・・愛が溢れすぎていてすごい。いや、「牧場物語」をやったことないんですけどね。逆に興味出てきたわ。

で、遊んでみたんですが・・・日曜日にやり始めたら1日があっという間に溶けて無くなりました。すごく面白いってことはないんですけど、テンポが良くて止めどきがない。最高の作業ゲーです。いやあ、これは素晴らしい。ヒットするのもわかる。1500円で遊んで申し訳ないです。

今は、自動灌漑農園を実現すべく、スプリンクラーの配置に悩んでます。たのしー

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2018春アニメ1話感想 そのに

初場所が2横綱とひいきの安美錦の休場で盛り下がってきたので、これでアニメが観られるぞぉ(笑)

[からかい上手の高木さん]

ゲッサン連載の漫画が原作。私は原作の大ファン。

コレに関しては、たまごまごさんのレビューが最高なので私が特にいうことはないっす。

やらしいことでも考えてた? アニメ「からかい上手の高木さん」第2話の“からかいポイント” (ねとらぼ)

たまごまごさんの原作のレビューも素晴らしいので、ぜひ辿って読んでいただきたい。あと、最近、原作の山本崇一朗さんの短編集「恋文」「ロマンティック」が発売になっていますが、「恋文」の表題作がもう、「からかい〜」テイスト満載のいちゃらぶ感なので、読んでない方は是非。ちなみに収録されてる他の作品は、割と頭がどうかした感じの不思議テイスト漫画(褒め言葉)で、こっちはこっちで好きですね。

[DEVILMAN crybaby]

湯浅政明の最新作はあのデビルマンを、Netflix限定コンテンツで。

「夜は短し歩けよ乙女」「夜明け告げるルーのうた」のどちらも劇場に観に行きましたが、2本ともあの独特な絵柄で幸福感溢れる映像でした。で、今度はあの絵柄の悪夢になる・・・と。なんせNetflixで公開なら諸々の規制もゆるめなわけで・・・

1シーズン分が一気に公開されているんですが、1話だけ観ました。エロでグロってことはわかるんですが、1話だとまだ全然ストーリー的なことはなんとも言えませんね。まあ、湯浅監督の作品が好きなら、押さえておくべきかも。あわない人はあわないと思いますけど。

[ヴァイオレット・エヴァーガーデン]

今期の京アニ。原作小説はありますが、京アニ主催のラノベ文芸賞の受賞作なんでほぼ京アニのオリジナルといっていいでしょう。しかし、このシステム、すごいよね。

絵は抜群にキレイ、声優さんの演技も良い、演出も丁寧だし、クスリと笑わせるところもテンポ良くて文句なし・・・なんだけど、「兵器として育てられた感情のない女の子」というモチーフに面白みがない。いや、わかるけど。これなら理論で計算ずくでストーリー構成出来ますよ。

原作を読んでないでいうのもなんだけど、なんでこのアイデアに賞あげたし。そんなに出来が良かったのかなあ。逆に興味が出ました。でも、読んだら「よくこの凡庸なネタにこんな秀逸なアイデアぶち込んで形にしましたな。すごいね」というようなことになりそうな気もする(笑)

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2018春アニメ1話感想 そのいち

去年は本当に面白いアニメが少なかったので途中から止めちゃってましたが、今期はまたちょいちょいとアニメを観ているので、1話感想を復活させます。

いや、それにしてもこんなに急激にアニメがダメダメになるとは思いませなんだ。ラノベがすっかりダメダメになってしばらく経ちますが、同じことが起きない理由はなかったので不思議ではないんですが。

[ポプテピピック]

漫画原作。原作は未読です。なんかよく中指立ててるところを見かけるキャラですけど、こーゆー作品だったんですねぇ。

で、随分とはっちゃけて遊んでいる様子。こういう媚びない悪ノリは好きです。最近のアニメの過激さって、「どーせ、こーゆーのが好きなんでしょー」という視聴者に媚びた・・・というか、視聴者を舐めたものが多かったじゃないですか。「キャラ全部美少女がいいんでしょー」「幼女とか好きなんでしょー」とか。そういうのがネタのうちはいいんですけど、ネタは必ずベタになるわけで、賞味期限は短いですよね。

こっちは視聴者の期待を裏切る悪ふざけで、それについてくる、ついてこれるファンを選民化して楽しむスタイルで、それはそれで珍しくはないけど、私としてはそうじゃなくっちゃ面白くないと思うわけです。

その結果、かなり悪い意味で教養が求められる作品になっちゃってます。少なくとも「すみぺとみかこしをキャストとして発表したが、あれはウソだ」と言われて、「な、なんだってー」と返せないといけないという意味で、ものすごーくリテラシーが必要なわけです。

まあ、私もさすがにこの作品の全部を肯定して面白いと思っているわけでもないですが、そりゃまあそうなるに決まっている作り方なので、いいんじゃないでしょうか。さすがにこんな大暴れするだけあって、キングレコード1社提供なので、日頃の鬱憤を晴らすべく、誰にも遠慮することなく、やっちゃえるだけやっちゃえば良いと思います。「やっちゃえ、キングレコード」(YAZAWAの声で)

しかし、CM明けBパートの「再放送」のテロップには笑ったなー

[りゅうおうのおしごと! ]

ラノベ原作。原作は未読です。いや、読んだらそれなりに面白いとは思うんだけどさ。最年少竜王のもとに小学生女子が弟子入りにくるって、キャッチーに見えるのかもしんないけどさ。うまく言えないけど、なんかげんなり。

というわけで、アニメ1話を観てみたわけですが、良くも悪くも期待通り。よく出来ているし、プロットの運びも上手い。それだけに女子児童設定や、テンプレな幼なじみ展開がイラッとくるというか・・・言ってみれば、雛壇芸人のバラエティを観ているような感覚があるんですよね。2018年にもなってそれじゃないだろうと。それはよく出来たフォーマットで、それが面白い時代もあったし、今、昔の番組を観ても楽しめるんだけど、それを今から作るの?みたいな。

ただし、過去を知らない若い子がアニメに入るには良い番組・・・なのか。それで許されるのか。いや、ちょっと厳しいかもしれないけど、「安心して楽しめる」枠からも出てるような気がする・・・。それは、ヒロイン小学生設定が「安心して楽しめる」枠から出るための設定だったからで、それが機能を失っている状態で存在している作品を「安心して楽しめる」枠にいれていいのかという疑問なのかも。

と、思いのほか、難しいことを考えてしまった。そんなこと考えない方がいいアニメです(笑)

[ラーメン大好き小泉さん]

死ぬほどある「まんがライフなんちゃら」で連載されているらしい漫画が原作。原作は未読です。

いや、さすがに女の子ご飯ものは食傷気味でございます。ラーメンはマニアックな分野でありながら裾野が広く、啓蒙アニメも広く受け入れられそうではあります。が、なんか欲しい。何か、もうひと味。というか、ひと味入れてるんだけど、それでヒロインが嫌な奴にしかなってないのが辛い。

それはそれとして、すげぇ天一に行きたくなりました。近くだと、どこにあるんだろう?

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コンピュータが人間の直感力を手に入れたから、今のAIはすごい

AlphaGoが囲碁の世界チャンピオンを破って、新世代のAIが世の中を揺るがしてから早2年が過ぎ、一般のレベルまで「今、AIってすごいらしい」ということが浸透しました。

しかし、なんで突然そんな進歩が生まれたのか、何が変わったのかということについて、一般のレベルでの理解は進んでないように思います。ヘタしたら、ウチの業界にいても鈍い奴は何もわかっていないです。そこで、すごーくかみ砕いて何が起きているのかをざっくり説明してみたいと思います。

まず、これまでのコンピュータというのは、「ルールエンジン」として使われてきました。AならばB、CならばDというロジック、あるいはルールを入力すれば、その通りに判断してくれる。人間ではとても覚えられないし、チェックも仕切れないような大量のルールを瞬時に判定してくれるのがコンピュータの利点でした。この能力で私たちの生活は圧倒的に便利になりました。そして、ちょっと前までのAIもまた、基本的にはルールの塊として動いています。基本的に「○○という条件なら、××する」という指示を人間からもらって、何かを判断しているのです。

「コンピューターのように冷淡な判断」とか「機械的に処理できる」などの表現をするときには、背景にコンピュータとはこのような「ルールエンジン」として振る舞うものであるという仮定がありました。

ところが、ルールを渡さなくても判断できるプログラムが登場しました。めちゃめちゃたくさんの猫の画像を渡すと、画像を見て猫かどうかが判断できるようになったのです。これまでなら「猫とは、耳が2つあって、目が2つあって・・・あれ?犬とどう違うんだ?」と「猫の見分け方」を人間が考えて教える必要がありました。ところが、それが不要になったのです。

つまり、これは人間の直感力をコンピュータが備えたことを意味しています。「どうしてかは説明できないけど、経験から言ってこれは猫だと思う」と、コンピュータが判断するということなのです。碁打ちのAIが世界チャンピオンに勝ったとニュースになりましたが、なんで突然、碁が強いAIが出来るようになったかというと、「経験から判断するに、盤面を見る限り、これは先手が勝ちそう」ということをコンピュータが見分けられるようになったからなのです。碁や将棋が得意な人が「先手の味が良い」とか「後手が押してる」などの曖昧な表現で下していた形勢判断を、コンピュータも出来るようになりました。

しかも、コンピュータの「経験」はやろうと思えば24時間いくらでもできるので、人間を遙かに凌ぐレベルになりえます。そして、現実に、凌ぎました。AIが碁で人間に勝つということは、コンピュータの直感力は人間より高いという意味です。ただし、経験に基づく判断は100%正確ではありません。人間と同じです。そりゃそうです。どう考えたって猫にしか見えない犬ってのも存在すると思うので(笑)、間違えることはあります。

そして、「猫だと思った理由」を説明できない以上、間違った理由も説明できませんし、頑張って猫の見分け方を教えたつもりだったのに、どういうわけか「他の犬は大丈夫なのに、チワワだけをことごとく猫だと判定するAI」が爆誕してしまった場合、別のデータで教育し直すしかありません。どういうデータで教育すればちゃんと実用的なAIが生まれるか、どのぐらいの量で十分かというのは人間側にある技術なので、ちゃんとしたAIを作ることはプロが行うべき難しい仕事です。

さて、この直感力を生み出す仕組みについては難しいので割愛しますが、なぜここ数年、突然この技術が世に出てきたのかについては単純で、1つはこれが可能なレベルまでコンピュータの処理能力が上がったこと、もう1つはインターネットを通じて膨大なデータを入手することが可能になったことです。

GoogleがなぜAlphaGoを作ることが出来たかと言えば、ひとつにはGoogleは他の誰も持っていないようなたくさんのコンピューターを同時に動かして、すごくたくさんの計算をすることができるからです。それは、インターネット上からあらゆる情報をくまなく探し出して検索できるようにするために必要だったから作ったんですが、その「巨大計算工場」を使って強いAIを作ったのです。ただし、コンピュータはどんどん性能向上しているので、そのうち誰でもできるようになるかもしれません。

もうひとつ、教育に使うデータですが、これはすぐ想像出来ると思います。例えば、インターネットがない時代に、何百万枚という猫の画像を手に入れることは岩合光昭さんでも不可能なことだからです。そして、猫の画像を集めるには当然、ググるでしょうから、Googleがこの分野に強いのはむべなるかな。

さて、この「コンピュータの直感力」ですが、めちゃめちゃ応用範囲が広いです。画像認識だけでも相当にたくさんの応用が出来そうですが、例えば英文と対訳の日本語の文が大量にあれば、英語の文法も日本語の文法も知らなくても翻訳プログラムが作れます。びっくりですよね。でも、まあ、これは人間でもできることですから、たぶんできます。

また別の例ですが、キーボードをタイピングしている時の音と、それが男女どちらの人の録音かというデータが大量にあれば、キーボードをタイピングするだけで男女を見分けることが出来るかもしれません。え、ホント?

これ、できるかもしれませんし、できないかもしれません。実際にキーボードのタイプ音と性別の間に相関関係があるかどうか、調べてみないとわかりません。世の中にはこのような「あるかどうかもわからない相関関係」がたくさんあって、とんでもないことが出来る可能性があります。しかし、とんでもない間違った相関関係を発見してしまうこともあって、使い方には注意が必要です。

なんせ直感ですから。理屈ないですから。理屈で考えたらおかしいだろうってことを経験次第で疑いもなく判断してくるのが直感です。周りに理屈で考えたらおかしいのに、「オレの経験」からむちゃくちゃなことを言ってくるオッサン、いますよね?自分が育てたAIがそうならないようにしないといけません。直感だけではダメなのです。

というわけで、なかなかに作り方は難しく、大量のデータと速い計算機が必要なのでお金と電気がたくさん必要なために広く普及するには時間がかかるかもしれませんが、いったい全体、何ができるようになるのか、世の中がそれによってどう変わるのか、想像するのも大変だというような技術が生まれてしまったのです。そして、今まさに世界中の人が「それはやべぇ」ということで色めき立っているわけです。

おわかりいただけましたでしょうか。

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eRemote

相変わらずAmazon Echoでリビングの照明を付けるのに四苦八苦しています(笑)

で、リビングの照明を全部Hueに変えて(高かった)、他に何をさせようかと思っても、ナニモできず。とりあえず、Fire TVの対応待ちなんですよねぇ・・・。Googleさん方面はChromecastに繋がるらしいですよー(チラッ)。まあ、いいですけど。

で、飽きてきたので、今度はeRemoteというものを買ってみました。これはスマホで制御する学習型リモコン。この学習型リモコンというものも私は昔から好きです。

で、今回のポイントはこれをAmazon Echoから制御するってこと。ところが、今は制限があって、Echoで制御でからいうのは、照明のみ、らしい。

もっとも、学習型リモコンですからどんな機器のリモコンだって覚えられます。要は、「ON/OFF/UP/DOWNの4つのコマンドセットのみのテンプレート」だけを制御できるってことです。なので、電源のON/OFF程度の制御でよければ何でもかんでも「照明」として定義してしまえばいいということ。

で、テレビをつける・消す、エアコンをつける・消すはできるようになりました。夜寝るときに照明も含めて一気に消せるので便利・・・さて、あとこの部屋にリモコンで制御できる機器は何かな。AV機器のリモコンは複雑すぎて声で操作するには向かないし。うーん・・・

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Milueのお誕生日ディナーは、「あてなよる」コピー

最近はNHKの番組しか観ていません。NHKは面白いですなあ。スピード感が全然違うんですよね。民放は大したことない番組にわんさか出演者が出て、話がもっちゃりもっちゃりしか進まないので退屈しますが、NHKはプルンと密度の高い番組を作ってくれます。いやあ、民放の番組がスピード感でNHKに歯が立たない状況がやってくるとは、時代は変わったものです。

そんなNHKの番組の中で、面白く観ているもののひとつが「あてなよる」。「きょうの料理」でもおなじみの大原千鶴さんがテーマを決めて酒の肴、いわゆる「酒のあて」をつくり、そこにソムリエの若林英司さんがワインだけではない、様々なお酒を添える。そんな番組です。毎回、美味しそうなんだ、これが。

それはともかく、1月14日は相方であるMilueの誕生日。お祝いは何が言い、どこかレストランでも予約しましょうか・・・と言ったところ、正月なんやかんやで食べ過ぎたし、別にいいよと。なんかあなたが美味しいもの作っておくれよ・・・とこうきました。

とは言っても、やってみたい料理のネタってのももうあんまり無いんですよね。大概のものは作れるようになりましたし・・・と、そこでMilueが「あてなよるのつぶつぶの会で、あられを衣にした海老フライがあったじゃない?あれが食べたい」と。なるほど。

それ、おもしろいね。むしろ、「あてなよる」の1回分、まるっとやってみましょうか。

というわけで、レシピのページの「第十二夜  つぶつぶで呑(の)む」 を観ていただきたい。これをやりますよ。

とはいいましても、なかなかその通りにはいきませんが・・・

一品目は、「焼き豆腐たらこバターのせ」

レシピだとエンドウ豆を焼いてのせることになってますが、好みで塩ゆでした空豆に変更。豆のサイズアップに伴って、豆腐も大分大きく切りました(笑)。たらこバターは、もう何に付けて食べても美味しいと思います。

お酒は

一代弥山スパークリング。まあ、泡は合わせやすくて良いですな。

二品目は、「海老のあられ揚げ」

海老と、こんにゃくの炊いたものにお茶漬け海苔に入っているようなあられを衣としてつけて揚げたものです。案外しっかりついてます。口に入れると感触が面白い。

お酒は川越が誇るCOEDOビール。IPAスタイルの伽羅です。酸味はほとんど感じず、ぐっとくる苦みが旨い。

三品目は、

塩すき焼き。レシピでは山菜でということでしたが、時期的にも地域的にも手に入る見込みはないので、ブロッコリーとアスパラでやりました。その2つと牛肉とトマトの組み合わせは鉄板なわけで、まずいはずがないです。

お酒は、鳳凰美田のWINE CELLというワイン酵母で作ったお酒。弥山とはうってかわって華やかな甘み。美味しいです。

四品目は「あていちご」

水切りしたヨーグルトに柚子胡椒をいれたディップでいちごをいただきます。レシピ通りだとちょっと物足りなかったので、クリームチーズとオリーブオイルを少し足してます。お酒は、ほぼ日の生姜シロップと芋焼酎を合わせたものの水割り。炭酸水買ってくるのを忘れました(笑)。

最後は失敗。「餅チーズ」

レシピでは串に刺して炙れって書いてあったんですが、串がなかったので、アルミホイルの上に油を引いて、チーズを包んだ餅をのせてトースターで加熱したところ、見事に破裂しました(笑)

あわせるお酒は、アルザスのゲヴュルツトラミネール。実は、前日の残りです(笑)。

いや、なかなか面白かった。面白かったけど、材料と開封された酒が大量に余りました。これはちと贅沢な遊び過ぎますな。へたしたら、ちょっとしたレストランに行くよりも高くついてるかもしれん・・・

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Gorogoa

お正月休みに遊んだゲームの話なぞ。

姪どものリクエストもあって、お正月に実家にNintendo Switchを持って帰りました。ガキンチョどもには「1-2-Switch」で遊ばせて(楽しそうでした。大人がやると微妙だけど、ガキンチョにやらせるにはいいゲームだ)、夜には観たいテレビもなかったので大人だけで「Gorogoa」というパズルゲームを買って遊びました。

Switchには良作のインディーゲームが移植されていて楽しいですね。STEAMならもっと安くでたくさんのゲームがあるのでしょうが、Switchの移植版は丁寧なローカライズがされていてよいです。もしかしたら、任天堂がある程度のクオリティじゃないとライセンスしないのかもしれないですが、いいゲームがチョイスされてショップに並んでいる印象です。安心感があるね。

そんなわけで特に前提知識もなく、Switchのeショップの「アーティスティックなグラフィックが特徴のパズルゲーム」という説明だけを読んではじめました。

Gorogoa とにかく、何の説明もチュートリアルもありません。画面には4枚の正方形のパネルがあり、その4枚に絵がはまっていたり、はまっていなかったりします。その絵はクリックして拡大できるところがあったり、ドラッグすると別な位置に持って行けたりレイヤが外れて2枚になったりします。出来ることはそれだけなんですがその説明すらなく、絵の上にポインタを持って行ったらカーソルが変化することから推測して操作していきます。

なので、とっつきにくく辛口ですが、とにかく対象も限られているので絵を突っついたりひっぱったりいろいろ試していれば、いつかは偶然にでもたどり着く感じです。そのあたりは「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」の祠に通じるかも。こういう感じ、嫌いじゃないです。

この絵に込められた奥が深そうな、でも判然としないバックストーリー、荘厳なサウンドエフェクト、そしてなんと言っても美しいイラストが魅力的な上に、ルールが徐々につかめてくるパズル要素もすごくよく出来ていて、楽しいです。家族4人で「あそこはクリックできないの?」「こっちのここと、あっちのここの模様が似てるのは何かあるんじゃないの?」とわいわいいいながら楽しめて、2,3時間で一気にエンディングまで持って行きました。楽しかった。こういう観ているだけの人が「これ、あれなんじゃない?」と口を出したくなるゲームはいいゲームの証拠です。

1500円という値付けも絶妙だと思います。映画一本分の楽しさは十分あるしね。特に「ゲームは嫌いじゃないんだけど、時間が無くてさ・・・」っていう人にこそおすすめしたい。誰でも悩まされるし、誰でも必ずエンディングまでいける。素晴らしいゲームです。Switchを持っていれば是非やって欲しいし、iOS版もあってそっちはちょっと安いです。絶対大画面の方が面白いと思うけど、タッチインターフェースに向いているゲームでもあるので、何で遊ぶかは悩ましいですが、ともかく、ぜひぜひ。

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オリエント急行殺人事件

アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」といえば、ミステリー界に燦然と輝く古典であり、名作中の名作であり、読んでない奴は本読みの風上にもおけないのであり、今更、この作品が映画化される意味が、まったくわからない。

ちなみに、私は未読です。いや、ごめんて。

冗談はこれぐらいにして、とはいえ、あまりにも有名な作品だからトリックは聞いたことあるし、なんかわざわざ観に行こうという気はしないじゃないですか。でも、スターウォーズを観に行ったときの予告をみた感触がすごくよかったんですよね。Milueも観たいって言ってるし。というわけで、新年1本目の映画はこれに決めました。

で、感想ですが、前言撤回です。2017年に作る意味あります。

なんせ古典的名作をありったけの映像で後世に残したいという欲求は理解できるじゃないですか。やって下さい。で、蒸気機関車が荒野を走る映像だったり、豪華な客室だったり、凝ったカメラワークだったり、20年前だったらこれを取るのはすごく大変だろうなという映像なんですよ。すっごいゴージャスな感じ。ただ、これからも映像技術は発展するとは思うんですけど、「オリエント急行殺人事件」を映像化するにあたって本質的に変わるようなことはない気がするんですよね。やりたいことは全部できるようになったよ。なら、今じゃない?

と言う意味で、ある種の完成形じゃないかと思いました。そのぐらい映像はよかった。お話は、まあ、変えようもないんだし、原作読んでない立場からしたら演出にも特に違和感ないし。まあ、ポアロさんが論理展開は全然わからないまま、いろんなことをポンポン当てていくのはおかしいんですけど、気にならないっちゃならないです。一種のクローズド・サーキットもので、キャラが魅力的じゃないと全部台無しになりますが、そこはそれ、役者はみんな芸達者揃いでとても素晴らしいしね。

ただ、ストーリーが進行しているときはいいんですけど、列車が走り出すまでのシーケンスはぐっだぐだでした。誰も物語をドライブさせないんですよ。開始直後にポアロがちょっとした事件を解決する下りも、大仰な「解決編」をやっているわりにたいしたこと言ってないし。あんなの公衆の面前でやる意味ないし。ネクタイの曲がりを指摘したり、調色のゆで卵の大きさがそろっていないことを気にしたりというシーンも、「ごらんのとおり、ポアロは○○な人です」の○○に何をいれたらいいのかわからない。完璧主義者?偏屈ってこと?優れた人だって言ってるの?おかしいやつだって言ってるの・・・?他の登場人物も一通り顔見せはあるんですけど、全然伝わらない。

挙げ句の果てには、なんでポアロが列車に乗るのか、それがわからない。ポアロに列車に乗ってどこかに来いという手紙が来て、移動することになったということはわかるんだけど、ポアロが乗りたいと思っているのか、できれば乗りたくないと思っているのか、そこがはっきりしない。なので、物語を誰もドライブさせないままずるずると進行してしまうんです。

そういう意味では、ちょっと映画としては危うい感じがします。事件が起きて、ポアロが説得されて捜査に乗り出したあとは、事件自体がドライブしてくれるんでいいんですが、そこまでがこうぐだぐだなのは、ライムスター宇多丸さんがタマフルで指摘してたとおり、演出力がちょっと足りねぇのかな・・・的な?。でも、いいか。絵はキレイだったし。という、そんな感じです。

だから、これは東川篤哉さんとかの楽しいミステリーで読書に興味が出てきたぐらいの中学生とかに観て欲しいかな。そんな感じです。観て損した感じとかは全然無いので、安心して観に行けると思いますよ。

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附高吉本教官特別授業が開催されたのである

私の母校、大阪教育大学附属高校平野校舎の理科室が改築(なの?よくわかってない^^;)されることになり、とっくに退官された恩師の吉本和夫教官が同窓会の場で「片付けて」と言われたと。まだ私物置きっぱなしなのですか?(笑)

で、後輩の21期生が手伝いに行ったそうなんだけど、その時に「せっかくだから無くなる前にこの教室で授業をしてもらえませんか」と頼み、「そらおもろいがな」と先生も受諾。我々が現役の頃に若手の理科教官だった方(バスケ部の顧問をしていただいてた、あの方です。いや、別に名前を伏せることもないのかもしれないが)が現在の副校長ということもあり学校からも許可をいただけて(ありがたいことです)、開催の運びとなりました。お正月に(笑)。

吉本先生から、「生物部のOBにも声をかけてやってくれるか」と言っていただいたため、私にも連絡が来ました。遠方に住んでいることもあって、生物部のOB会にも全然参加できてないんですが、正月なら帰省も兼ねて出られます。それに、同窓会はまたあるかも知れないけども、私が吉本先生の授業を聞く機会は間違いなくこれが最後でしょう。万難を排して参加しましょう。実は正月に実家帰るの珍しいのよ、あたし。なんせもう小学4年生になった姪にお年玉渡したの、今年が初めてだったからね(笑)。

吉本先生は、附高を退任後に阪大院の理学研究科と協力して、高校・大学の連携実習などをやっておられるそうです。吉本和夫でググると、Z-sceという団体のサイトが引っかかるので、興味がある方はご覧下さい。そういえば、以前、吉本先生とばったりあって聞いたことはあったなあ・・・えーっと、うわ、10年前のことか。ブログに書いておくって大事だなあ。

そんなわけで、2018年1月3日、天王寺でまろくんとかずやくんと待ち合わせて、平野へ向かいました。教育実習以来かなあ。20年ぶりだ。懐かしい生物室や準備室を見たりして、いよいよ授業開始。集まった(元)生徒は50名以上。教室は満員です。14時に始まって、17時まで。吉本先生、しゃべくりまくりです。

実は授業に先立ち、アンケートを取られています。テーマは「生きる力について」。んー、なんだろう。えーっと、スターウォーズの新シリーズの完結を楽しみにしてまして、再来年の年末までは生きていようと思っていますけども、そういうこと・・・ではないですよね?

アンケートの段階ではよくわからなかったんですけど、授業のテーマは「生きる力」について。最近の生徒さんは、生きる力がないんですと。いやいや、生きる力って何ですか。実は、学習指導要領に定義があるんだそうです。文科省のサイトを見ると、指導要領の理念がまさに生きる力の育成だそうですけど、上手くいってるようには思えないと。で、文科省のいう生きる力はいくつかあるんですけど(サイト見て下さい)、ここで問題にするのは「思考力」。問題発見能力であったり、問題解決能力であったり、そういうもののことです。

なんかね、思考が楽しめないんですと。考えることは辛いことなんですと。全身の8割が理屈っぽさで出来ている(残りは脂肪)あたしには「思考することが辛い」って言われても、さっぱり理解できません。でも、確かに仕事でそういう傾向について感じることはあるんですよね。

よく、新人さん(だけと言い切れないところが辛いところですが)から、「丹原さん、○○って△△じゃないんですか?」という質問のされ方をします。そもそもなんで"isn't it?"の形で聞いてくるんだよってのもあるんですけど、そういうことを聞かれた場合、基本的には私は「どうして?」と聞き返します。すると、「違うのか・・・」という顔をして帰っていってしまうんですね。そういう態度を取ったら、そこから丹原さんの説教タイムが始まるわけですが(周囲からは「またやってるわ・・・」という顔をされてるんですけど)、こういうのは訓練の問題なのでやらざるを得ない。

そもそも、仕事の場合は正解がない質問であることも多いわけで、「丹原さん、○○を△△にしたいのですが、どうお考えですか?」と聞いてこいという話です。その場合も私の返事は同じで「どうして?」と聞き返し、当然「かくかくしかじかで、△△が適切だと考えるからです」「うん。妥当な考え方だと思う。同意する。それで進めてみてくれ。何かおかしなことになったら教えてね」と仕事は進むんですが、こういう当たり前のやりとりで思考のプロセスをちゃんと話せない奴がかなり多いんです。

基本的に、私たちより新人の方が総じて優秀であるはず(そうでないならば、私たちが入ったことにより会社は没落したということになるわ)で、能力は感じるんですが、単に言葉遣いの問題というレベルではなく、ものを考える習慣がないんじゃないかと感じるんです。ウチらの仕事はよりにもよってコンピュータを使う仕事ですから、バルカン人並みに耳が尖るぐらい論理的でないと困るんですが、「論理的でないと困る」ということ自体を理解できてない感じすらあります。

私の属するプロジェクトは微積分や行列演算ができないと困るという職場ではないですが、三平方の定理の証明をきちんとした日本語で書ける程度の数学力は必要です。だって、プログラムを書くって、ロジックを書き下すことだから。プログラミング言語の文法を覚えれば誰でもプログラムを書けると思ったら大間違いで、日本語で書けない奴はプログラミング言語を使っても書けないか、ロクでもないものを書いて足を引っ張るかのどちらかです。

じゃあ、私はなんでそれが出来るのかといえば・・・附中、附高時代の授業やその他の活動できちんと教えられたということもあるだろうし、もちろん、大学院時代は研究室で「論理的じゃないとフルボッコ」という環境で仕事をしていたわけで、その間に培われたものだと思うんですけど、正直、自分が受けた以外の教育って体験していないわけで、何故かはよくわかんないんですよね。なので、出来ない理由もよくわからない。

もちろん、そういった科学的な思考って誰にでもできるというわけではなく、むしろアメリカ西海岸ではITエンジニアの給料は高騰しまくっているし、広くSTEM教育(Science, Technology, Engineering and Mathematics)の重要性が認識されてることは、裏返せばちゃんとした思考力を武器に活動できる人材は日本もアメリカも限られていることを示しているんです。

じゃあその思考力、思考することを楽しいと思う習慣をどうやって付けていくかということを念頭に置いて行われているのが、Z-Sceが行っている「科学的キャリア教育」だと。実際、何をしているのかというと、高校生に3日間、のべ24時間以上かけて遺伝子組み換え実験をやらせるんですって。あー、大腸菌の形質転換実験ね。制限酵素のBamH1ね。懐かしー。やった、やった。電気泳動、L培地。懐かしいなあ。

まあ、よく考えたらそんなもんを物理系の私が懐かしいと思うのはなんでだっつー話なんですが、もちろん吉本先生の薫陶の賜です。要するに、25年前に附高でカリキュラム吹っ飛ばして高校生に分子生物学を教え、進路指導という名の下に課題への取り組み方、教え学びあう姿勢、向上と適正について生徒に取り組ませていた吉本先生は、退官後もやっていることは本質的には変わっていなかったということでした。大学受験の進路指導がね、いまや人生の進路指導になっております(笑)。

「とにかくね、実習をジャイアントインパクトと呼んでますけどね。衝撃をうけるわけですよ、高校生が。実験、めちゃむずかしいからね。考えてもわからない。周りは徐々に理解していくなかで自分がわからないと焦ります。夜寝られないっていう子もいますよ。わかったら泣く子もいるからね。で、阪大生のチューターと問答しながら考えて、わかったーとなったらすごい達成感よ。『生きてきてよかったです』いいよるよ。ホンマか、大丈夫かこれまでの人生、とんでもはっぷんやなってなモンけど、それぐらい衝撃なんですよ。で、そうやって変わっていく高校生を見て、大学生も目の色が変わります。理学部の学生っていっても最近は目が死んでますからね。でも、自分が人を感動させたってなったら、目が輝きます。たまらんよ、そら。その大学生をみて、高校生は『こんな先輩になりたい!』って勉強するんですわ」

懐かしいでしょ、この口調(笑)。

しかし、新人の数学的素養のなさに嘆いている我が身を振り返ってちょっと恥ずかしい感じはしました。吉本先生なら3日で変えられるって仰ってるわけですよ、要するに。それを「アカンな、最近の若者は」と言っているだけの自分が恥ずかしい。いや、もちろん吉本先生はプロ中のプロ。教育大附属の教官といえば教科教育法の研究者、つまり教師の教師みたいなものですから、比べるのもおこがましい感もあるんですが、それにしたって、じゃあ、お前の専門のIT技術やプログラミングスキルをテーマに同じことはできないのかといわれれば、生物で出来てプログラミングで出来ない理由はないし、17歳相手にできて23歳相手にできない理由もない。うーん、冷や汗がにじみます。

うーん、取り組み方を変えてみようかな。元旦に書いたアーティクルではしたり顔でプロジェクトメンバーのスキルについて「悩んでます」みたいなこと書きましたけど、「お前がどーにかせーよ」っていう話ですよ。しかし、どうしようかな。本気で数学の授業でもしようかな(笑)。

あ、ちなみに吉本先生が医学部の先生に、入試で数学の配点が多すぎる、もっと生物の力を見た方が良いのではないかという話をしたときに、「数学は入試の王様だ」という話をされたんだそうです。つまり、論理的思考の訓練ができているか。吉本先生流に言えば「論理的思考のシナプスができているかどうか」を測定するには数学の力をみるのが一番手っ取り早いと。逆に数学以外でどうやってその力を測定したら良いのか教えてくれと言われたんだそうです。なるほどなー、数学大事だよなー。数学で学んだことをそのまま活かすってことじゃなくて、ちゃんと勉強したことがあるか、同じような論理思考を学んで咀嚼して理解できる力があるか、が大事です。

ちなみに、「Software Design」という古くからある業界誌の2017年12月号の特集タイトルは「ITエンジニアと数学」でした。IT技術者がどんどん足りなくなるって言われてるんですけど、じゃあ、誰でもいいかというとそうじゃなくて、確実に必要なのは科学的思考力のあるエンジニア、ぶっちゃければ数学が出来るエンジニアなわけで、とにかく吉本先生がやっているような「科学的キャリア教育、つまり「科学的思考力を付け、目的意識を持った学習を通じて、生きる力に変える」教育って、すごく求められている現状があるのは間違いない。どうなんだろうなあ、この先。日本の教育変わるんすかねぇ・・・STEM大事だと思うよ。

その他、吉本先生のお話は様々に渡りました。授業で取ったノートはアップしておきますが、当日聞いてない人はなんのこっちゃわからないでしょうから、参加した方向けです。新年早々、いろいろと考えさせられる授業でした。うーむ。ともあれ、ひととき高校生に戻ったようで楽しかったです。幹事の21期生の皆様に感謝です。

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あけまろしく

ちょうど一年前はむっちゃくちゃなプロジェクトにいて、完全に腐りきっていました。

若い頃は腐ったプロジェクトにいてもそれなりに学ぶべきことはあったし、それなりに自分でテーマを持ってやっていけたんですけど、さすがにもう年齢も40を越えると無理でした。何にもないです。かといって状況を変えることもできず、変えることも期待されておらず、そんなクソみたいなプロジェクトでがむしゃらできるほどバカにもなれず・・・後で上司には「プロジェクトに対するコミットメントが足りない」と叱責を受けましたが、悪いけど「バカになれ」という指示に従うほど初心でもないわけで。まあ、それ以上のことを言われるなら会社を去るしかないですわね。

で、幸いというかなんというか、GW明けから入った新しいプロジェクトはこじんまりしたプロジェクトで、周囲の理解もいただけたのでまた「全てのクラス、メソッドにテストを書いて、それがグリーンであることを維持しろ」という体制にトライしました。「TDDでやれ」と言いたいところなんですけど、それではまったく理解できないレベルの開発者なので、まずはテストを書かせて「これではテストを作るのが大変だ」という理解をさせてからテストファーストへ持って行く形にしないと意義が理解できないわけです。

とはいえ、今回はJavaのプロジェクト。C#に比べて記述力の低いJavaでそれをやるためにはかなり楽をさせてあげないと早々に音をあげてしまいます。というわけで、Spockフレームワークについて勉強したり、他にもGradle、JMockit、Jenkins、GitLab、Slackなど、今更のものも含めて数多くのツールの導入に取り組み、また、コミュニティでの活動を通じてRust言語を学んだり、2017年はいろいろと勉強をした年でした。英語のドキュメントもたくさん読んだしね。昔に比べて、日本語ドキュメントがないもの(あっても古かったり)を普通に使うようになりましたねぇ。

また、このようなTech Leadとしての活動が増えてくると、メンバーのスキル向上にも頭を悩ませることに。正直言って、ソフトウェア開発はもう労働集約的な仕事では無くなってきました。一昔前の開発環境や言語では、プログラムを書くことにある程度の労力がかかっていました。そのため、スキルよりも人数で人を集めてしまい、それ故に品質が上げられないけど、プログラムの複雑度もそれほどではなかったので人月の力でどうにかなる・・・というプロジェクトが多くありました。しかし、プログラムが複雑化、高度化したものの、コードの記述量自体はプログラミング言語の発展により少なくなり、さらに良い開発環境のサポートが得られるようになると、それを使いこなしたスキルの高い人間が少人数いる方が生産力が高いという時代がきました。というか、プログラミング言語が高度化したので、わかってない奴が書いたプログラムは足をひっぱるだけの存在になってしまいました。

そういう状況で、少しでもメンバーのスキルを底上げしていかないと仕事は終わらないという事態に。今までのプロジェクトではコードレビューでそこをどうにかしていこうとしてたんですが、ここに来て、「ペアプログラミング」の可能性を意識してきました。ペアプロって単純にコードの生産量を半分にするのでどう考えても無理だろうと思ってましたが、ペアプロしないとレビュアの前に質の悪いコードが大量に積み上がってボトルネックになるだけで、それでは本質的な生産量は半分も出ていないってことになってます。いやー、なってますよ。

そもそも、プロジェクトメンバーを下請けから集めた場合、TDDでいうところのテストを書いたことがあるメンバーは10人に1人いれば良い方。その教育プロセスでテストの書き方なんてそもそもカリキュラムにもないし、必要性も感じたことがないわけだから、どうしようもない。じゃあ、全部教えるしかないんだけど・・・教えられる人数にも限界があるわけで。いやーどうしたらいいんだろう。正直、勝手に上手くなってもらえないとやってられないんだけど、そうすれば勝手にスキル上げてもらえるんだろう。書いてて思うけど、そんなの多分無理よね。

というわけで、会社的にはAIだのブロックチェーンだの新しい技術云々言われるわけですけど、受託開発における競争力って話のわかる営業がいることでも、格好いいアーキテクチャを設計でいるアーキテクトがいることでも、金勘定の得意なPMがいることでもなく(いや、どれも居ればホントにありがたいんだけども)、本質的には高い生産性を誇る開発チームで、それが利益に直結するファクターなはずなんだから、そこの向上を自分なりのテーマとして2018年、研鑽していきたいなと思ってます。

まずは自分が3割打って、残りの7人の打率をどう上げるのか。地味だけど、それが今年のテーマかなあ。

プライベートの方は、特に何もないかな(笑)。ともかく、2017年は自分なりに技術に正面から取り組んだ年だったので、この方向性を維持して、いろいろ勉強したいかなと思っております。

というわけで、皆々様とも、本年もよろしくお願いいたします。

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