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親指はなぜ太いのか/島 泰三

タイトルは、なんとなく「さおだけ」風でまた中身の薄い新書の様に見えます。が、この本は久しぶりに知的興奮をがんがん刺激する快作です。

いや、「さおだけ屋~」は難しい話を身近な話い引きつけて紹介するという意味でとても良い本だと思いますけど、この本はもっともっと硬派です。

著者は在野ながらサル学の専門家。マダガスカルでのフィールドワークでは多くの実績をのこしているとのこと。ちゃんとアカデミックなフィールドの人であることは、文章から伝わってきます。それと同時に、なるほどアカデミックの世界だけに縛られない自由な人であることも文体から伝わってきます。例えば、以下のような文章はあまり大学の先生は書かないかもしれません。以下、引用するのは、知人の協力を得てチンパンジーのフィールドワークのためにアフリカへ行ったときの一節です。

マハレまでの旅路は、ナイロビからチャーターした双発のプロペラ飛行機が、前後上下左右、完全に真っ白のホワイトアウトのなかを高度計と無線機だけを頼りに、湖畔の待ちキゴマまで3時間も飛び、キゴマから西田さん差し回しの船で出発したとたんに、タンザニア海軍の魚雷艇から機関砲を突きつけられて停船命令を受け、揺れ回る丸木船では小用も足せず、10時間以上の水日出しの航海の末に湖水に飛び込んで悩みを解消しようとする人が出たり、その鼻先にウォーターコブラが現れたり、闇夜のなかを進む船が燃料不足で止まってしまうなど、取り立てて問題になるようなこともなかったので(これがアフリカ!)、湖畔に迎えてくれた西田さんの姿が実に懐かしかった。翌朝、私たちはチンパンジーの群れのなかにいた。

難しいサルの分類の話があったり、何の断りもなく歯式が示されたり、観察結果はちゃんと数字で語られたりと堅い感じではあるものの、門外漢にも読みやすく進められるのは、このようなユーモアの感覚が文章からにじみまくっているからです。まあ、嫌がらずに読んでみて。

というわけで、基本的にはおサルさんの話がずっと続くわけですが、冒頭からこの本の筋道はきっちりと示されています。そこが明快なので、いろいろな話が出てきても読者が不安な気持ちになることはありません。そこがこの本の素晴らしいところですが、まあ、何よりもそこで示されている内容がエキサイティングなのですよ。こういうことです。

  1. ある程度の大きさの動物が種として存続するためには、他の動物が利用しない(できない)主食を開発する必要がある。それがニッチである。ニッチとは空間的な「棲み分け」ではなく、「食べ分け」のことである。
  2. サルにおいて、主たる食べ物がなにかということが、口(歯)と手の形態を決める。これを「口と手連合仮説」と呼ぶ。
  3. 人類は、他のサルとまったく違う口と手を持つ。ならば、同時期のサルと違う主食を得たハズである。では、それは何だったのか。

面白いですね。本の前半は、1と2を実証するために紹介されるいろんなサルの話です。この部分ももちろん面白いですし、このリアルな研究に関する部分がなければ後半はまったくの絵空事に聞こえてしまうと思いますが、それでもラストは非常に面白い。私だってこれまで初期人類に関する本は何冊も読んだことがありますが、まさか、こうくるとは。

3の答えを書いちゃうとネタバレになって、この記事を見て読もうと思った人の興を殺ぐことになるかなと思いましたが、まあ、学術書の類ですからいいでしょう。書いちゃいます。

まず、一般に思われているけど、よく考えるとそれを主食と考えるのはムリがあるというものが上げられています。

森のサル、ゴリラ・チンパンジー・オラウータンなどは草食や、果実食です。しかし、人類はそもそも乾燥化によって新たに生まれたアフリカのサバンナに適用した種です。果実はふんだんにはないでしょうし、草を食べるには人間の盲腸は極端に退化してます。

今の人類の主食は、小麦・米・芋などの穀類です。しかし、今、我々が小麦を大量に収獲することができるのは、品種改良により実っても穂に種子がとどまる種類を作り出してからです。自制していた小麦を選択による品種改良し、農耕種を作り出したのと人類が産まれたのはまったくタイムスケールが違います。そもそも、小麦や米が主食なら、人間の手はもっと小さいものをつまむのに最適化されているでしょうし、デンプンをそのまま消化出来るハズです。

人類は早い段階で肉食を可能にしたのではないかという説もあります。最初は大型肉食獣の食べ残しから初めて、ついには自ら狩りをするようになったと。しかし、肉食がメインであれば、人間の前歯と犬歯が平坦に一直線に並ぶ歯は不自然です。肉を切り裂く犬歯が存在するべき。この短くなった犬歯は平坦になることによって、上あごと下あごが水平にすりあわされる動きを可能にしています。あごの関節の動きも、他の類人猿ではすりあわせる動きはできないそうです。つまり、人間は何かをすりつぶして食べていたと考えられます。

しかし、同じようにすりつぶして食べる草食動物の臼歯と人間の臼歯もだいぶことなります。非常にエナメル質の分厚い臼歯を持つ人間は、かなり堅い食べ物をすりつぶして食べていたはずです。

サバンナに豊富にあり、人間の大きな体を指させられるだけ高カロリーで、堅くすりつぶして食べる必要のあるもの。そして、人類以外がそれを主な食用とするのは難しいもの。

それは、骨です。ええーっ?

骨の髄は非常に高い栄養を持ち、また、食べ残し肉食仮説で検討済みのように、サバンナには大型動物の死体は豊富にありました。食べ残しの肉もボーナスとして食べていたかもしれませんが、肉は早く腐ってしまいますし、豊富にあるとは言えません。人類は、その特徴である他の指に対抗する太い親指でしっかりと石を握り混み、骨にたたきつけて割ることで大きく栄養のある骨を口に入れられるようにし、すりつぶして食べられる様になったのです。そのことが、二足歩行して空いた手で石と骨を握って持ち運べるようになった人類を生み出したと、著者はそう考えています。

・・・とはいえ、ホンマかいなとは思います。そんなに人類が骨食に適用しているのなら、今でもおいしく頂いている人達がいても不思議ではないですよね。著者は中で「食べてみた。うまい」と書いているんだけど、いやいやいや、そんなことはないでしょう(笑)

まあ、事の真偽はどうあれ、非常に面白い論の展開であることは間違いなく、わくわくして読むことが出来ますよ。

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