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FFXIを解約した

大変にイマサラですが、FFXIを解約しました。

ヴァナ・ディールの最期の日は、笑って迎えたいというエントリーを書いたのが、ちょうど5年前。あの頃はまさか、5年後に新しい追加ディスクが出るとは思いもしませんでした。その間にMMORPGのFFとしての続編ともいうべきFF XIVがでて、そしてこっちの方が先にサービスエンドしてしまうという大誤算です。

メリポパーティ時代に流行のプレイスタイルについていけなくなりはしたものの、アルタナ時代にはソロで出来ることも増えてノンビリと遊んでいました。レベル75キャップ開放とアビセアで完全についていけなくなりました。まあ、結婚したってのも大きいですけど。一人で遊んでると、Milueが邪魔しに来るんだもの。

それでも、もしFF XIにサービスエンドの日が来るのならその場にいたいという思いもあって、今まで課金は続けていました。やっぱりFF XIは大好きだし、もう遊ぶことはないけどもその思い出の保管庫に月数千円を支払うことは、ぜんぜん惜しくない気持ちです。

ただねー。アドゥリンが出ちゃったからねー。さすがにあと数年は続くよね。下手したらクライアント作り直して2020年とか突破しちゃうよね。それはどうなのよ!あとは、ドラクエ10をはじめちゃったってこともあります。ドラクエ10はもうすぐサービス開始から1年。こっちもしばらくは続けるつもりです。

でも、DQ10をやっていて思うのは、FF XIで問題になったことがすべてちゃんと考慮してあることに感心すると同時に、本当にFF XIは面白いゲームだったなということです。作っている人、遊んでいるプレイヤー、伝えるメディア、みんなが手探りで試行錯誤をして遊んでいました。私もフィールドを歩くだけで純粋に面白かった。今では許されないようなめんどくさいクエストやイベントがたくさんありました。焚き火を一晩見つめるなんてクエスト、DQ10でやったら非難轟々だと思いますが、そんなものかなと思ってやってました。

FFXIを遊んだことのないドラクエ10のプレイヤーに船は1日3本しかこなくて、乗ったら本当に15分かかるんだよというとびっくりします。DQ10の鉄道がそんなだったらマジで困りますが、あの頃はそれがいいと思ってました。船みる景色。釣り糸を垂れる人。アトルガンのサービス開始日にマウラから新大陸へ渡る人で満員の船に乗ったら、誰かが「奴隷船かよ」とSayして船内のみんなで爆笑したことを思い出します。

よく岡田斗司夫さんが「最高のSF小説は、その人が14歳のときに読んだSFだ」という言い方をします。そういう意味で、FFXIは私の永遠の初恋のMMORPGであるし、同時に多数の人にとって同じです。だから一生忘れることはないし、一生FFXIを超えるMMORPGに出会うこともないだろうと思います。いやあ、FFXIに出会ったのが、おっさんになってからで本当に良かった。14歳だったら人生辞めてたかもしれません。

今でもDQ10をやってるので「ネトゲやってますよ」というと、周りからいろんな反応をされます。「面白い?」って聞かれるんですけど、正直言ってFFXIの初期数年の面白さはもうないわけです。「いや、普通に面白いっすよ」って答えるし、事実、毎日のようにログインしてちまちまと遊んでます。でも、心の底では「残念だったね。10年前に聞いてくれたら心の底から『最高に面白いぜ』と言えたのに」と思っています。

FFXIの何がそんなに面白かったのか。なかなか簡単には説明できないんですが、一番簡単なのは、永田 泰大さんの「ファイナルファンタジーXI プレイ日記 ヴァナ・ディール滞在記」を読んでもらうのが確実です。永田さんはこの中で「まるで奇跡のような偶然」の詰まったプレイ、いや、冒険をするわけですが、同じようなことがプレイヤー全員分あったことは断言できます。興味を持ってくれた人にこの本を貸すと、残らず面白いといってくれました。それでFFXIを始められるかどうかはやはりその人の環境にもよるし、安易に勧めづらい遊びであることは確かなんですけど。

今でも、たとえばDQ10でMMORPG初挑戦の人がこんな体験を出来るのか。おそらく近い想いはできるんじゃないかと思いますが、でも、自信はありません。10年前、あの場所に溢れていた奇跡。決して、開発者だけでもプレイヤーだけでも生み出せなかったあの奇跡をたくさん抱えていたヴァナ・ディールに、今はただ、ただ感謝するだけです。永田さんの本の末尾を引用して、私もこのエントリーの末尾に添えます。そして、いつの日か、また、あの大地に降り立つ日はきっとあるでしょう。それまで、さようならです。

ありがとう、ヴァナ・ディール。ほかに言葉を思いつかない

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F1GP2013 #7 カナダGP

今年もモントリオールは面白いレースが展開されました。でも、眠い!

それにしても、公道コースで基本的にはストップ・アンド・ゴーのレイアウトなのに、どうしてモントリオールはこんなに迫力のあるレースが行われるのでしょう。昔から不思議です。

さて、今回はベッテルの優勝。安定した成績でチャンピオンシップのリードを大きく広げました。アロンソは相変わらずすばらしいレースで決勝ペースもレッドブルといい勝負をしてましたが、いかんせん、低音の雨の予選がつらかったようです。モナコで圧勝し、ここでも調子よかったらタイヤテスト問題がさらに炎上しそうなメルセデスは、やっぱり失速。むしろ、モントリオール大得意のハミルトンだからこその表彰台確保だったわけで立派です。

と、上位はそんな感じですが、なんといってもこのグランプリの殊勲賞はウィリアムズのボッタス。前評判はかなり良くて、シーズンここまで安定した走りも見せてましたが、チームメイトのマルドナドも一発の速さは定評があるドライバー。速さという面では目立ってませんでした。しかし、この雨の予選での3位は素晴らしい。

ウィリアムズは数年前のブラジルGPでヒュルケンベルグがPPを獲る活躍を見せたケースがありましたが、あれば変わり行くコンディションの中でどんぴしゃのタイミングのアタックを決めたというケース。しかし、今回のボッタスはQ2でも3番タイムを出すなど、雨量に寄らずに速さを見せてました。これはなかなか凄いです。雪道で鍛えている北欧ドライバーだからなのか、滑りやすい路面で良いパフォーマンスを出せるということは大事なことです。思えば、ベッテルだってトロロッソで雨のモンツァでポール・トゥ・ウィンを決めてスターダムにのし上がったわけです。今回のような活躍を、あと何度か見せられればストーブリーグの注目株になるやもしれません。

それにしても、ボッタス君、ルーキーなのに若々しさのない顔ではあります。スポンサー集め的にちょっと不利かも(笑)

さて、次戦は伝統のシルバーストーンサーキット。昔とコース図が上下ひっくり返っちゃって未だに慣れませんが、面白いレースは期待できます。しかし、ル・マンとかぶってるのはツラいな!

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茅場町 五島伊勢丸が素敵そうなお店だった

ちょいと前のことになるんですが、プロジェクトの送別会で飲んだ後に2次会でたまたま入ったお店がよさげだったのでメモっときます。五島伊勢丸というお店。食べログのリンクのせときま。

いい加減、遅い時間で腹もできた状態だったんで、「飲めればいいですー」という状態で入ったんですが、いや、出てくるもの出てくるもの旨いこと。五島牛の焼き物は絶品だし、イカの一夜干しは最高だし、皿うどんもおいしかったし。

いや、どれもこれも結構高いけどね!でも、ぜんぜん納得のうまさでした。

今度は予約入れて飲みにいこっと

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田中公平さんがTFM「アニソンの流儀」に出てた

アニソン界の重鎮、田中公平先生が「アニソンの流儀」という番組に出るというので、初めてこの番組を聴きました。

初めてなので普段はどういう番組なのかはわからないですが、2週にわたって(1回30分弱と短い番組ですからね)、ピアノを弾きながらの楽曲解説。すばらしい。

対象曲は

  • 「檄!帝国華撃団」(というかTVアニメ版の「ゲキテイ」)
  • 「創聖のアクエリオン」
  • 「ウィーアー」
  • 「キングゲイナー・オーバー」
  • 「未完成協奏曲」

の5曲。アニソン好きなら知らぬもののないラインナップです。基本的には公平先生の曲ですが、1曲だけ菅野よう子さんの曲を入れるのも憎いです。べた褒めでした。ぜーんぶ好きな曲!

もうちょっと長めに技術的なこともお話して欲しかった気持ちもありますが

  • ぱっと思いついたフレーズは知らず知らずにパクリになってる。第一感は信じちゃダメ。思いついたフレーズに工夫を入れてどこにもないフレーズにしてこそプロ
  • 歌詞をじっくり読めば、曲の構成が見えてくる。そこに楽曲が埋まっているように感じたら掘り出すのみ!
  • 転調したら戻ってきてこそプロ。いきっぱなしはダメ!
  • 「アクエリオン」以降の菅野作品は「下世話さ」が魅力!

など、良いお話もたくさん。

個人的には、「作詞家の先生がくれた歌詞を読み込めば、ちゃんと楽曲が埋まってるもの!・・・キングゲイナーには埋まってへんかったなー」で笑いました。これ、作詞:井荻燐、つまり、富野監督ですからね(笑)。すごい歌詞で大好きなんだけど。「ひとりだけではいやだ お前だけでも無理だ 愛と勇気は言葉 信じられれば力」ってフレーズはすっごいよな

その前に「普通、Aメロの『まっしろいー』から『おれをーよぶんだー』まで来たら、次はこれと同じようなフレーズがもう一回くるんだけど、次が『こもるだけではー』って全然変わっちゃう。『え?Aメロここで終わりなん?』って思うよねー。まあ、井荻さんは作詞家ちゃうから・・・というか監督やけど・・・」とか言ってました。にひひひ。そういえば、どこかでガオガイガーのときも米たに監督の歌詞が完成版以上に「ガ」だらけで・・・とかおっしゃってました。

さて、この5曲を並べてみて、はたと気づく。私、5本ともアニメ本編はみてないわ・・・

#サターンの「サクラ大戦」はやってますけどね

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ホンダF1第4期が掴み取るのは何か

ホンダが正式にF1復帰、いやF1参戦を発表しました。第3期は休止ではなく、撤退だったので、復帰ではなく参戦ということばを使っているそうです。

全世界に何億人といるF1ファンの一人として、あるいは、モータースポーツファンの日本人として、素直にうれしいことです。私は、もはやF1は真っ当な日本企業が参加するにはやくざ過ぎて意味もないと思っていますが、ホンダはある意味でフェラーリと同じ「レースをするために車を売って金を稼ぐ」ようなやくざなDNAの会社ですから問題ありません(笑)。

ただ、第2期の活動休止から第3期の撤退、そして日本全体がF1から撤退した2013年シーズンまでを見てきた私としては、第4期の活動がこんなに早く始まることに複雑な思いがあります。

それはつまり、第3期の「失敗」とはなんだったのかということです。

第3期のホンダF1の活動は非常に不明瞭なものでした。端的に言ってしまえば、原因はリーダーシップの欠如です。結局、第3期を通じてのホンダの顔が見えないままでした。後にフェラーリに行く後藤さんなど、第2期のホンダは顔が見えました。ホンダ本体が活動を休止している期間の無限の坂井リーダーや、トヨタの木下代表など、日本の組織でも顔が見えるチームが数多くあります。

しかし、第3期のホンダは、顔が見えません。結果、何がしたいのか最初から最後までわからないままでした。和田さんの時代に一瞬よくなりましたが、それを除けばロス・ブラウンが来るまで、ホンダはずっと迷走していました。その間、大きな口は叩くが実現能力のない調子のいい外人(F1の世界には、こういう輩がいっぱいいます)に、だまされ続けただけでした。

現場の人の能力や頑張りを疑うものではありません。ホンダは今でもすぐに世界と戦えるだけの能力を持っていると信じていますし、それはある意味でブラウンGPが証明しました。しかし、逆に言えば、開幕前テストを1日やっただけで「開幕戦はブラウンが勝つわ」とわかるだけの車を持っていたのにF1から撤退する判断をするなんて、もう何かが間違っているとしか思えません。

ホンダの技術は車体技術も含めて第3期で証明されたといっていいと思います。しかし一方では、オールホンダでの参戦から、一転してエンジンサプライヤーに変わってしまった活動再開時の混乱、主体性のないチーム運営となし崩しのオールホンダ体制への移行、スポンサー活動を放棄した意味不明なアースカラーのマシン、圧勝できる車を手放しての突然の撤退まで、ホンダのマネージメントは最低だということを8年かかって証明しつづけたのも第3期でした。そして、それはそのまま輝きを失って燻っていく日本の姿そのものだったとも言えるでしょう。

ホンダは確かに私たちの期待を裏切りました。本田宗一郎を失ってしばらくの間のホンダは「こんなときオヤジさんならどうするか」とつぶやくだけで乗り切ってこれたのでしょうが、21世紀のホンダは誰がものを決めているのかわからないサラリーマン組織で、司令官を欠いた実戦に適さないものでした。それはそのまま、毎年総理大臣を変えて状況に流されているだけの日本の姿であり、ホンダに対する苛立ちは、ただ自分たちへの苛立ちでした。

第4期は最初からマクラーレンとのジョイントとなります。マクラーレンの思惑ははっきりしています。エンジンメーカーがたったの3社(コスワースは入れなくていいよね^^;)だけになったF1でメルセデスのワークスエンジンを失ったマクラーレンにとって、新たにワークスエンジンの獲得するには他に選択肢がありません。多分に消極的な選択です。一方でホンダから見れば今のマクラーレンは知将マーティン・ウィットマーシュの元で健全な運営がされているまともなチームです。ホンダが組むには最適と言えます。

しかし、参戦が表明されても、指揮官の発表がありません。驚いたのは、参戦記者会見にマーティン・ウィットマーシュが来ていたことでしたが、あれではまるでホンダはウィットマーシュの指揮で動くみたいです。ホンダが全力でウィットマーシュの希望を叶える、それはそれでなんかうまくいきそうな気もしますが(笑)、第3期の忘れ物を取り返しにいくのであれば、それではダメです。本当の忘れ物はコース上の勝利ではなくて、「チームホンダ」としての活躍ストーリーだからです。

俺たちは新しいレギュレーションに対して、こういう思想で挑むんだ、こんな技術で勝つんだという構えが見たい。もちろん、最初から勝てなんていいません。むしろ、それでは面白くない。面白い技術を持ち込んで、バカにされて、磨き練り上げて、そして圧倒する。ホンダが見せるものはそうでなくてならない。

それを見せ付けたら、ホンダはF1をこう変えていきたいんだ、もっと素敵なF1はこうだ。ホンダが、鈴鹿が、日本が見たい、コミットしたいF1はこうなんだというものを発信して欲しい。バーニー・エクレストンだってあと10年生きるかどうかわかりません。エクレストン亡き後、ショーとしてのF1をどう運営していくかを決める場があれば、フェラーリの席の隣は当然、ホンダだろう。そう言われるだけの発言力とポジションを得ること。それが、世界一のエンジンを作り、世界一のシャシーを作りながら腐らせたホンダが次に成し遂げるべきことであり、ホンダがもっとも苦手な、まさにチャレンジといっていいだけの目標なのです。

すごい回生技術ですか?そんなの片手間でしょう?なんかもう秘密兵器もあるんでしょう?(笑)

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