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2011 冬アニメ

もう1月も終わってしまいましたが、今期のアニメについて書いておきましょ。今期は平均点高くて週8本も見てます。大変だよ!

まず、ダントツのイチオシは「魔法少女まどか★マギカ」。

原作もののイメージが強い新房+シャフトがオリジナルで魔法少女ものをやるとどうなるか。それも、「ひだまりスケッチ」のうめてんてーやニトロプラスの虚淵玄、「化物語」でも特異な演出が光った劇団イヌカレー、そしていつもの声優さんという感じでそれまでのコネクション総動員の力がこもった作品です。

新房監督+シャフトのコンビといえばハイテンションな演出ですが、決して作品世界を壊すような方向へはいきません。なので、「魔法少女もの」といえば、キチンと年端もいかない幼児が瞳を☆にしてわくわくみるような番組をちゃんとつくるんだろうと思ってました。なら、見なくてもいいよね。

なので、あんまり興味無かったんですが、おまかせ録画機能が録っていた第1話のアバンを見た瞬間、録画予約しましたね。何この不安感。不吉ぶり。マジな香りがぷんぷんする。やらかす気まんまんじゃないですか。魔法少女が戦う敵も物凄いしね。こんなのです。

カンペキに頭おかしい。で、やっぱり3話で先輩魔法少女が死にました。頭からがぶっと噛みちぎられて。こいつに。

グロいという批判もあるようですが、相手がこんなのなのでグロくはないです。が、残酷なシーンです。演出が凄すぎてぐっさりくる。PG12指定ですわ。何もこんなに可愛い絵でこんな酷い話をやらなくてもいいんじゃないかという批判も聞こえますし、宣伝や版権絵と違いすぎて詐欺みたいな話もありますが、同じ批判を放映当時のエヴァンゲリオンがされていたことを思えば、アニメファンはこの「事件」とも言える作品を見逃すべきではありません。「なんでアニメみて嫌な気持ちにならなあかんねん」という意見はわからんでもないですが、エヴァを凄いアニメだと思うなら見るべき。ニコニコチャンネルででまっとうな手段で見られるからとっとと追いついてねと。

さて、他の注目作といえば東浩紀のファンとして「フラクタル」・・・なんですが、やっぱSFは絵です。フラクタルシステムやドッペルの設定は面白いと思うんですが、その未来の世界観をばしっとビジュアルイメージで提供できてないのでどうも乗り切れません。2話まではただの美少女落ちもの系以外のなんでもない。主人公がフラクタルシステム全盛のところから一歩ひいている変わり者(家に定住しているのは、この世界ではそういうことらしい)でその点で我々に近いことからよくわからないんですが、3話でターミナルを摘出してフラクタルシステムから切り離されている人々が登場することでやっと世界観が見えてきた感じですね。これから面白くなっていくといいなあ。

この2本がオリジナルということで、やっぱりオリジナル作品をやって欲しい私としては注目してますし、応援もしてます。がんばれー

さて、原作ものとして面白いのは「GOSICK」。原作は未読なんですが、さすがの直木賞作家様ですからちゃんとしてますね。2クールでしっかりやってくれるそうなので期待。演出がちょっと不安定なことがありますけど、餅のようにむくれたヴィクトリカが可愛いのでOK。

その他、「夢喰いメリー」がなかなか凝った設定と可愛いキャラで好印象。「君に届け」の2期は続けてみてます・・・が、原作マンガもそうなんですが、もう1期の段階でほぼ重要なストーリーは終わってるんですよね。「放浪息子」は原作未読で付いていくの無理。すごく興味がある話かというと、そうでもないしなあ・・・。

この下、少し完成度が下がりますが、「IS」と「これはゾンビですか?」はハーレム設定アニメとして楽しく見られるレベルかな。「IS」の方はお話はしょっぱいんだけど、テンポで見せてしまうアニメとしての強さがあります。「ゾンビ」は原作は頭悪すぎて1巻で挫折したんだけど、アニメにするとその頭の悪さがかえってテンション高くて違和感なくなりました。アニメ向きだったんですね。逆に「ドラゴンクライシス」は、ネタ的には前2つよりよっぽど面白そうなのにアニメとしての完成度が低いですね。なんかぎくしゃくしてますわ。もう見ないかも。

他、見てないものは「レベルE」(1話みて面白かったんだけど、なぜか先が気にならない^^;;)、「フリージング」(女子高生バトルロワイヤル血みどろってのは、趣味に合わない)、「べるぜバブ」(対象年齢12歳未満でしょこれ。出来は悪くないとおもうけど)、「お兄ちゃんのことなんか(以下略)」(変態過ぎてキモイ)、「Rio RainbowGate!」(パチスロやらない)といったところですかね。

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生命と非生命のあいだ―NASAの地球外生命研究/ピーター D.ウォード

先日、NASAの宇宙生命科学者が重要な発見について報告するとわざわざ予告し、「すわ、宇宙人から連絡来たのか!」と変な期待を頭の悪い一般大衆に持たせたあげく、「アメリカの砂漠の水たまりに変な微生物が居た」と発表して、みんなをとってもがっかりさせたという出来事がありました。

で、その発表というのが「リンがなくて代わりにヒ素がある環境で生きている生物を発見した」というものでした。

・・・これ、大発見ですよ?

高校生レベルの生物学の知識しかない私でも、リンが地球上の生命にとって無くてはならない元素であることは判ります。もちろんCHONは別格としても、その次ぐらいに必須の元素です。だって、リンがないとリン酸が作れないわけですから、DNAやRNAの材料が作れません。ATPのPだってリンなんですから、エネルギーだって運べません。そもそも細胞を包んでいる脂質二重膜だってリンがないと作れません。

DNAを使わず、ATPを使わず、脂質二重膜に包まれていないとしたら・・・確かにそれはエイリアンですぜ?

まあ、リンがある状況下ではリンを使用するので、DNAもATPも脂質二重膜も普通にあるんだと思いますが・・・研究の続報が気になります。

この発表内容を発表者の過去の業績から予測したブログを書いていた方がいらっしゃいまして、その方が参考文献に上げていたのがこの「生命と非生命のあいだ」です。しかし、この邦題はないわー。このタイトルだと書店で見かけても素通りしてしまいそう。原題は"Life As We Do Not Know it"(知られざるが、生命)で、地球上の生命を分析して生命の定義をし、では、我々が地球外で生命を探すとしたら何を手がかりにどこを探すべきなのかと論考しています。これは面白い。大変にスリリングな科学啓蒙書です。

というわけで、すごく面白い内容でしたが、すぐに忘れてしまいそうなので読書メモを残しておきます。

あ、その前に。これは私が検索して見つけたこの本の感想を書いたサイトで、代わる代わる批判されていましたが、やっぱりこの本の邦題は酷い。アシモフの短編に同じタイトルがあるそうですし、ベストセラーになったあの本に似ているのもあさましい。そして、これも多くのサイトで批判されてましたが翻訳の質がイマイチ。まあ、そんなに売れる本でもないし、ここういう本は駄目な翻訳でも出ないよりは100倍マシだし、訳者の方がこんな難しい本の翻訳に見合う報酬を得てるとも思えませんが、それにしてもちょっとね。

例えば、頭を抱えたのは以下の部分。RNAが自然の状態で合成されるのは難しいという話である「RNA調理の問題点」という節の冒頭です。

驚いたことには、RNA生命体への主要な批判のうちの一つとして前章で紹介した、代替的な生命形態の一つの場合には、DNA生命全体のこの仮説上の共通祖先はおそらく存在し無かっただろうという。なぜなら通常の化学的な過程では、RNAを構築することは不可能だったはずだという理由による。

じぇんじぇん意味判りません。

さて、気をとりなおして。

まず、第1章「生命とは何か」。まずは生命の条件を探りますが、この章では結論は出しません。しかし、著者はまずここで通常の生物学では「生きていない」とされるウィルスとプリオンも生命に含むことを宣言します。これは、かなり大胆な立場ですが地球外生命体を想定しようとしている立場を考えれば納得いく話です。

第2章「地球の生命とは何か」では、1章で拡張した生命の定義の為に、この章では新たな分類と名称を提案します。まず、1章で拡張する以前の現在の生物学で保守的に扱う生命、つまり、「遺伝子をDNAにもち、3文字のヌクレオチドでコードされた20種類のアミノ酸から構成され、リン脂質膜で外界と区切られている」生命体の分類名を代表的な地球型生命という意味でテロア(Terroa)と呼びます。そこに属する生命はテロアンと呼びます。

さて、地球上にはテロアンしかいないかというと、第1章で述べたようにウィルスも考える必要がありますし、そもそも、生命誕生の瞬間を考えるとこんなに複雑なシステムがいきなりできたとは思えません。今では様々な証拠から、DNAよりもRNAの方が先に存在したのではないかと考えられています。そこで、テロアをカテゴリーとして持つ、上位の分類をいきなり定義します。

生物学では、分類が定義され、それが載っかった刊行物が出版されればそのカテゴリーが正式のものとなるそうで、「この本に書いたからこれ正式なカテゴリーね」とウォードさんは宣言します。えっ?そういうもの?

地球上の真正細菌、古細菌、真核生物という一番大きい生物の分類(これをドメインといいます。動物界とか植物界とかの界はその下の分類)の上位カテゴリーとして、ドミニオン(上ドメイン)を定義して、上の3つを併せてドミニオン・テロアというわけ。ほえー

さて、1章でテロアンではない生物が地球上にいるとした以上、生物学上の分類にのせなければいけません。まず、テロアンより以前から地球上にいたと考えられるRNAウィルスとなぜか今は居なくなってしまった(見つかってないだけかも)のRNA生命体を併せて、ドミニオン・リボザとします。うーん・・・、すごい話になってきました。

さて、第3章「われわれが知らない生命」ではいよいよ議論は地球上の生命を離れます。CHONの元素を入れ替えた生命は存在可能か。化学変化の媒質として水以外の液体を利用した生物は可能か(そして、それはどんな気候条件(温度・圧力など)で実現可能か)。アミノ酸コードが異なる生命は可能か。最初に出てきたP-As交換可能生命体は、このレベルの話です。

アンモニア生命、酸生命体、タンパク質生命体(遺伝物質にタンパク質を使う)、ケイ素(シラン)生命、炭素粘土生命(結晶成長が生きているとする考え方)、黄鉄鉱生命・・・胸が熱くなるな!

第4章「生命のレシピ」では、生命誕生にどのような条件が必要かを議論します。アミノ酸だけなら放電で出来るのですが、安定的にRNAが自然に合成させる環境を考えるのは非常に困難です。RNAはすぐに分解されてしまう分子なので。著者はRNA生命の誕生のシナリオを提案しています。

第5章「生命の人工的合成」では、生命を合成する可能性について論じています。ここではウィルスを含むので原始的なウィルス(RNAがタンパク質の殻にくるまれているだけ)のようなものなら技術的には遠い話ではありません。ただし、倫理的にやっていいかどうかは別問題(作ったウィルスが漏れて毒性を持ったりしたら!)ですし、この章は分量的にもちょろっとだけですね。

第6章「地球には、すでにエイリアンがいる?」も十数ページの短い章ですが、地球上にはRNA生命やその他のテロアに分類されない生物がいるのではないかという話です。ここで注目なのは微生物学者のジョシュア・レダーバーグが非DNA生命を探すために放射性のリン酸塩(取り込まれるとDNAが破壊される)環境やまったくリン酸塩がない環境で細菌を培養する実験を企てているという話が出ていることです。初っぱなの話題に繋がる話ですね。

第7章「パンスペルミア」は、生命は惑星を越えて伝搬するという意味。これはかなりビックリしました。まず、惑星間で物質のやりとりがそれなりにあるということを知りませんでした。吹き上げられた岩石がまき散らされ、まれではあるが他の惑星に降り注ぐことがある。知ってました?では、これに乗って生命が移動することはあるか。・・・やあ、なんとなく余裕のような気がします(笑)。

そして、話題はここから地球生命の起源は火星ではないかという話になります。4章でRNAが合成される可能性のある環境を考えましたが、実は太古の地球でそのような場所(陸地じゃないとダメなんです)があったとは考えにくい。しかし、火星にはあっただろうと。マジカ!

第8章「水星と金星」。この章から、太陽系の地球以外の場所に生命の可能性を探っていきます・・・が、まあ、大抵は「無理じゃないかな」という話になるんですが(笑)。水星は重力が小さすぎて液体の物質がないために無理。金星も難しいようですが、強酸の雲の中に微生物が生存する余地はなくはないようです。

第9章「月の化石」では、月に注目します。しかし、月に生命がいないのはよく知られたことです。では、なぜ月に着目するか。月には火山活動や気象現象がないために地球では残らない太古の記録が残ります。パンスペルミアのベースになる惑星間の物質移動を考えると、火星や地球の太古の情報が月に残っている可能性があるわけです。

第10章はいよいよ「火星」。火星にはスピリットとオポチュニティというローバーが着陸し、水の痕跡の発見など様々な情報を送ってくれています。まあ、その結果、現在の火星に生命は居ないだろうというのも判ってきていますが。ただし、大昔に生命が存在した可能性は大いにありますし、今もメタン生命体がいても不思議ではない兆候はあるんだそうです。

第11章は「エウロパ」。ここからは太陽の光もわずかにしか届かない極寒の世界になります。エウロパには海があることが判っています。しかし、エウロパには生命が利用出来そうなエネルギーはあるのか。無ければ生命は生きながらえることはできません。ありそうなのは、巨大な木星の重力からくる潮汐力のエネルギーです。

第12章「タイタン」は唯一の大気を持つ衛星の話。炭化水素溶媒で油っぽいこの星には地球と根本的に違う生命がいても不思議ではありませんが、まだまだ謎が多いです。この章はたっぷりと考察が披露されているので楽しい章です。

第13章「意味合い、倫理、危険」では、他の惑星に地球の生命を持ち込んでしまうこと、他の惑星の生命体が我々の病原体になる可能性、人口生命体が兵器として利用される危険などについて警鐘を鳴らしています。

第14章「宣言」は最終章。ここで著者はこれまでの議論を総括して、「古生物学者を火星に、生化学者をタイタンに送れ」と提案しています。今の技術ではおそらく片道切符になってしまいますが、それでも行きたいという人は少なからずいるでしょうね。

さて、長々と内容を紹介しましたが、繰り返して言えばこれはかなり面白い本です。高校で習う生物の基礎はあった方がいいですが、無くても十分にエッセンスは判ります。地球外生命体と聞いて、すぐに知的生命体を想像してしまうのではなく、もっと根本的に「我々とは何か」を突き詰めていく意味で、「生命とは何か」「生命体の満たすべき条件とは何か」「どのような生命がありうるのか」を問うことほど素晴らしい知的探求はありません。ぜひ最新の科学における「生きているとは何か」という探求の興奮をこの本で味わってみてください。

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カナクのキセキ/上総 朋大

ファンタジア大賞の受賞作ということで、購入。

うーん、ちょっと期待はずれかな。ネタと書きっぷりはいいんだけど、このネタならもう少し洗練させればもっと品のある作品になったような気がします。異世界ファンタジーなんだから、その異世界に魅力がないといけませんが、そこまで行ってない。このネタならもっと行けるのに!

そのあたりの煮詰めが甘いから、主人公が背負っている秘密が弱かったり、マール教がどんな宗教かということとその始祖のキャラの絡みが薄かったり。途中で出あう人達がどうしてカナクとユーリエを助けてくれるのかが今ひとつ伝わりづらかったり。

正直、オチは半分ぐらい読んだところで想像がつくわけです。でも、判っちゃったらがっかりかというと、むしろその予想されるクライマックスへ向けてどう盛り上がるのか、途中のエピソードがどう伏線として使われるのか、そういう部分を楽しみに読み進めるわけで、その点でちょっと「あれ・・・?」という所。まあ、300頁のラノベでそれを全部見せるところまで行かないのはしょうがないと思うんですが、「この後ろにはもっと壮大な世界がある」と思わせないところが残念です。

筆力は十分なものがあると思うし、「金賞!」と思ってなければまあ面白い話かなという所なので、この作者さんはどんどん書いて腕を上げていってもらえばいいと思いますし、世界観が魅力的なだけに続編にも期待していますが、多数応募があって、トップがコレってのはファンタジア大賞的に寂しいですねぇ。

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インセプション

「ダークナイト」を劇場公開で見逃してDVD視聴で観たときに、もう十分「クリストファー・ノーランはただもんじゃない」と思ってましたが、こんなに話題になった「インセプション」も見逃してしまいまった(笑)

というわけで、BDを買いまして、正月休み・・・がなかったのでこの連休で見たわけですが。

これはすばらしい!

誰かの夢の世界で物語が進行するとか、誰かの精神世界にダイブするとか、SF的にはわりと使い古されたイメージです。それを士郎正宗の「攻殻機動隊」が徹底的に整備し尽くして衝撃を与えたのが90年代前半。それを押井守がビジュアル化して世界に紹介したのが90年代半ば。それをゼロ年代前半にかけて実写で形にしたのが「マトリックス」というのが大まかな流れです。

で、いずれもヒットした作品ですから、二番煎じは死ぬほど作られてますし、遡ればギブスンの「ニューロマンサー」から連なるサイバーパンクは全部こんな感じだと言えるので、山ほど類似品はあります。

ですが、「夢(あるいは仮想空間)なので何でもあり」になってしまったり、「今、何がルールなのか観客がおいていかれる」ことになったりで、脚本的に優れた作品はなかなかありません。押井守の「攻殻機動隊」も話が観念的になり、ドラマ的な解決があいまいになってますし、「マトリックス」も仮想世界は格好いいのに、現実の世界が急にしょっぱい未来世界になってしまってガッカリになります。

ところが、「インセプション」では、次々に夢を見ている主体が変わり、架空の世界から架空の世界へ飛び移ります(夢の中でみた夢の中で見た夢の中の夢まで行きます)。しかし、

  • 夢が一段階深くなるに従って時間の流れが遅くなる
  • 一つ上位の夢で起きたことは、一つ下の夢に影響を与える
  • 夢から戻るためには、寝ている人間に物理的衝撃(キック)を与えればよいが、もう一つ条件として、寝ている人間が夢の中で夢を見ていてはいけない(1段ずつしか戻って来られない)

というルールを、冒頭できちっと説明してます。そして、夢に潜るチームが各レイヤー毎にキック担当者を残していくことで、各レイヤーでの登場人物達の目的がはっきりしてるためにサスペンスをキチンと描けます。最後は、各レイヤーで登場人物達は各々苦闘することになるわけですが、バラバラの場面を次々にスイッチしながらちゃんと全員が何をしようとしているか判るというのは素晴らしい。

その各レイヤーで、凄まじいカーチェイスをやったり、ワイヤーによる無重力アクションをやったり、雪山アクションをやったり、荒廃した仮想世界を描いたり、まあ、SFアクション映画でやりたいことを全部まるごとぶち込んでるものすごく贅沢な映画です。これだけのアクションを次から次へと破綻せずに次々盛り込んで消化しているのはホントにすごい。

さらに、最終的にはおきまりの「夢の世界に居すぎて何が現実か判らなくなる」というネタも実にうまく使ってます。このネタを哲学的に使うのではなく、そのせいでチームのプランが台無しになって主人公が窮地に陥るというドラマの解決に対してちゃんとした使い方。なので、ドラマ的に深く感動するということは無いですが、だーれもそんなことは求めていないので全然OK。そもそも、このめちゃめちゃになりそうな設定で、きちんと筋を通したドラマを維持したことが立派。もうね、品格が漂うと言っていいほどの素晴らしい脚本です。

いやあ、ほんとにクリストファー・ノーランすごいよ!

そりゃあね、難癖付けようと思ったらいくらでも付けられますよ。チームを作ってる割に、各々のキャラが弱くて、キャラ付けと夢のレイヤーでの役割がうまく付いていない(なんで「調合士」がずっとカーチェイスせないかんの?誰か車の運転が上手って設定入れてソイツがすればいいんじゃないの?)とか、ヒロインが貧相すぎて、ロマンスの面が主人公と死んだ妻の間だけにしか成立してないとか、まあ、欲を言えばきりがないですよ。

でもね、これより上手くできた脚本みたことない。あたますっきり。今までのこの手の映画の場面場面ははっきりしてなくもないんだけど、全体を考えるとどーもつじつまがあってないスッキリしない感じとは大違い。それはもう、鳩山前首相の所信表明演説とオバマ大統領の就任演説ぐらい違う(笑)

で、劇場で観た人はぜひDVD/BDを買って、メイキングを見て!

アニメに慣れた日本の観客からしたら、「なんでここまで実写でやるの?」というぐらいに実写なんですよ、この映画。最初にアリアドネが夢を共有するシーンをまさかホントにパリの街角で爆破しながら撮ってるとは思わなかった。ラストの第一段階の夢を、ホントにLAの道の真ん中に雨降らせて電車走らせてるとは思わなかった。ホテルの廊下で重力方向が変わるシーンを、奥行き30mの回転するセットを作ってるとは思わなかった。雪山の要塞をホントにカルガリーの閉鎖したスキー場に建てたとは思わなかった。

ビジュアルイメージも、実現する力も、そしてポストプロダクションのセンスも素晴らしい。いやあ、この映画を貶す意味がわからない。よくもこんなネタでカラッとした娯楽超大作を作れたものです。世の中には、ここから深い意味を探ろうとしてこんがらがったり、この程度の明確な作品中のルールが読み取れずにドラマに入れなかったりで低い評価をしている人がちらほらいるみたいですけど、何をしているのやら。

この作品は「七人の侍」級の娯楽映画です。そりゃ、「七人の侍」からでも人生の教訓は読み取れるけど、読み取れるから「七人の侍」は面白いわけじゃない。あるルールのある挑戦をするのに、主人公がチームを結集して挑み、チームが窮地に陥り、それぞれのメンバーが役割を果たし、無事、解決してカタルシスを得る。そういう古典的フォーマットのドラマで、各メンバーが活躍する場面にそれぞれの夢のレイヤーにして全く違うアクションを組み込んでいるところが全く新しい。これはそういう映画です。もちろん、深読みも十分にできるようにいろいろと仕込みはありますが、それはさておいて、普通に素晴らしい。

やー、何回も見ちゃいそうだなあ。すごいわー、これは。

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ここがウィネトカなら、きみはジュディ/大森望(編)

SFM創刊50周年アンソロジーの一冊。この「時間SF編」を大森望さんが担当して、他に「宇宙SF編」「未来SF編」が出版されてます。

大森さんはこの他に、ゼロ年代日本SF傑作編を2冊、そして「NOVA3」と立て続けに出してますね。読みきれません。

さて、全体的な感想として翻訳モノの時間SF、それも舌の肥えたSF読みに向けたセレクションとなるとどうしても話が観念的になる方向にあって、読み終えてのカタルシスはちょっと薄めですが、しぶーい日本茶を上等の茶碗でいただいたようなじっくりとした甘味が舌の上に残る良書です。ま、SFを普段読まない人は読まないほうがいいでしょう(笑)。

では収録作の感想を。

商人と錬金術師の門/テッド・チャン

寡作の代表、チャン。ネタはアラビアンナイト。時間を越えることができる門の話。この門の設定がちゃんとしているという意味でSFかもしれませんが、ま、ファンタジーと思って読んでも問題なし。チャンらしいしっかりとした構造の物語で美味。

限りなき夏/クリストファー・プリースト

「双生児」も文学的格調が高いくせにSF心満載でセンテンスは心地よく読めるけど、トータルで難解という感じでしたが、この短編もよく似てます。書かれている場面は格調高く美しい。仕掛けもたっぷりSFでロマンスも十分。でも、ストーリーが説明できません(笑)

彼らの生涯の最愛の時/イワン・ワトスン&ロベルト・クアリア

一人が時間を逆行しているので、年の差が逆転するという、互い違いの年の差カップルのお話。ある意味純情なお話で、今回の収録作の中で私はこれが一番好きです。

去りにし日々の光/ぼぶ

光の速度が遅くなるスローガラスというSFネタをすごく素直に使った切ない一遍。このネタはもっとハードSF寄りのネタにもできると思うんですが、こういうのも悪くないです。

時の鳥/ジョージ・アレック・エフィンジャー

タイムトラベルもの。しかし、過去に行くとことはいったいどういうことなのかという観念的な話。よくわかんない・・・

世界の終わりを見にいったとき/ロバート・シルヴァーバーグ

みんなが観光ツアーとして世界の終わりを観に行ったときの話を口々に語るが・・・。えーっと、この話ってオチてますか?

昨日は月曜日だった/シオドア・スタージョン

月曜日の次に間違って水曜日に行ってしまう話なんだけど、苦情を申し立ててどうにかしてもらうあたりがすでに時間SFじゃない気がします。

旅人の憩い/デイヴィット・I・マッスン

場所によって段階的に時間の経過速度が異なるという設定に、時間の流れが遅い場所で戦争が行われ、そこから休暇で時間経過が速い場所へ移動するという舞台設定を組み合わせた話。この組み立てにより生み出される独特の切なさが優れてます

いまひとだびの/H・ビーム・バイパー

素朴なリプレイもの・・・というか、大森さんが発掘して探り当てたリプレイものの元祖ということらしいです。

12:01 PM/リチャード・A・ルポフ

時間ループもの。素朴な閉じ込められた男。このあたりの、「元祖はこれだ」シリーズはためにはなるけど、まあ、それほど面白くはなかったり。まあ、せっかくの傑作選なのでこういうのも必要かなと。

しばし、天の祝福から遠ざかり・・・/ソムトウ・スチャリトクル

今度は高次知性体によって全人類が意識がありつつ強制的に同じ一日を繰り返させられる話。うーん、短編なので設定だけで面白くなるところまでいってないような気がします。アイデアは面白いと思うんですけど、それも2011年の目でみたらどうかなって感じ

夕方、はやく/イアン・ワトスン

なぜか文明が毎朝1000年近く戻り、1日かけて現代レベルになる話。夕方ぐらいになると、やっと車が出現する。なんだかさっぱりわからないし、面白いのかもよくわかんない。まあ、ふり幅のはしっことしての収録?

ここがウィネトカなら、きみはジュディ/F・M・バズビイ

 

表題作。人生の部分部分を生きている男の話。ある周期で人生の違う時期へ飛んでしまう。目が覚めて、寝ていた場所を知ってそのときの妻は誰だったかわかるというのがタイトルの意味。これも「リプレイ」のようなロマンスものになるんだけど、それまでの設定をひっくり返すようなオチがちょっと・・・

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おせち

結婚してから正月に実家に帰ることがなくなったので、母親の作ったおせちを食べることがなくなりました。

妻の実家も子供が巣立ってからはおせちを作るのを止めてしまったとのことで、買ってきたおせちセットと、おせちと言うよりは「お正月料理」と呼ぶのがふさわしいようなホームパーティー的な料理で迎えてもらっています。

しかし、こういうとウチの母親はあまりいい顔をしないかも知れませんが、私の食べ慣れたおせちはそういう「ハレ」の料理ではなく、もっと慎ましやかなものだったように思います。黒豆を煮るのは数日がかりですし、他にも手間はかかっていたことは間違いないのですが、いわゆる「豪華さ」というのは普段の食事に比べても、それほど無かった気がするのです。

たくさん炊いて近所に配っていた黒豆があって、栗きんとんがあって、ごまめがあって、数の子があって、焼いたブリと甘く煮染めた海老があって、なますがあり、昆布巻きがあってお重の一段。もう一段は椎茸、小芋、結び蒟蒻、花を象った金時人参の煮染めがたっぷりと、たたきごぼうなんかが入ってます。

大晦日の夜から煮染めをつまみにしながらお酒を飲み、年が変わるころに蕎麦をいただき、元旦、目が醒めてからお雑煮を吸いながら、ブリを一切れづつとってまた酒を飲みつつ、だらだらと正月番組を見る。

今思えば、やっぱりそこで食べていたおせちは美味しくて、私の正月気分と密接に結びついているものです。無いと物足りない。そして、昔のお重を思い出してみれば、今の料理の腕前ならば全部を揃えるのは大変でも、一つを取り出せば問題なく作れるものばかりです。(豆をふっくら炊くのはちょっと厳しいかな)

なら、作らない理由もないわけで、母親が元気なうちに教わっておかないとなあ。

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あけまろしく

皆様、あけまろしく

去年は、仕事のやり方がかなり違うプロジェクトに変わって、かなり戸惑いもありました。夜中に起こされる仕事はいやですなあ・・・。

相方と新しい生活が始まって早2年。そろそろ安定したので、次の段階を考えなければいけないのかなーという2011年です。なかなか難しいですけど。

では、今年もよろしくお願いします。

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