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恐るべき旅路 ―火星探査機「のぞみ」のたどった12年/松浦 晋也

Amazonさんが親切にも教えてくれたところによれば、私がこの本を買ったのは2005年の8月です。放置してすいません。

遅ればせながらこれを読んだきっかけは、評判が悪いことを知っていながら今さら「かぐや」のBru-rayを買って観たこと。評判が悪かったので発売当初は買うのを止めていた(し、そもそも発売当時にはBlu-rayが見られる環境がなかった^^;)んですが、逆にいつまで買えるかわからないんだから買っておくべきかなと思い直しました。。本来、ただで観られてしかるべきものではあるんですが、Amazonで4000円ぐらいのものですし、発売されないよりは全然ましです。これに味をしめて、NHKがどんどん番組を出してくれたらそれはそれで嬉しいですし。

で、観た感想としては・・・いやあ、ただ月の映像を眺めててもつまんないね(爆)。確かに綺麗ではあるんですが、地球の風景の方がいいですよ。当たり前ですけど。

むしろ、私の心を揺さぶるのは日本が月へ衛星を送り込んでこんな素晴らしい映像を録ってきたというそのこと自体なのです。そこには様々な苦労や工夫、そしてドロドロとしたドラマがあるに違いありません・・・が、そこが全然わからない。そこはNHKエンターブライズの能力でばばんと何とかしていただきたい。それで値段が倍なら全然よかったのに。

という気持ちを抱えてふと部屋の本棚を見たら、積ん読されてるこの本が。ここだ、私が求めてるものはここにあるはず。

そして堪能しました。相変わらず松浦さんの語り口は素晴らしい。そこに人間がいる、ドラマがある、そして無限の宇宙がある。

この本は、火星探査機「のぞみ」のプロジェクトについてのドキュメンタリーです。「のぞみ」は何のために、どのように始まったのか。何を考えて探査機を作り、それを打ち上げ、火星まで導き、そして、夢潰えたのかを語っています。まるまる半分が打ち上げまでの話で、残りの半分が打ち上げた後の話です。

この本を読んでまず驚かされるのは、他の惑星へ探査機を出すということが具体的にどういう事なのかということ。わかっているようでわかっていないことがたくさんあるんですね。

私は仮にも物理屋出身ですから、ニュートン力学は把握しています。地球から火星へ物を投げ込むには、太陽の周りを円運動している軌道で二つが再接近する時に地球の重力を振り切って火星に届きその時の速度が火星の軌道に一致する力で打ち出してやればいいだけです。ニュートン力学なんですから、とにかく問題はタイミングと初速だけ。後はすべて計算通りです。かんたん、かんたん

・・・と理想化して言えるのは、それが力学の演習問題だからで実際には様々な問題があります。

誰でも思いつくのは観測機の重量。ある初速を与えるためには重量に応じた力をかけてやる必要があります。運動方程式に従って、重量が大きくなればそれだけ大きな力が必要になりますから、観測機は軽ければ軽い方がいい。軽量化は大変な苦労が必要でしょう。

しかし、重量には推進剤の問題がついて回ります。観測機は様々な理由で途中で速度を変えてやる必要があります。初速だけで火星軌道にはいるにはタイミングと速度は非常に限られた物になりますが、途中で自分で速度を変えられれば経路の柔軟性はずっと増すのです。したがって、探査機はロケットエンジンを積むことになります。しかし、ロケットエンジンで速度を得るには推進剤が必要です。燃料じゃありません。推進剤です。地球上では、エネルギーさえあればプロペラやスクリューや車輪をまわして進むことが出来ます。しかし、宇宙空間ではエネルギーだけでは速度を得ることができません。何か重い物を速い速度で放り投げることによる反動ですすむしかないのです。つまり、重い物を積んでないと、速度を得ることが出来ないのです。ああ、なんというむじゅん!

そして、そもそも日本では漁業権の問題があってロケットは年中打ち上げるわけにはいかないらしいです。打ち上げできる季節が決まってるんですって。がーん・・・。それじゃ、そもそもロケットエンジンを持ってない探査機を送れるハズがありません。そして、更にいろんな事情があって、当時持っていたロケットでは火星に届くだけの速度を得られないんですって!どーせぃっちゅーの(笑)

そこで、「のぞみ」のとった方法とは、いったん「のぞみ」を月に向かって放り投げて、また落っこちてきたところを火星に向かってひっぱたくという「2回の月スイングバイ+地球でのパワースイングバイ」という方法でした。なんという涙ぐましい努力。というか、「かぐや」より前に日本が月へ探査機を(火星にいくついでに^^;)送っていたことを全然知りませんでした。日本は、アメリカ、ソ連についで月の裏側を撮影した3番目の国なんですって。

そもそも、そんなまだるっこしいことをしなくてもアメリカのロケットならぼーんと打ち上げて終わりなんですけどね。詳しい話は是非、この本を読んでみてください。96年の大接近での打ち上げが延期され、98年の地球と火星の距離では「のぞみ」は火星へ届かない・・・そこにくり出される軌道計算の魔術師の妙技。川口さん、格好いい。この本の前半のクライマックスです。

このほかにも衛星が作動するためには、温度を維持すること、太陽へ太陽電池を向け続けること、地球へアンテナを向け続けることなどいろいろな制約があります。望遠鏡でも見えない衛星の位置と速度を地上からどうやって知るのか。探査機にコマンドを送って実行させるとはどういうことなのか。送れるデータ量は?届くまでの遅延は?そもそも、地球は自転しているのでいつでも探査機が見えているわけではありません。有名な「1ビット通信」とは何か。潤滑油があっという間に蒸発してしまい、極端な高温と低温の差に晒される真空で可動部品を作ることとはどういうことか。

そして、問題はもちろん理工学的、技術的なものだけではありません。無知蒙昧なマスコミの目。欲しいデータをかけた研究者同士の鍔迫り合い。官需に頼ったメーカーの苦悩。文部省と科学技術庁の対立と文科省への統合のごたごた・・・。ちょっと誇張しましたが、まあ、そりゃいろいろあるわけですよ。

ただ、探査機の固まりを隣の惑星へ投げつける・・・そこにはまさに様々な困難があり、その数だけその困難に打ち勝つべく努力した人の顔と編み出した工夫の数々があるのです。

そして、本の丁度半ばで「のぞみ」は打ち上げられます。順調に見えた旅路。その肝心かなめで不幸が襲います。月から落下してきた「のぞみ」をセンター前にヒットするハズが、ピッチャーゴロに!。それも、その瞬間まで順調に動いていた、たったひとつのバルブのせいで・・・

そこには様々は「こうしておけばよかった」があります。スイングバイのやりかたが複雑過ぎたのではないか。バルブの構造をもっと簡単にしておけばよかったのではないか。あと2年、もっと条件がいい打ち上げを待てばよかったのではないか。しかし、全ては結果論でしかないのです。

ここから、科学者と技術者にとってさらなる苛烈な戦いが始まります。足りない速度、予定外の軌道への遷移、通信機の不調、ショートした回線。それでも、科学者は知恵を絞り、軌道計算屋はすこしでも可能性のある軌道を計算し、技術者は限られた機能の中で探査機の状態を調べ、問題を回避する方法はないかトライを重ねます。そして、すべての"のぞみ"が絶たれ、最後の決断を下すとき・・・涙無しでは読めません。

さて、「のぞみ」は結果的に失敗に終わりました。その結果、我々の税金の186億円は失われたのでしょうか?

否。断じて否なのです。

この本を読むとわかること。それは、「のぞみ」を成功させるためにもっとも必要だった物。「のぞみ」の地球パワースイングバイの失敗の後、諦めずにチャレンジし続けたからこそ得られた物。今、我々が失ってはいけない物。それが、「惑星探査の経験」だということがわかります。それは、後の「はやぶさ」にも生きているです。これこそが失ってはいけないものです。

そして、ここにあるドラマ。それ自体が100億円の価値があるものです。考えてもみてください。たかだか186億円なんて、「崖の上のポニョ」の興業収入と同じぐらいです。松浦さんのような人が伝えてくれてこそですが、これだけのドラマを、ロマンをお金にしなくてどうしますか。日本人がすべからく知り、誇りに思わなくてどうしますか。そのための186億円が惜しいものですか。

・・・というところで、冒頭の「かぐや」のDVDに話が戻るわけですけどネ。もうちょっとやり方っつーもんがあると思うですよ。

ちなみに、本棚には「ローバー、火星を駆ける」も積まれていたりなんかして、これもさっさと読まなくてはいけませんな。


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Comments

こんにちは。
久しぶりにのぞきましたー。
いやー、相変わらずコメント上手ですねー。
早速読んでみようと思いました!

それと、ローバー火星を駆け抜けるもぜひコメントつけてください。
このローバーの頭脳は"HAL"社RS6000を使っていると聞いたことがあります。その辺のことが書いてあるかな?って思って。
楽しみにコメント待ってます(笑)

いろんな本の紹介、いつも楽しんで読んでます!

Posted by: まるこ | April 17, 2009 at 07:57 PM

ありがとうございます。でも、この本の松浦さんの語りは半端なく素晴らしいので、まねごとでもこういうものが書けたらいいなと思っちゃいますけど

Posted by: Tambourine | April 20, 2009 at 12:38 PM

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