« May 2008 | Main | July 2008 »

cygwinでhere documentが使えない

プログラミングはLISPに始まり、LISPに終わる・・・と偉い人も偉くない人も誰も言ってないかもしれませんが、とりあえずGaucheの本が出たということで今までLISPをまったくかじったことがない私もこの本を買ってみたわけです。

こういう本は手を動かしながらじゃないと絶対に身につきません。まずはGaucheのインストールからです。ダウンロードして、cygwinでいつものようにメイキンストールでございます。

・・・あれ?configureがエラーになります

エラーの原因を確認してみると、どうやらヒアドキュメントが動いてないためのようです。

/t$ echo <<EOS
> hoge
> EOS
bash: cannot create temp file for here document: No such file or directory

テンポラリファイルが書けないと。どちて?

環境変数はどうなってるのかな?

/t$ echo $TMP
/c/DOCUME~1/Tambourine/LOCALS~1/Temp
/t$ echo $TEMP
/c/DOCUME~1/Tambourine/LOCALS~1/Temp
/t$ echo "hoge" > $TMP/hoge.txt
/t$ cat $TMP/hoge.txt
hoge

んー、おかしいようには思えません。どなたかこの現象に心当たりがある方、いらっしゃいませんか?

| | Comments (2) | TrackBack (0)
|

6/22のLifeにメールが採用されました

6/22の「文化系トークラジオLife」のテーマは「秋葉原無差別殺傷事件」でした。リアルタイムでは聞けなかったので、順次公開されているPodcastを聞いています。いつもの通りだと、放送後のやりとり(実際には本編の延長戦になってしまうことが多いです)も含めてすべてが公開されるのは7/2になるはずです。

「事件そのものよりも、この事件に俺たちはどんな物語を仮託するのか。それを聞きたい」というcharlieの番組のやり方はすごく共感できるものでした。冒頭で「マスコミがいじりすぎ。Lifeまでそんなことしなくても」というリスナーの意見が読まれ、それに対するcharlieの誠実な思いの発露から始まる今回のLifeは、やはりいつもとはちょっと違うテンションでした。

Part2で、津田さんがネットの実況中継について語ってました。こんな感じ

  1. 現場に居合わせてustで中継した奴には、個人としてプリミティブな不快感があるんだよね
  2. 素人に「報道」を取られてジャーナリストとしてムキーッなんだろう?それは違う気がすんだよな。俺がジャーナリストかどうかはともかく(笑)
  3. アイツらが野次馬だからかな?
  4. マスコミが野次馬じゃないとはいわないけど、それは仕事だからな。何かあったら責任問われる立場かどうかだよな
  5. 結局、アイツらがやったのって報道じゃなくてライフログだよな
  6. 俺が腹立ったのはライフログを報道のように言われたからかな。そんな気がしてきた

おや?

(5)までは良かったのに、(6)で腰砕けた(笑)。(5)までは私が「ケータイのカメラは「報道」なんかじゃない」「撮影と言論の安売りが破壊するもの」というエントリーで書いたことと変わらないのですが、問題は津田さんの感じたプリミティブな不快感を説明するのに、ホントは「報道の奴は撮っていいけど、ライフログの奴はだめ」っていうための倫理なりルールなりを求めているんじゃないかって事だと思います。最後で曲がっちまった。

Part4では、いわゆる「非モテ」問題について。私はこの話にあんまり「非モテ」って関係ないと思うんですよね。だって、「モテない」とか「彼女がいない」なんて当たり前のことだと思うんですよ。世の男性のほとんどが(程度の差はあれ)「自分はモテない」と思っていると思うし、私なんて人生の今までの期間で「彼女がいる」なんてのは全くの非日常であって、いないのが普通の状態です。そもそも、この犯人みたいな精神状態の時に女の子と付き合っても、たぶんうまく行かないよね(笑)

ただ、「非モテ」みたいな言葉が、最初は自虐の笑いやパロディ、ジャーゴンとして世の中に(この場合はネットに)生まれてきて、言葉を作った奴じゃなくて遅れてきた奴が自分をそれに投影してしまうなんていうのは良くある形です。「オタク」って言葉だって、まさにそうだと思うし。そういう単純な言動をしてしまう頭が弱い皆様に対しては、私は「あちゃー」としか言いようがありません【酷】

で、「非モテ」みたいな言葉を真剣にとらえないって意味で、津田さんがこの話を受けて「なんで、マイナーなケータイサイトじゃなくて、喪男板に書かなかったんだろう。ゲームで言えば初心者ステージから上に行かない奴みたいなもので、『オレすげえ』って感覚を味わいたいけど、上のステージに行って死んじゃうのはイヤみたいなアンビバレンツな感じ?」と言ってました。charlieは「その喩え、よくわからない」って言ってましたけど、私はすごくよくわかる。

私は「文化系トークラジオLife 6/22のテーマは「秋葉原無差別殺傷事件」」というエントリーで、犯人に「自分も、例えば電車男のようにネットから祝福される存在になれたかもしれないという敵わぬ思い」があったと感じたと書きました。そういう思いがありながら、犯人がなぜ2ちゃんねるには書き込まずマイナーな掲示板に書いたのかといえば、それはまさに津田さんの言うとおり、「ちゃねらー」には敵わないという敷居の高さや、2ちゃんねるでは自分のような「しょぼい不幸」ぐらいではまったく相手にされないだろうということをちゃんとわかっていたからだと思うのです。彼の苦悩なんて、そんなの全然、全国区じゃない。だからこそ、小さいコミュニティでの承認を求めたんだと思います。でも、そのコミュニティも彼を救わなかったんですよね。ある程度、どういう状況か想像はつくんですが・・・

と思ってたら、Part5の冒頭で私が送ったメールが読まれました。「なんで救えなかったんだろう。どうしてこうなっちゃったんだろうという思いには共感する」とcharlieは言ってくれましたが、その後、柳瀬さんがぶち切れました(笑)

柳瀬さんは、まあ、どちらかというと発想はマッチョなのでさもありなんですが、内容については賛同できるところ、そりゃちょっと・・・なところがありつつも、熱い柳瀬さんはいいですね。その後、ネット社会のマイナス面としての「相互監視社会」にも言及してました。これが上のライフログと他者の話に繋がっていくところだと思います。

さてさて。続きも楽しみにしています

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

F1GP#8 フランスGP

さて、いまや全く速くなくなった仏英独の「真夏の高速三連戦」でございます。いまや、どのサーキットも高速サーキットじゃなくなっちゃいましたが、今年の場合、まだ暑くもない(笑)

そんなフランスGPのポイントと言えば、こんなとこ?

  • 壊れる病再発のライコネン
  • マクラーレンいじめ
  • トヨタ表彰台!
  • ピケの命拾い

事前の予想通り、マニクールはフェラーリ優勢。予選でフェラーリの2台の速さは拮抗していましたが、今回は昨年通りライコネンが横綱相撲を・・・と思ったら、なんとまたライコネンはトラブル。エキゾーストパイプが外れてカウルが燃えるという前代未聞の事態に。どうもライコネンのマシンは壊れることが多い印象があります。まあ、今回はそれでもなんとか2位になれて、むしろラッキーぐらいの感じかも。マクラーレンが2台とも後方に沈んだのが大きいですね。

と、そのマクラーレン。全戦のハミルトンのピットレーンでの追突で10グリッド降格を受けたハミルトンに加え、コバライネンまで予選中のアタック妨害で5グリッド降格。さらに、レース中はハミルトンはシケインショートカットでドライブスルー。どのペナルティもちょっと厳しい気がするんですけど、シケインショートカットも国際映像にばっちり映っちゃいましたからねえ。実際、やむを得ないところだったと思うんですけど、前の車を抜いた直後だったために私でも「あ、まさか、これってペナルティになっちゃうんじゃ」と思ったぐらいです。あそこはあえて後ろの車を前に出してでもペナルティを絶対に避けるべきだったかもしれません。あれさえなければ、おそらくハミルトンはノーポイントは避けられたはずです。まあ、FIAからイジメを受けるのは強い証拠ですけど、ちょっとどうだろう。

そんなマクラーレンの不運と、BMW勢がここではからっきしということにも助けられて、トヨタは久々の表彰台です。レッドブルや、コバライネンの追撃を振り切っての3位ですからトゥルーリは立派なもの。コバライネンは逆にポイント取ったけどまたちょっと株を下げてしまったかも・・・。ともかく、オベ・アンダーソンの追悼レースを表彰台で報いました。

さて、またも株を下げ気味のNo.2なコバライネンとは逆に、ピケはやっと初ポイント。どうにかメンボクを保ちましたが・・・やっぱいまいち活躍したって感じでもないですねぇ。予選はQ2どまりだし。それより「抜かれねえぜ」と豪語してたアロンソがスタートでいきなりぶち抜かれて、結局ピケの後ろってのはどうなっちゃってるの?まあ、そのアロンソより前でフィニッシュしたってことでピケはすこし評価を上げたようです。とりあえず、これでシーズン中のクビはないかな?まだわからないかも。

さて、次はイギリス。当然、ハミルトンの母国初優勝なるかがポイントです。どうなりますことやら

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

Googleを支える技術/西田 圭介

Googleっは、あっという間に世界を作り替えてしまいました。インターネットにおける検索サービスというのは、それこそインターネット自体や、もっと言えば活版印刷ぐらいの革命的な技術です。今となっては当たり前のように「ググって」いて、ググレカスなんて言葉もあるぐらいですが、Googleの登場以前、インターネットYP(これ、書籍)、Yahoo、altavistaの頃までは、インターネット上のどこに求める情報があるかを示す索引を機械生成できるかどうか、それが人間が求める、使えるレベルになるかということはまったく自明のことではなかったのです。コンピューティングの性能の限界という問題以前に、そもそも可能かどうかがわからなったんです。

そこへpagerankという概念をひっさげてGoogleが登場。Googleの素っ気ないトップページから入力すれば、有用(っぽい)な順に検索結果が並んでいるというのは、画期的でした。

ただ、その画期的なシステムを支える別の側面については、その存在意義も含めてあんまり語られることがなかったように思います。ここ数年、注目されてきた「クラウドコンピューティング」という側面です。

皆さんもWebを使っていて実感があると思いますが、どんなWeb上のシステムでもアクセスが集中すれば遅くなります。大量の情報を処理するのは時間がかかります。にも関わらず、Googleの検索結果はいつでもすぐに返ってきますし、私が今夜公開するブログは数時間後には(もっと早い?)Googleの検索結果に載ってきます。これは、すごいことです。

世の中に存在するWebアプリは、ほぼすべてがOracleやDB2などのRDBをストレージにしています。ただし、この仕組みでは大量の処理を捌くにはRDBの負荷分散やチューニングが必要です。しかし、おそらく本当にGoogleがやっているレベルでの大量処理はRDBでは不可能です。そこで何が行われているかが書かれているのが、この本です。一応、誰でも読めるレベルで書かれていますが、本質的な理解は、なんらかのプログラミング言語でのプログラム作成の経験があり、「ファイルのオープン」と「メモリのアロケーション」のイメージが出来ている必要があります。

めちゃめちゃ単純化していえば、Amazonやはてなは、本質的な仕組みとしてPC上に「ミニAmazon」「ミニはてな」を作って動かすことができる・・・つまり、OSやファイルシステムやプログラミング言語はすでに確立されたものを使ったアプリケーションとして作られているけども、Googleはそのレベルから自分で作っているということなんです。もちろん、そんな七面倒くさいことが必要なのは、Googleほどのことをやる時だけでいいわけですが、逆に言えば、世界でGoogleだけがそんなことを本気でやって、今、まさに年中無休で動かしているわけです。すごいことです。

とにかく、Googleは何を実現するために、何が必要で、何を作っているのか。SEだったら知らないと恥ずかしいとすら思います。ともかく読め。で、読んだ後、さて、Googleをもう一個つくるにはいったいどうしたらいいか考えて途方に暮れてみましょう。しかし、我々の世の中にとって、Googleのオルタナティブがないことの意味ってのは、どう考えればいいんでしょうね。悩んでしまいます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る/梅森 直之

これも文化系トークラジオLifeの「文化系大忘年会」で仲俣暁生さんの2007年のベストとして紹介されていた本です。

nacにコレを読んでると言ったら、「ベネディクトアンダーソンなら『想像の共同体』ですかね。
読んでないけど。」と言われました。えっ?有名な人なの?(笑)

というわけで、読みました。講演なので平易な日本語です・・・が、ダメだ。この話を理解するには教養が愕然と違いすぎる(笑)

ナショナリズムの起源を19世紀初めの出版に求め、グローバルなナショナリストのつながりからグローバリズムを紐解くという視点は面白いです。面白いですが、その視点からどういう知見が生まれてくるのかとか、現代的な意義とか、そういうのがよくわかんない・・・。うーん、「想像の共同体」を読まないとダメか?


| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

DVDの整理

オタクとしての属性は、それこそエヴァブームの頃、オタク第1世代の方々から薫陶を受けて以来、あまり変わっていないと思うのですが、そこはそれ、あれから10数年。自由になるお金が大きくなったこともあり、欲しいものは割とぱっと買ってしまうようになりました。まあ、オタクの無茶買いなんて、毎晩飲み歩いてるおっさんや、パチンコ通いの主婦、バーゲンをハシゴするOLさん達に比べればたわいもないレベルですよ。

ただ、圧倒的にかさばるよな(笑)

ただ、映像メディアがVHSテープからDVDに変わったことは大きいです。昔、LDやVHSじゃあとても家に入りきらなかった量を家に置いておけるのはこの上ない喜びです。まあ、バンダイチャンネルで見られるものも増えてきたということで過渡期的なものかも知れませんが、所有する喜びというのもありますしね。

しかし、DVDはかさばる。綺麗な箱に入ったBOXセットはもうしょうがないですが、普通のケースに入っているものは何とかしたい。すでにCDは全部インストとディスクを取り出して不織布のついたぺらぺらのスリーブに移していますが、DVDは無駄に大きい型なので困ってました。

というわけで、これを見かけたときは嬉しかったです。値段も手頃だし、コクヨなんてメジャーメーカーの商品で継続的に手に入りそうなところもいい。CDのほうも、これと同じシリーズに切り替えちゃおうかなと思っています。

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

富野さんのGyaoジョッキーがみたい

mixi経由で、高校の同級生のfujikoくんが下の話をネタに書けというのです。

東大工学部で富野節が炸裂!ロボットの開発なんかやめましょう!(Ascii.jp)

“富野節”というのは、劇中のセリフ回しに適用される言葉であろうが、富野由悠季氏ご自身の語りが、梅雨時の土曜昼下がり、東大駒場キャンパスで炸裂した。

まあ、永年の富野信者は富野さんがこういう人だって知ってますからね。別にいまさら、ねぇ。むしろ、なんか機嫌よさそうじゃないですか(笑)

まあ、悪気はないんですよ。いや、むしろ悪気しかないっつーか・・・。でも、こういう富野さんが好きだからしょうがないですよねえ。

最近でいうと、文庫で再版された岡田斗司夫さんの「オタク学入門」の巻末で岡田さんと対談してますが、コレもなかなか飛ばしてます。でも、機嫌はよさそうかな・・・?「時かけ」ブログにもあったなあ

メディア芸術祭の上映+シンポジウムのレポートなんですが、いやはや困ったぞ... (「時をかける少女」公式ブログ)

富野監督はシンポジウムの冒頭で、

「文化庁主催で、その上に文部科学省があるんだからさあ、もうちょっとアカデミックな口調でやらないとさ。」

とか言ってたんだけどさ...

週末に、テープを聴き直しつつ数えてみると、ぐは!!、実にS○Xが9回に、オマ○コ2回...「アカデミックな口調」なんてどこ吹く風。

いや、予測はしてましたよw。

困った人だね。

ちなみに、最高に調子がヤバい頃の富野さんというと、私の手元にバーチャロンのムック「CYBER TROOPERS VIRTUAL-ON REFERENCE "SCHEMATIC"」があったりなんかして、その誌上でバーチャロンのプロデューサーの亙重郎さんと97年5月に対談してます。

初っぱなはこんなの

何から話しましょうか。

富野 僕のようなレベルの、いわゆるすがりたい人間が「これだったら、間違いなくすがっていい」と思える言葉が欲しい。もう少しだけ、このレベルの対談で分かりやすいこと言うと、エヴァは違うんだよって言う言葉が欲しい。

もうね、ここまでですでに、若干、頭がおかしい(笑)

次々に頭おかしい発言が続きます。いやあ、この場にいた編集者の背筋は凍りっぱなしだっただろうなと思いますけど(笑)。ちょうど、Vガンダムの後、富野さんが一番ダークだった頃です。

富野 だから、バーチャロンのことでは物凄く悔しかったことがある。どういうことかと言うと、「それ見ろこういうふうに出来るじゃないか」という事を実現している。僕の場合、それが「ガンダム」で出来なかったという事実は物凄く悔しいことで、それはもう、未だにこの人ねじ伏せてでも息の根止めたいっていうふうに。

殺してください。

富野 はい。そしてもっと不思議なことがある。普通の人達、つまりガンダム関係者、あるいは権利を持ってると思ってる人達、彼らがそういうふうに思わないでいるんだ。「バーチャロンみたいなのがあるんだよネーッ」なんて言ってる(笑)。言ってられる。「お前らね・・・っ」て思うよ。本当ならセガ行って、AM3研行って、火をつけて来るぐらいになってくれなくちゃ困るんだよね。そんな気概もなくて、既得権があるから、そのことだけで食えちゃうガンダム関係者っていうのは、あいつらこそ殺していいんだろう。

殺したところで、しょうがないですよ

富野 あなたは優しい。確かにしょうがないです。つまり殺す価値もないし、つまらない・・・こんな言い方しちゃいけないんだけど・・・どんなつまらない人間でも、人間の形をしている人を殺すと、犯罪になってしまう。犯罪者になるっていう負債を負うのはやっぱりいくら何でも損だよね。で、やっぱりそれは我慢する。だから僕は亙君を殺さない(笑)。カトキ君もブン殴らない

ヤバいわ・・・今にもサンライズに日本刀を持って殴り込みそうです。

しかし、あれから10年。未だに富野さんは元気でなにより。ご機嫌もよろしいようですから、Gyaoジョッキーあたりで月一ぐらいで発散してもらうとファンとしては大変うれしかったりしますけど・・・無理だよね(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

最近、買ったマンガとCD

乙女回路再充填中です。

さらに少女マンガが読みたくて。きらさんというと「まっすぐにいこう」なんですが、あの頃とはかなり絵も作風も変わりました。ストーリーの組み立て方やキャラ配置は見違えるほど高度になったと思いますが、まあ、ターゲットも違いますしね。あの頃、高校生が主人公のマンガを書いてた人が、今、仕事と結婚の間で悩む乙女な女性が主人公のマンガを書いているというのも、なんとなくいいものです

島本和彦のせいで、すっかり漫画界一熱い男として作者のキャラの方がたちまくりのジュビロ先生の新作。もうなんか、ここしばらく青年誌でやっていた短編は熱い中にも渋みのある話だったんですが、コレはもうはっちゃけてますな。まあ、この先、いろんな展開するんでしょうからとにかく期待!

飽きずに買い続けてます。谷川さんの書く女の子は可愛いなあ

出たら反射神経で買う。しかし、どこまで続くんだろう。

久しぶりの"おふすぷ"。ファンなのはもちろん、私がセガ信者だから(笑)。シングルカットの"Hammerhead"は短い曲なのに途中で「あれ?別の曲?」って寄り道する感じが面白いですね

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

ヴァナ・ディールの最期の日は、笑って迎えたい

ファイナルファンタジー11失敗の意義とサービス止め時を考える(切込隊長BLOG)

 簡単に書くと、スクウェアエニックスにとって「ファイナルファン他事ー」ってのは大事なブランドであるし、そのブランドを冠したオンラインサービ スであるから、あんまりブザマなやめ方はできないだろう、と思うこと。一方で、世界的なマーケットで見ればワールドオブウォークラフトのほうが圧倒的に出 来が良く、アカウントも1,000万超え&稼働率はFF11よりはるかに高い状況を見ると、世界タイトルとしてのファイナルファンタジー自体は惨敗したと 結論づけていい。

(中略)

 逆の見地からすれば、これほど見事な負け戦の撤退戦はないわけで、しかも局地戦ではなく、主力を投入した市場で正面から競合に負けて撤退をするのだから 業は深い。経営的には早々にやめちまえばそれでしまい、なんだろうけれども、ユーザーが社会的に地位が低いゲーム業界の場合は、とりわけ変な注文がユー ザーの側からつきやすいから油断ならない。

どうするんだろう?

FF XIが失敗かどうかには、その成功と失敗がいろいろなレベルで定義できるので(儲からなかったから失敗、黒字だから成功、FFの名を冠してこれじゃ失敗 ノウハウを得ただけでも成功 etc...)何とも言えないところなんですが、山本さんの言うとおり「どうやってサービスを停止するか」はすごく難しい問題だと思います。なんとなく、アイドルの引退に似てる(笑)。

それはそれとして、FF XIが大成功でスクエニからどんどん続編が出てくるか・・・というと、作ってるらしいってのは田中Pも発言してますけど、疑問と言わざるを得ない。間違いなく国内No.1のMMORPGの商業的な評価が「ビミョー」ってことは、そもそもがMMORPGというジャンル自体、それほどいい市場じゃなかったということです。

FF XIのユーザーとしてそのいいところも悪いところも一緒に楽しんできた私でも、例えばFF XIを止めて続編をやります・・・と言われたときに、「わーい」と無邪気に乗っかっていくかというとそうはいかない気がします。FF XIが私にとって、「最初で最後の」MMORPGになる。それは多分間違いがないでしょう。そもそも、続編なんてないかもしれない。MMORPGの運営なんて、めんどくさいだけでサービス提供側にはそれほどいい商売じゃないのかもしれない。それともWoWという唯一が成立して、オルタナティブの存在しえない業界になるのかもしれない。

そう考えるとこの5年、ヴァナ・ディールで過ごした日々がまるで奇跡のように思えます。MMORPGには、他のどんなメディアでも味わうことの出来なかった何かがあった。そして、それはまさにこの時代、まだ、MMORPGを運営すること、MMORPGをプレイすることが、お互いになんだかよくわかっていなかったこの時代にのみ存在し得た奇跡の世界。

FF XIは、ヴァナ・ディールは、どんな最期を迎えるのか。その時、Tambourineがその世界にまだいるかどうかはわかりませんが、その日を笑って迎えることが出来ればいいなあと、そう思うのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

Rubyがないと、仕事が出来ない

6分おきに走らせているチェックスクリプトがあって、crontabに書いてあります。

1,7,13,19,25,31,37,43,49,55 * * * * /home/tambourine/bin/healthcheck.sh

事情があって、このスクリプトの実行時刻を3分ずらしたい。

4,10,16,22,28,34,40,46,52,58 * * * * /home/tambourine/bin/healthcheck.sh

に書き直せばいい。ちまちまと手で変えるか。まさか!

/t$ irb
>> a="1,7,13,19,25,31,37,43,49,55"
=> "1,7,13,19,25,31,37,43,49,55"
>> a = a.scan(/\d+/)
=> ["1", "7", "13", "19", "25", "31", "37", "43", "49", "55"]
>> a.map!{|i| i.to_i}
=> [1, 7, 13, 19, 25, 31, 37, 43, 49, 55]
>> a.map!{|i| i+3}
=> [4, 10, 16, 22, 28, 34, 40, 46, 52, 58]
>> a.join(",")
=> "4,10,16,22,28,34,40,46,52,58"

もう、手に馴染んじゃったから、Rubyがないと途方に暮れちゃいます。

| | Comments (1) | TrackBack (0)
|

バカとテストと召喚獣 4/井上堅二

バカテス4巻目。この調子で、どんどん行きましょう。

3巻のラストで急に上昇したラブコメ度を保ったままのスタート。その分、バカ度が↓ですが、私はこっちの方が好みかもしれません。つかね、やっぱツンデレですよ。美波かあいいよ。今作の引きも、更にラブコメ路線が加速しそうな雰囲気です。次も期待してますよー

そういえば、瑞希は今回、見事にヒロインの座から陥落していますが、それ以上に意外だったのは表紙の美春がえれぇ可愛いことですな(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

ザ・マジックアワー

もはや、日本を代表するコメディ作家の巨匠とも言うべき、三谷幸喜の最新作です。観に行かないわけには行きますまい!さっそく、観てきました

さて、今回の「ザ・マジックアワー」も三谷さんのお得意のパターン。それも「幕が上がったら、芝居は待ってくれない」という舞台裏ものの黄金パターン。演劇の「ショウ・マスト・ゴウ・オン」、ラジオドラマの「ラジオの時間」、ミュージカルの「オケピ!」といろいろなパターンがありましたが、今回は映画。

ただし、ボスに「自分を狙った殺し屋を連れてこないと、お前を殺す」と言われたギャングが、映画の撮影だと騙して売れない役者を連れてきて役者とボスを両方騙すという、ひねくれた設定。そんなのうまくいくわけがないじゃんって?

だからおもしろいんじゃないですか!

とにかく笑った笑った。映画館で声あげて笑いっぱなし。周りのお客さんと一緒に爆笑できるのはいいですね。

それにしても、さすがにこのスタイルで長年やっているだけあって、今回の脚本はホント、カンペキ。よく、「観客がわかりやすいものを求めるようになって、三谷作品のようなウェルメイドなものがもてはやされる」と否定的に語られたりするんですが、なんのなんの。確かにウェルメイドで、最後は期待するところへ持っていってくれるんですが、仕掛けも複雑だしキャラの絡み合い方も絶妙。そして、その類い希なるサービス精神は、劇中で「そういえば、アレはどうなったんだろう?」と思ったところはすべて掬い上げてあります。もう、ラストのアレはストーリー上、不要なわけですよ。でも、わざわざ見せちゃう。その為の伏線にコレがつかわれるなんて、もう、なんてサービス過剰!

また、例によって今までの三谷作品に出てきた役者さん達が、沢山出てきます。カメオ的な出方をしてる人も沢山いますので、ちまちまとチェックすると楽しいです。「新撰組!」の局長も副長も出てたのが嬉しかったなあ。ついでに伊東甲子太郎もね!(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

文化系トークラジオLife 6/22のテーマは「秋葉原無差別殺傷事件」

6/16のニュース23にcharlieが出てましたね。そこで番宣されていた通り、今月の文化系トークラジオLifeは、急遽テーマを変更。「秋葉原無差別殺傷事件」についてです。この事件に関するどの「分析」や「解釈」にも納得ができないというcharlieが、どんな語りをしてくれるのか。大変楽しみにしています。

すでに番組には多くのメールが集まっていると予告編でも話されていますが、私もメールをします。以下に投稿したメールをそのまま載せておきます。

アキバに土地勘0のタンバリンです

朝日新聞で東浩紀さんが、「彼が首相官邸や経団連本部に突っ込んでいたら、だれもがそれをテロと見なし、怒りの実質に関心を向けただろう」と語りました。そして、そうしなかったのは彼が幼稚だったからだと。

しかし、私には、彼は自分を救ってくれなかった秋葉原に絶望したのだと思えました。偏差値社会が定着し、格差社会へスライドし、「負け組」のレッテルを貼られて数年。「自己責任」「自分が悪い」と唱え続けた結果、彼には国家にも社会にも刃向かう牙がなかった。その発想も、なかっんじゃないでしょうか。

彼にあったのは、ただ、「ネットが自分を救わなかった」という悲しみ。自分も、例えば電車男のようにネットから祝福される存在になれたかもしれないという敵わぬ思い。だからこそ、彼はネットとリアルの繋がる場所としての秋葉原に狼煙をあげた。

リアルの彼の隣に誰もいなかったこと、それはもう問題じゃない。日本の掲示板文化の黎明期を体験して、ネットの可能性を夢見て育ち、昨今の掲示板の短く吐き捨てるような悪口に辟易としていた私にとって「ネットが彼を救わなかった」ことが、ずしっと心にのし掛かるのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

撮影と言論の安売りが破壊するもの

昨日の記事にコメントありがとう。大変に難しい問題だと思います。まず、私は善悪の話をしているのではないということはわかっておいてください。テクノロジーが与える我々の認識の変化についての議論です。しかし、この変化を無視した、あるいは、変化に逆らった社会システムや倫理観には問題があると思っています。そういう意味で、最後に「善悪」の話にたどり着いてしまうのは必然かもしれませんが、この文章の結論を「善悪」にはしたくないと思っています。

二つコメントをもらいましたが

かにかにのいう

対象が人間であるなら、撮られた人、その関係者がどういう思いをするか、というのを考えるというワンクッションを入れないと。 これは撮影だけじゃなくて言論でも同じだと思いますが。

と、ふみーのいう

個人的には、たくさんの人が情報を集めてくれば恣意的に歪められて報道されることもなくなる、そんないい時代が来てるんだと思ってます。

を両立させることは困難だというのが、私の考えです

昨日の記事の主張は、我々の視覚とケータイのカメラ、そしてネットはもうすでに地続きだということです。そして、これを倫理で逆行させるのは非常に困難だと思います。

だから、秋葉原の路上であの事件があったときに、ただその場で観ていた人と、自分の観ているものをケータイで撮っている人、それをネットに上げてしまう人の間にクッションは入れられないだろうというのが私の主張です。

もちろん、かにかにのいう「クッション」を持たせることが可能ならば、そのほうがいい。それは教育の役割かもしれない。しかし、そうするのにカメラとブログがあまりにも我々の感覚の上で当たり前になりすぎたし、そのスピードが早すぎる。この当たり前の感覚がなければ、例えばmixiで平然と自分の悪行を語ってしまうなんてあり得ないはずなんです。

そして、あんな事件がありながらその場を素通りしていく人(いっぱいいたはずです)が正しいわけもないし、ふみ~が指摘するようにあの場にテレビカメラだけではなく、無数のカメラがあったことが悪いことばかりでもない。ふみ~が指摘したレベルだけでなく、もっと事件に直結したレベルも有り得ます。もし、この犯人がなにか間違ってうまく逃げおおせたとしたら、あるいは、もし、この犯人に共犯者がいたとしたら、ここで撮られた映像の意味は変わってくるかもしれないのです。

そして、私たちは、例えば「休み返上で親会社に呼び出されて、会見場所に張り付けられて、鬱々とした気持ちでつい煙草に火をつけた」人の人生すら破壊したかもしれないということも忘れてはいけないし、それを防ぐことはもっと難しかっただろうということも指摘しておく必要があると思います。

チープ革命が、我々に「日常的に撮影すること」「情報を共有すること」「なにかを議論すること」を容易にし、報道という地平を脅かしました。しかし、それはやはり、報道ではない。だから、報道と同じレベルの倫理観を期待できないし、逆に、報道の側の質がこちら側へ大きく傾いてしまうことも考えられます。その状況とうまく折り合いをつけていく社会システムも必要ですし、倫理観の修正も行われるはずです。それは社会学者とか哲学者といった人の仕事かもしれませんが、まずは、我々自身が現状認識と、自分を守ることとを考えねばならないと思います。

追記:

同じ空間を共有できていたのか--秋葉原事件の撮影について(佐々木俊尚 ジャーナリストの視点)

ライフログ時代の野次馬とは

 このような当事者性をめぐる撮影行為のトラブルは、今後も続いていくのだろうか。先のことには誰にもわからないが、いずれはこの撮影という行為そ のものが、特殊な行為ではなく、ごく当たり前の生活の中の動作として日常に埋没してしまう日がやってくるかもしれない。

(中略)

 もしこのような時代がやってくれば、そのときには撮影するという行為の不的確さや野次馬問題が語られることはなくなるだろう。……それが良いことなのかどうかは、とりあえず置いておくとしての話なのだが。

CNETの佐々木俊尚さんの記事です。この文全体の趣旨は、マスコミの取材とケータイカメラでの撮影者との間で、前者は「野次馬根性を『公共性」という甘ったるい生クリームでからめとってしまい、むき出しの野次馬根性を覆い隠してくれる役割」があるとしています。つまり、野次馬を批判している人は、自分の野次馬根性の発露を「公共性」と呼んで特定の人に限定することがモラルだと思っているということです。そして、野次馬にならない方法として、「同じ空気を共有すること」という概念を出していますが、正直、その部分はよくわかりません。

しかし、上に引用した最後の節でこの議論は「ライフログ時代」には意味を成さなくなるだろうとしています。この部分はまったく私の記述したことと同じです。私は「いずれ」ではなく、目の前の現実だと感じていますけど。私の興味は、この社会がこのフェイズに入ったときの話であって、現時点でまだまだ生き残っているモラルに基づく善悪はとりあえず、私の議論の範囲外にしたいと考えています。

もちろん、それは事件の当事者ではないから言えることなのですが、当事者でないからこそできる議論があるはずです。もし、私がこの事件で自分の大事な人を失っていたら私は自分の全能をかけて、犯人を八つ裂きにしにいくかもしれない。その時は、誰かが羽交い締めにしてくれると期待はしていますけど。

| | Comments (4) | TrackBack (0)
|

ケータイのカメラは「報道」なんかじゃない

nacがblogで、「ケータイのカメラであっても報道は成立するし、それは撮影者の意識の問題である。それがなければタダの野次馬だ」と秋葉原殺傷事件のいわゆる「一億総カメラマン状況」について言及しています。

秋葉原事件で融解した「野次馬」と「報道」の境界、って本当か。(備忘録)

携帯カメラで現場をとることが非難されるのは

「個別の状況で、とっさの判断を迫られます。選択する行動は、その人の価値観や人生観にもかかわってきます。」

という覚悟や自覚がないまま、ただ「ネタ」としてその場面を消費しようとするからだ。 (残念ながら、覚悟や自覚は目に見えないので誤解される可能性はある)

朝日新聞の上の回答は優等生すぎるかもしれないし、 実際には一種の高揚感や衝動とともにシャッターを切ることだって多いだろう。 でも、この回答のようなことを事後でも自覚するのかどうかが「野次馬」と「報道」の境界なんじゃないか。 ウェブで生中継が始まろうが、携帯カメラで写真を撮ろうが別に境界は融解なんかしてない。

この主張には一貫性があるし、ある種の説得力があります。

しかし、ustにとっさに繋ぐほど自身の行為に自覚的だった人はまだしも、実際にあの場で居合わせて、現場にケータイのカメラを向けた人に働いていた、撮影および公開を正当化する力学はそんなものではなかったんじゃないでしょうか。

カメラ付きケータイとブログが我々にもたらしたのは、「自分の体験を追憶可能なように記録し、選択的に公開する」という、いわゆる"ライフログ"的な感性です。美味しいものを食べる。珍しいものに出会う。そんな日々の出来事を自分がどのように見て、どのように感じたか、それをすべて記録したい。いつでも追体験可能な状態にしたい。この感動を他者と分かち合いたい。それが、可能だという感覚です。

ケータイを向けて撮影ボタンを押すとき、そこに存在するのは「レンズとフィルムを駆使して世界を切り取る芸術」としての写真ではありません。自分の視覚をそのまま固着させたいという動機です。自分が実際見たニューロンへ記録可能なものを、CCDデバイスからシリコンへ記録する。そこに意識的な境界がなくなりつつあります。コンビニで雑誌を立ち読みしていて気になったページ。それをコピー機でコピーするのはためらわれるのに、ケータイで撮影するのに違和感も罪悪感も感じない感覚。「えっ?撮っちゃダメなの?見ていいのに?」。あっけらかんとした「盗撮」の影に隠された感覚は「見て覚えること=ケータイで撮影すること」という、記憶と記録の透過性、感覚器の延長としてのカメラがもたらしているのではないでしょうか。視覚したデータをインプラントを通じて記録するなんてのは、攻殻機動隊的なSFのモチーフとしてありふれたものですが、我々の感覚は、実際それに近いところまでいっているのではないのかと思います。

nacが主張する「報道」は、実はこの感覚とは相容れない「芸術」としての撮影を前提にしていると思います。「報道写真」が語りかけるのは、単なる風景ではなく、ある意志と主張を持って切り取られた「現場」です。しかし、ケータイを持った手を伸ばすときに、その撮影された映像が持つ意味に対する覚悟は、選ばれないままではないでしょうか。あの場でケータイを伸ばした人の頭にあったイメージは、「報道」でも「野次馬根性」でもなく、チャンネルをまわしてたまたまやっていたテレビ番組に対して、慌ててビデオデッキの「録画」ボタンを押す、そんな感覚だったんではないでしょうか。

そして、それをネットで公開するときの感覚にも同じことが言えます。「見てはいけないもの=撮ってはいけないもの」と同じく、「しゃべってはいけないもの=公開してはいけないもの」。ネット上に撮った映像を公開するときにある感覚は、「これは、他人にしゃべってよいものかどうか」という判断に近い。「あまりに残虐で、人に話すのもためらわれる」「犠牲になった人のことを考えると、ぺらぺらと簡単に口に出してはいけないのではないか」というレベルの判断はあるでしょうが、「自分にこれを報じる資格がある」という感覚はおそらくでてこないと思います。

逆に言えば、我々はすでに見られる可能性があるものは撮影されている可能性があり、人から直接話として聞けるものはGoogleに引っかかると思っている必要があります。ある人の視覚や記憶は、視覚されたり記憶されたりした以上、ネットに存在する可能性がある。ライフログ化された社会とはそういう社会のことです。自分の庭のベンチで裸で日光浴していたところを、Google Earthのカメラに撮影され、全世界から参照可能になる。「たまたま通りがかった人に見られるぐらいはかまわないと思ってたけど、撮影は許してない」という主張は奇異には聞こえません。しかし、もう実効的ではない。ヘタをしたら、それはもう人間の意志は介在しないシステムなのかもしれないのです。自分の頭にCCDカメラをつけて、撮影したデータをリアルタイムでWeb上で公開することは可能です。しかし、その行為を規制することが可能なのか。「撮られて公開されて困るものは、私から見えないところにあるべきだ」と主張されたらどうなのか。台風のニュースで傘が壊れてずぶ濡れになった女の子の映像は、被撮影者のチェックが入っているのでしょうか?おそらく、そこに含まれているであろう倫理を、ケータイとyoutubeを持つすべての人に共有させることが可能だと主張できるのか。

もはや、自分の視覚や記憶をネット上にアップロードしようとする人に対して、旧来の意味での何かを広く一般に公開することによる責任や倫理というものを求めようとするのは不可能な世界がやってきた。それが、秋葉原殺傷事件があらわにした「一億総カメラマン状況」という世界だと思っています。

 

| | Comments (2) | TrackBack (1)
|

頭が悪いなら、黙っていればいいのに

話す前に、どういう返事が返ってくるのか考えるよね、普通。

「尊敬できない」「なら職変えて」橋下知事と職員バトル(asahi.com)

 集会には46歳以上の職員約140人が参加、意見交換は非公開だった。参加した複数の職員によると、男性職員が知事批判を展開。府の財政再建案で345億円の人件費削減が盛り込まれていることについて、「知事は給料カットになってもテレビに出て出演料をもらえるが、私たちは兼業できない」と訴えた。

橋本さんをテレビタレントだと思っているようです。そもそも、金に困っているような人が知事に立候補すると思っているんでしょうか。

そもそも、この人は可能なら、役所が終わった後、バイトする気なんでしょうか。偉いですね。昼間も、もっと頑張って(笑)

 さらに橋下知事の政治手法に「ことあるごとに『自分は選挙で選ばれた府民の代表者』といって正当化する。橋下さんは人として尊敬できない」とまくし立てたという。

人として尊敬できない人が上司なのはお気の毒に思いますが、別によくあることだと思いますし、業務の上で何か問題なんですかね。あと、正当化も何も、橋本さんが言っているとしていることは、カンペキに正当でしょう。

まあ、給料減らされて腹が立つのはわからないでもないんですが、みんな忙しいんだから意味あることをやろうぜ?

「ここは団体交渉の場ではない。上司に対するものの言い方もある。私のやり方があなたの意に沿わなければ、職を変えてくださって結構です」と切りかえしたという

ホントにそのうち、「早期退職者募集」とかやりそうだなあ。というか、リストラするしかないと思うけどね。普通の会社ならとっくにやってることだから。それにしても、仮にも弁護士相手に口論してどーする。

それにしても、なんというか大阪の話を聞いてると「府民の思い」とか「尊敬できない」とか感情の話ばっかりが聞こえてくるんですが、なんか悲しげに聞こえますね。大阪は元々、左派勢力の強い(もっと言えば、共産党の強い)土地柄ですけど、言ってることがあまりにも時代錯誤に聞こえてしまいます。ま、とりあえず、ちゃんとみんなリクツ考えてから話そうな。大人なんだから。

でも、それはそれとして、経団連御手洗会長が橋下知事をべた褒めなんて聞くと、それはそれで大層うさんくさく感じたりもするわけですけど。

| | Comments (1) | TrackBack (0)
|

地上波モウイラネ

相変わらず、小寺さんの言っていることは私と波長が合います。

思い切って放送行政のちゃぶ台をひっくり返してみよう(ITmedia)

しかしそこまでダビング10というルールに価値があるとは思えない。いやもちろん、権利者、メーカー、放送局間で長い時間をかけて検討した結果がコレなの で、 そういう政治的バランスとしての価値はあるのだろう。一方でその仕組には、大したメリットがない。DVDやBlu-rayが10枚焼けたって、しょうがな いだろう。どうせ省庁で大ゲンカするレベルまで来たのならば、もっと根本的なところからひっくり返すのもいいかもしれない。

まったくその通り。正直言って、筋が悪い技術だとしか言いようがない。ダビング10で良かったのは、基のデータを取っておいたまま携帯デバイス用の高圧縮データを作成して持ち出せること(要は、PSPへの「おでかけ転送」がやりたい)と、アナログは無制限に出来たこと。10回DVDを焼くなんて考えてもいないよね。

で、小寺さんの話は「地上波テレビなんて、どう見てももう斜陽産業なんだし、なくていいんじゃない?」って展開になります。だって、

  • ほっといてもテレビ番組は、保存する気も起きないくだらなくて刹那的なものになる
  • 保存したいほどのクオリティの動画コンテンツ(映画とか)は、わざわざ録画しなくてもレンタルでも動画配信でも専用チャンネルでも、他に見る手段はいくらでもあるから放送されなくても構わない
  • そもそも、ワンセグの画質で十分では?。12セグ分なんてデータがデカイだけ。イラネ

だもんと。

「テレビで映画を見る」というのは、まだ日本が貧しかったころの文化向上策であり、もはやそれに頼る必要はない

そうなんだよね・・・。アニメも別に地上波で流してくれなくていい。この間書いた「テレビアニメの終焉」というエントリは、私のブログにしてはかなり多いはてブを受けたんですけど、ある程度この感覚に同意してくれる人が多かったからだと思います。

考えてみれば、最近、テレビで見たもの・・・NHKはたぶん、見る価値があるものはアーカイブスに入ってネットでいつでも見られるようになる(この点で今のNHKの動きはすごい。広告の縛りがないというのは大きいんですね)。F1は、もう一般の人は興味を持ってないし、ファンはフジテレビ721で生中継と今宮解説を堪能してます。アニメは以前、言ったとおり。そもそも、全国的には地上波で見られない人の方が多い。ニュースは・・・これもCSに専用チャンネルがありますし、それすら見るのはしんどい。asahi.comからのRSSがあれば十分です。野球は、パリーグはYahoo動画で全部見られますし、巨人戦はワンセグへシフトしたし、阪神戦はGaoraで二軍まで見られます。ん・・・地上波で見たいものってなんだろう?

結果的に何がどうなれば成功なのかを、もう一度考えてみよう。答は本当はもう出ている。プライドがそれを受け入れられないだけのことなのではないか。

権利を制限してぎっちり守る戦略はテレビに価値があるから意味があるわけですけど、いい加減、見捨てられてると思いますよ。そもそも、広告でもっている以上「お金払ってでも見てもらわなくちゃ」というべきなのが地上波の放送ですよね。タダで見せている放送をどんどん見辛く、見辛くしていっているのって、どう考えてもおかしいです。

でも、ホント、テレビなんて別にもうどうでもいいです。早く私が見たいコンテンツが全部地上波から出て行ってしまうことを私は望んでいます。

| | Comments (2) | TrackBack (0)
|

君に届け/椎名 軽穂

というわけで、あっという間に最新巻まで読了。

charlieがLifeの放送中に「読みながら『もう、くっついちゃえよ』と何度も思う」って言ってましたが、まったくです。つか、普通なら1話でくっついて終わりですよ(笑)

男の目から見ると、風早くんが若干いかがわしい(をい)ですが、女の子のキャラがどの子もいいですねぇ。特に、くるみちゃんがいいですなぁ。くるみちゃんの風早くんへの告白シーンは、ちょーかわいい。いや、ホントにあんな子が周りにいたら

すげー迷惑

ですけど、大丈夫。私はあーゆータイプの女の子にまったく相手にされない自信があります。な、泣いてないよ?

くるみちゃんはこうやって傷つきまくった挙げ句、すごくいい女になって釣り合う男がいなくなるか、底意地の悪い女になって嫌われていくか、まあ、どちらにしろ幸せにはなかなかなれないと思うんですけど【酷】、でも、人間的には絶対に爽子よりくるみちゃんの方が魅力的すよね。一度でいいからこんな女の子に騙されてみたいと思うのも男の性でしょうか。・・・いや、やっぱりいいや(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

鳩山法相の発言がことごとく間違っている

秋葉原の通り魔事件は、オタクにおいてショックな出来事であっただけではなく、世間一般の人々にとってショッキングな出来事であったようです。それもマスコミ各社の報道も「うわー、アキバって今そんな危険なところなんだ。オタク怖い」という認識ではなく、どの方もみんなそれぞれ身近な脅威と感じているように感じます。犯人は事件の劇場性を目的として休日の秋葉原の歩行者天国を犯行の場所に選んだようですから、ある程度、その目論見は成功していると言えるのでしょう。

もちろん、私にとっても同じです。とあるものを探していて、相方から前日に「あ、それなら私が秋葉原で買っておくよ」というメールを受け取っていたり(ただし、そのお願いは結局しなかったのですが)したもので、背筋がぞっとするものがありました。

地方在住の方の認識がどうかというのは、また違うと思いますけど。

さて、こういう危機的な事件が起きたときに、やはり政治家の見識というのがあらわになるものです。こんな記事が

「治安の悪さに危機感」「派遣制度転換の時期」閣僚ら (asahi.com)

東京・秋葉原の無差別殺傷事件をめぐり、10日午前の閣議後の記者会見などで閣僚からは発言が相次いだ。

 鳩山法相は「ああいう無差別大量、虐殺といってもいいような事件が起きる日本の治安の悪さに大変な危機感を覚える」と発言。「教育の問題とか社会全体の 問題というのが背景にあることは想像できる」と指摘し、法務省としては「とにかく犯罪に対して厳しく対処すること」と述べ、厳罰化がこうした事件の対処法 になるとの見解を示した。

 泉国家公安委員長はナイフの規制強化について「今回の事件を考えてどうするか、これから詰めたい。一般的に利用される包丁とかもあるので、もし取り組むとしても慎重に考えないといけない」と述べた。

 舛添厚生労働相は派遣労働制度について触れ、「大きく政策を転換しないといけない時期にきている。働き方の柔軟性があっていいという意見もあるが、なんでも競争社会でやるのがいいのかどうか。安心して希望を持って働ける社会にかじを切る必要がある」と語った。

うーん、鳩山さんの発言がドレ一つとして的を射てない。

まず、この無差別殺傷事件を「大量虐殺」と呼ぶセンスはどうなんでしょう。「治安が悪いから虐殺が起きる」のか。あちゃー。ちょっと頭が悪そうに聞こえます。

「教育の問題」としているのはまだしも(まだ先生に押しつけるのか?)、「社会全体の問題」が背景にあるそうです。当たり前です。この世の様々な問題のうち、「個人」に根ざさない問題は大抵「社会全体の問題」に分類されます。

「厳罰化がこうした事件の対処法 になる」んだそうです。「死刑になりたい」と言っている犯人に対して、いったいどう厳罰化するんでしょう。というか、この犯人はおそらく死刑です。これ以上、どうするのか。その場で射殺か?

泉委員長と桝添大臣の言っていることは割とまともですね。ナイフの規制強化も実効性はないでしょうね。まともな用途にサバイバルナイフが必要な人ってのがどういう人なのかイマイチ私にはわからないのですが、そもそも対人武器として作られているわけではないのでしょうから、必要な人もいるのでしょう。それに、サバイバルナイフでなくても人を殺すに十分な武器に使える日用品なんてゴロゴロしてます(トラックもそのうちの一つですかね)から、ナイフを規制しても世の中を面倒にするだけでしょう。桝添さんも、それなりに踏み込んだ発言だと思います。

脱線しました。とりあえず、今の日本の法務大臣は、あんまり見識ある人物ではないことがわかりました。よろしくないですね

| | Comments (1) | TrackBack (0)
|

F1GP#07 カナダGP

Canada

やっちまいました。

しかし、今年はセーフティカー(SC)導入時のピットレーンのトラブルが大変に多いですな。今回のバトンもタイミング悪くSCになり、ピットレーン出口で捕まって赤信号無視ですし、給油のタイミングでSCになりピットレーンがクローズで・・・というペナルティも何度かあって、その度にルールの是非が問題になりました。

そして、ついにこれです。ピットレーン出口でクビサとライコネンが並んで赤信号のために停まったところへ後ろからハミルトンが追突してしまいました。

しかし、ハミルトンの立場から考えれば、必要のないSCで独走していたマージンが削られてカッカきているとこです。そんな常態で、ピット作業でクビサとライコネンに前に出られ、そして、ピットレーン出口で2台が並んだとなればその後、ミスや接触に繋がるんじゃないかとそちらに注意が行くのは当然のこと。

もちろん、ピットレーン出口の信号無視はコーナーフラッグの無視と同様に言い訳の出来ないミスです。しかし、さすがにこれはハミルトンを責める気にはなりません。というか、あの状況でピットレーン出口がクローズなら、いくらリミッターを押しているといっても絶対に後ろの方は当たってしまいますよ。ちょっとレース運営に疑問符をつけざるを得ません。

さて、このレースのポイントは

  • 初優勝おめでとう、クビサ
  • マクラーレンの復調
  • しぶといベテランたち

と言ったところですか。

何はともあれ、クビサの初優勝はめでたい。ポールも取り、2位も何度か取っているので時間の問題だとは思っていましたが、カナダで来るとは思いませんでした。BMWとしても(ザウバーチームとしての歴史を通じても)初めての優勝。素晴らしいですね。春のテストではヘタこいたかなと思っていましたが、昨年の蓄積をきっちりと発展させています。

ただし、今回のグランプリで最速だったのは間違いなくマクラーレン。ハミルトンとライコネンが共にリタイアする状況じゃなかったら、クビサの優勝があったかというと疑問ではあります。序盤戦で不振だったマクラーレンチームですが、やはり例年通りといいますか、徐々に盛り返してきているようです。以前、「ハミルトンとコバライネンの2年生コンビで開発面に不安はないのか」と書きましたが、そこはそれ、よく考えたらマクラーレンにはGPDA会長様がいらっしゃいましたね。ペドロ・デラロサ。デラロサがいればテストチームは安泰と言ってもいいでしょう。

そして、荒れたレースではベテランがいいところを見せます。クルサードの表彰台。しぶといなあ、DCも。今年はウェバーがポイントを重ねる中、ノーポイント・・・どころか、毎戦のようにクラッシュして「いよいよ、DCも勘が狂ったか」と言われだしましたが、やはり良い仕事します。レッドブルのウェバー&クルサードコンビって、渋いけどいいドライバーだと思いますね。

ハミルトン、クビサ、コバライネン、グロックと新世代のドライバー達が脚光を浴びる中、やはりベテランが良い仕事をすると嬉しくなっちゃいます。今後、このドライバー達の勢力図争いも面白くなってきました。

さて、いよいよグランプリは本格的にヨーロッパへ。仏英独の伝統の3連戦です。昔とサーキットもだいぶ変わっちゃいましたけどね。マニクールはここ2戦とまたキャラクターの違うサーキット。去年はフェラーリが横綱相撲を取りました。今年も今のところ、去年までの得手不得手はそのまま生きている雰囲気ですから、フェラーリの巻き返しが見られるかもしれません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

最近、買ったマンガとCD

マンガとCDは個別に感想書いてる暇が無いので、羅列することにしました

方々で妙に評判のよいハルヒパロディもの。んー、なんかふつーじゃん?みんなよっぽどハルヒには飢餓感を蓄えているんでしょうか。それもこれも、いくら待っても「驚愕」がでないから・・・

Lifeの「雑誌」の回で、charlieと森山さんがべた褒めだった「君に届け」。もともと読み切りだったらしい第1話の完成度が高い!でも、早風くんの最後の告白がものすごくカッコイイのに、2話で爽子はそれに気がついてないことになってて、衝撃を受けました。こんなニブい女の子、イヤ(笑)。まあ、先が気になるので続きも買おう。

話題のSuperfly。うーん、シングルの曲はポップで出来がいいと思うんだけど、アルバムにしてみるとなぜか単調に聞こえちゃう気がします。もっとこう色気というか、毒というか、そういうものがあってもいいかもしれないなあ。

ピアノサウンドが心地よいイギリスのバンド。すっごくチャーミング。"She's so Lovely"を気に入って買ったんだけど、他の曲も総じてよいですね。それにしても、"She's so Lovely”の歌詞が、"She's so lovely. I don't Kyow how we'll make it through this."(すーっげーかわいい。もう、俺どうしていいかわかんない)って連呼しまくってて、オバカで可愛いよね(笑)

大好き、Pillows。でも、普段はシングルまでは買わないんですが、このジャケットがインパクトがあったのでつい購入。よく見ると、左の屋上の上にメンバーがいます(笑)。

お待ちかねのマクFサントラ第一弾!奇才 菅野よう子を隅々まで味わえ!「SMS小隊の歌」も「ニンジン loves you year!」も「にゃんにゃん」も入ってるぜ!あ、徳川さんの「宇宙兄弟船」がない!(笑)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

VF-25のプラモ

まだまだマクロスFを応援していきますよ。なら、各話感想とか書けばいいのに?・・・いやいやいや。でも、こうやってはまってみてるアニメがあると、NiftyserveのFANTVAとかが懐かしくなったりしますなあ。mixiはやっぱなんか違うんだよなあ・・・

と、じじぃの繰り言は置いておいて、先月25日売りの模型各誌にVF-25のキットがバンダイからでるという情報が出てますね。発売は秋ですか・・・もうちょっと早く欲しい。放送終わっちゃうじゃないですか。しかし、さすがガンプラで鳴らしたバンダイだけあって、当然のごとく(って語られちゃうことがすごいけど)完全変形。形状もたぶんCGデータを回してもらっているんでしょうから、原理的に放送と同じもの。

とはいえ、割とアニメは決めの絵ではポーズやパースなんかも含めてメリハリを効かせていますから、少々のバンダイアレンジは歓迎の方向。模型誌に出てた形状検討モデルを見ると肩が小さくて正しいんだけどイマイチって感じでしたが、スタッフブログのホビーショーの展示モデルは割といい感じ。色が大事?

とにかく楽しみです。VF-171とかも欲しいなあ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

ハンバーガーいろいろ

昨年、マクドナルド(関西人なので、マクドと略します)のメガマックがずいぶんと話題になりました。しかし、ネタとしては面白いものの、マクドのパテは所詮、牛肉100%、ぱっさぱさです。4枚重ねても、イマイチ物足りない(腹はパンパンですけどね)。美味しいハンバーグを作るにはやはり合い挽きです。たしか、「ミスター味っ子」にトラブルで豚肉が届かなくなり、牛肉だけで美味しいハンバーグを作らなければいけなくなるエピソードがあって、「マクドはあんな堂々と何を宣伝してるんだ!?」とショックを受けた覚えがあります。

で、この間、これまた話題になったロッテリア(関西人だけど、これは略しません)の絶品チーズバーガーも食べました。これは美味しかったなー。パテは「美味しいハンバーグ」の想像の範囲内なんだけど、上下のバンズがもちっとしてて美味しい。この二つが溶けたチーズであわさって、ハンバーグをパンで包んだような一体感がありました。もっとも、一体化しすぎていて、ポスターの写真のような積み重なった立体感が無くて、包み紙を開けた瞬間「ぺしゃん」となってちょっとガッカリしました。でも、美味しいから全然OK!パンと肉を一緒に噛みきる時の食感が、快感です。

ところが、地方在住の私はなかなか「絶品チーズ」は食べられません。そんなある日、出張先の浜松駅にフレッシュネスバーガーがあることに気がつきました。というか駅構内にあります。なぜ気がつかないんだ(笑)。フレッシュネスバーガーといえば、スパムバーガー・・・でもありますが、この文脈ではクラシックバーガーでしょう。というわけで、出来心でクラシックダブルダブルバーガーをオーダー。デカイ。下の写真はpalogさんのブログから拝借。写真撮ってこなかったもので。

どうやって食ったらいいかわかんないんですけど、気合いで齧り付きました。おいし~。でも、顔がベタベタになる。手もベタベタになる。トマトもデカイが、タマネギもデカイ。満足。でも、たぶん普通サイズの方がバンズとのバランスがよくておいしかったんじゃないかしらん。次はそれにしよう。

というわけで、ここのところの「ハンバーガー原点回帰」の流れは歓迎です。ハンバーガーって美味しくてバランスのいい食べ物だよね。ポテト食べるからいかんのだよな(笑)。後は、いまだに巡り会ってないモスの「匠」を食べなきゃだなー

| | Comments (6) | TrackBack (1)
|

幼年期の終わり/アーサー・C・クラーク

クラーク追悼の意味を込めて、買って積んでたこの本を読了。ちなみにクラークが亡くなったのは3/19のことなので、時機を逸するにも程があるという感じです。

さて、感想なんですが・・・んー、さすがに古典だけあって散々パクられた後だからか、何の新鮮味もありません(笑)

ファーストコンタクトとその後の人類の行く末が語られているわけですが、夢に満ちた話というわけでもありませんし、結局、オーバーロード達が何をしたく、そして、何をしたのか、イマイチ整合性がとれてないような気もします。まあ、別にいいのかな。ジャンの見るオーバーロードの世界の描写は今となっては余計な気がしますが、彼が地球に戻ってくるってのがこの話のもうひと味違うところになっているわけですよね。ラストシーンは、なんとも言えない感覚があります。清廉な終末感とでもいうのかなあ

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

セコイ!

官僚160人、深夜タクシーで晩酌サービス(asahi.com)

 財務省や金融庁など9省庁の官僚約160人が深夜にタクシーで帰宅する際、運転手から「サービス」としてビールや、つまみの提供を計約2900回受けていたことがわかった。大半が税金から支出されるタクシー券を利用して、個人的なサービスを受けていたと見られる。

(中略)

 件数が圧倒的に多かったのは財務省。タクシーでの帰宅が07年度中に160回にのぼり、そのうち120回もビールなどを提供された職員もいた。1人が2千円分の図書券を受け取っていた。財務省は「頻繁にビールなどの提供を受けるのは国民の疑念を招きかねない。金券の受領は、事案を調べて対処する」としている。

 タクシー業界では、運転手が得意先の客にビールなどを出すことがある。深夜残業が頻繁な官僚の場合は、特定の個人タクシーの得意先になる例が少なくない。

お得意様だからとビールを出されちゃうぐらいに毎晩、毎晩残業しているお役人への感謝の言葉を!

いや、マジで。こんなこと問題にする民主党の議員がセコい。もっと大事な仕事して下さい。

それにしても、いまだにタクシーチケットってあるんだね。私、サラリーマンになって以来、一度も見たことないですよ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

J-POP/電気グルーヴ

ものすごく久しぶりの電気グルーヴのアルバム。

その前に、スチャダラパーと「電気グルーヴとスチャダラパー」名義でアルバムを作ってます。このアルバムは、なんというかホントに電気とスチャダラが仲良く同居しているって感じのアルバムで、「Twilight」なんかはふつーに電気の曲で問題ない感じでした。

で、前回はそういうネタだったわけですが、要するにもう二人で「電気グルーヴ」をやる必然性が無いわけです。卓球はDJで世界中飛び回ってるし、瀧もソロの活動をいっぱいやってますし、どちらの活動にもお互いが全く必要のない二人(笑)。だって、リキッドで瀧が7HOURSをやらなきゃいけないってなったときも、卓球はあえて呼ばないわけですよ。電気になっちゃうと意味がないから(笑)

二人にとって、「電気はいつでもできるもの」なんだと思います。で、今回のアルバムもタイアップでケラさんに曲提供を頼まれたて久しぶりに電気をやって、そのノリでそのままアルバムを作っちゃったって感じ。「VOXXX」の時のような「やべぇ。電気、もうだめってことになってるよ」的な危機感で全力のアルバムを作った後、もうダイジョブってことなねんでしょうね。

というわけで、まりんのいない二人の電気は、なんとなく「UFO」の頃のムードを音楽的に洗練させたような感じに仕上がってます。まあ、これといってびっくりするような曲もなく、近作とは明らかに傾向が違うにもかかわらず、「うん、電気」って感じで旧来のファンはありがたく聴ける感じじゃないでしょうかね

それよりも、アルバム発売効果で、「メロン牧場」が単行本になったほうが嬉しかった。ゲラゲラ笑いました。おもしれぇ!

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

出張系ネトゲユーザーへの福音?

ASUSTeK、ノートPC用外付けビデオカードを正式発表~GeForce 8600 GT搭載/ExpressCard接続(PC Watch)

 2007年1月に開催されたCESで参考展示された製品。ノートPCに本製品をつなぎ、外部ディスプレイを利用することで、グラフィックス性能を向上で きる。本体内にはGeForce 8600 GTを搭載。コアクロックは540MHzで、メモリは128bit接続/1.4GHz駆動のGDDR 3 256MB

ホテルでFF XIをやるにはいいかも・・・と思いましたが、何、このでかさ(笑)

GPUがチップセット内蔵ではないノートPCで、軽いものというのがなかなか無いのが悩みだったんですが、これが福音となるか・・・なあ。すっごい重そう。もうちょっと頑張って、USBハブぐらいになってくれると大変嬉しいのですが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

« May 2008 | Main | July 2008 »