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捏造された聖書/バート・D. アーマン

みなさん、本文批評という学問を知っています?

「ほんぶんひひょう?なにそれ?」

読み方から違います。「ほんもんひひょう」です。私もWikipediaを観るまでは知りませんでしたが(笑)

本文批評というのは、ある文章の写本からオリジナルの文言を探る学問で、この著者が本文批評と言った場合には、それは新約聖書の写本に関するオリジナルの探求を意味します。この本は、タイトルこそ過激ですが(原題は「イエスの誤引用」)、本文批評の世界を一般の読者に紹介する良質な教養書です。

私たちは、つい、書籍というのは出版されたものを想像してしまいますが、世界史の授業で習ったとおり、活版印刷発明前は聖書は書写して伝えていたわけです。この本は、最初に著者がなぜこの分野に取り組むことになったのか、この種の本としては異例な長さの「はじめに」で言及されています。

素朴な聖書原理主義者だった著者が、聖書の解釈に関するレポートで聖書の一見、矛盾している記述に対して何とか解釈を加えて提出したところ、担当教官から「そこは、筆者は単に間違えたのでしょう」とコメントされ衝撃を受けたというエピソードが紹介されています。聖書は神聖な書物で、その内容は霊感によって書かれている。だから、聖書に書かれていることはすべて真実として受け止めなければいけないという著者の信念は、揺さぶられることになります。

しかし、そもそも新約聖書に収録されたキリスト教文書がそのように霊感によって書かれたものであったとしても、それは写本を作った書記の(まれに)意図的であったり、(たいていは)なかったりする誤りによってどんどん変わってしまうものです。

まあ、とにかく人は間違えます。どんどん間違えます。新約聖書全体で、異文(写本によって内容が異なる部分)は万の単位であるんだそうです。うへぇ。そして、その大半はうっかりの間違いなんですが、その中には(身勝手ではあるかも知れないが善意による)意図的な修正、削除、追加などがあるわけです。

では、どんな場合に異文は生じるのでしょう。意図的な修正はどのような時に行われるのでしょう。その歴史的背景はなんなのでしょう。そして、本文批評家達は、どうやってオリジナルを探し出していくのでしょう。そして、新約聖書のオリジナルとはなんなんでしょうか?聖書がこれほどまでに誤りを内包しているのに、我々(・・・といっても、私はクリスチャンではないですけどね)は何を信仰の根拠にするのでしょう。

安易な表現と、平易かつ生き生きとした文体で書かれているので、「聖書の持つ、人間くささ」に引き込まれます。私のようなキリスト教徒じゃないものには、単純な歴史ドラマとしてとても楽しめました。

それにしても、その考えが後生に正しく伝わっているのかどうかはよくわかりませんけど、たかだか20年ちょいしか生きていない男の、別の宗教の宗教解釈を、世界最大規模の宗教に仕立て上げてたのは、間違いなく初期キリスト教文書を書き、それを、書写し広めていった人達なわけです。私は、イエス・キリストが神だとは考えない立場の人間ですが、それだからこそ、こんなことを成し遂げた人(達)がいるということのほうが、よほど奇跡的なことで、「そりゃ、水をワインに変えるどころのはなしじゃねーぞ」と思うわけです。

でも、その当時、珍しい「教義が文書化されていて、情報(聖書)が大きな権威を持っていた」宗教であったことがキリスト教の発展の源だったのかなと思うと、やはり情報の持つ力は凄いなと、そんなことも思ったりしますね

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[捏造された聖書/バート・D. アーマン/tamの日記](http://tambourine.cocolog-nifty.com/dengon/2007/06/d_7222.html) なかなか面白そうな本。今度見かけたら立ち読みしてみようっと。 さて、tamのコメントの中で、 > その当時、珍しい「教義が文書化されていて、情報(聖書)が大きな権威を持っ ていた」宗教であったことがキリスト教の発展の源だったのかなと思うと、 やはり情報の持つ力は凄いなと、そんなことも思ったりしますね 私... [Read More]

Tracked on June 16, 2007 at 10:48 PM

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