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ゲーム的リアリズムの誕生/東 浩紀

東浩紀による「動物化するポストモダン」の続編です。「動物化するポストモダン」では、ポストモダンを「大きな物語が失われた時代」として、大きな物語を信じられなくなった現代人の指向の先端がオタクの消費行動に現れていて、それは「データベース消費」と呼ばれる、意味を細分化して記号にまで分解し、データベース化したものを「動物的に」消費する姿だと分析し、この「データベース消費モデル」はオタク評論の世界では一般的に受け入れられ、例えば伊藤剛の「テヅカ・イズ・デッド」などでは、議論の下敷きにされてます。

続編であるこの本では、そのような時代分析に基づいた上で、このポストモダンの時代に物語を語ることはどういうことなのか、それを、「オタクの文学」であるライトノベルを軸に紐解いていきます。

さて、それではライトノベルとは何なのか?よく2ちゃんで、「いい年してラノベ読んでて恥ずかしくないのか」とか「ラノベ読みが趣味は読書ですっていうな」とかの罵詈雑言と共に、ライトノベルの定義が語られます。

「角川スニーカーとか、富士見ファンタジアから出てればラノベ」「子供向けの小説はみんなラノベ」「表紙がアニメ絵ならラノベ」・・・どれも我々が漠然と感じている「ラノベ的なもの」の正体を突いてはいない気がします。著者は、前著の「データベース消費モデル」を根拠にこう定義します。

キャラクターのデータベースを環境として書かれる小説

ここでキャラクターのデータベースと言っているのは、例えば、「ツンデレ」であったり「幼なじみキャラ」であったりする、物語から自律して類型化されたキャラの集合のことです。著者はここで「涼宮ハルヒの憂鬱」の長門有希、朝比奈みくるの登場シーンを引用して、それぞれが「神秘的な無表情系」「魔女っ娘」と描写されてることを示し、作者の谷川流が

直接に登場人物を描写するだけではなく、描写とキャラクターのデータベースのあいだで仮想的な対話を行い、その結果そのものを文章の中に入れて描写を完結させている

と述べています。それが成立するには、読者もこの「キャラクターのデータベース」に親しんでないとなんのこっちゃわからないことになります。これがラノベ読者はオタクに依ってたつ所だと言うことなんですね。これを著者は「萌えのリテラシー」と呼んでます。

つまるところ、私の理解で平たくいうと「ツンデレ」と「お色気キャラ」と「無表情娘」をピックアップして、それを前提に小説を書く・・・というようなことをすればラノベだと。これ、割と私のラノベ観と合ってます。なるほど。

そして、ラノベっていうのはそういう定義のものだから、ジャンルではないわけです。キャラがまずあるわけで、そのキャラでやればSFも推理モノも全部ラノベになります。つまり、ジャンルという平面に対してZ軸として「ラノベ度」がある。そして、その軸の他方がラノベなら、反対側が自然主義的な純文学、つまり私小説である・・・というわけです。そして、「涼宮ハルヒの消失」は、主人公にこの「Z軸の高さ」を選ばせることによって、読者の共感を得ようとする、誠にメタ物語的な構造を持った話だったと。このように、本質的に「脱物語」的構造を含んでいるのがライトノベルであり、ラノベの文学性があるとすれば、そのような構造でしか語れないものに含まれるのではないか・・・というのがこの本の主張です。うーん、頭いい人の話を聞くのは気持ちがいい。

じゃあ、なぜ今ラノベなのかといえば、これまでの純文学のように「現実」を書くことにより読者とコミュニケートするやり方に限界があって、それがつまるところ、「大きな物語の喪失」という意味での「ポストモダン」の時代だと。今、読者が手に取れるリアリズムはアニメ的なリアリズムで、じゃあ、そこを基盤に書いていいじゃないかということなんでしょう。「男は強くなくちゃいかん!」という物語が失われたところで、「現実」たる「社会」を前提に男の悲哀とか書いたって、もうそれをリアリティがあると思わない読者がいっぱいいるよと、そういうこと何ですね。

さて、ラノベをそういうものだと考えて、自然主義的に物語中で描写されているものだけを読むのではなく、構造的、メタ物語的な部分も作品の解釈に含めて読むと、ライトノベルはどのように批評され、そのように評価されるのか・・・というのが、後半の作品論になってきます。ここもすごく面白い。

また、紙媒体だけでなく、ノベルゲーム、いわゆるギャルゲーも、ライトノベルとユーザー層が重なるメディアとして特別に取り上げてあります。元々がエロなので、なかなか一般には知られてないメディア(ぶっちゃけ、私もよくしりません)なんですが、元々がエロなだけにその表現は先鋭化してるとも言え(だって、裸の女の子の絵だけじゃ、死ぬほどある他の作品と差別化が出来ませんから)、10年にわたるその進化の果てとして去年、大いに話題になった「ひぐらしのなく頃に」を取りあえて論じてあります。ここは、読み飛ばしました。だって、「ひぐらし」をFummyから借りっぱなしでまだやってないのに、おもいっきりネタバレしてあるらしいので(笑)。

中で、かなりたくさん、それもいいチョイスで作品にも触れてあるように見えるので、言及されてる作品のリンク集でも作るとよいかもしれない。

しかし、これはかなり分かり易い本に仕上がってます。ここまで体系立ててちゃんと書いてもらえてるとさくさくと読めて楽ちんですな。素晴らしい仕事だと思います。

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