May 13, 2012

F1GP2012 #5 スペインGP

今年、5人目のウィナーが誕生。そして、2人目の初優勝。マルドナド、おめでとう!

まず不運だったのはハミルトン。なんで予選失格なんでしょう。燃料が軽かったということなら、Q3のタイム抹消で可夢偉の前からスタートでいいじゃないですかねぇ?サンプル燃料が提出できない事態をさけるために意図的にマシンを止めたということで重い処罰になったのかもしれませんが、悪意の有無でペナルティを重くしたり軽くしたりするのは望ましくないと思います。中継では、昔、モナコでシューマッハが予選セッション中にラスカスで車を止め、後続車の予選アタックを妨害した事件と比較もされましたが、今回とはケースが違いすぎるようにも思えます。

予選1ラップ分の燃料で0.5秒も差があるわけないんですから、仮にフロントローからハミルトンがスタートしていたらハミルトンの圧勝で終わったでしょう。Q3のタイムが抹消されていたとしても、可夢偉より前でゴールできた可能性大ですから、ハミルトンはかわいそうです。

その可夢偉もQ3で走っていれば、ハミルトンは無理でもマルドナドのタイムまでは行けたと言ってましたんで、トラブルが無ければ・・・うーん、ついてないですね。せっかくQ3に行かないことによってソフトタイヤを余らせても、今回のレースは基本的にハードでのレースになりましたから、あまりアドバンテージは無かったようです。それでも5位は本当に立派。前にマクラーレンもレッドブルもいないんですから、すごいものです。しかし、可夢偉がいい成績をあげる時、かならずそれより良い順位でアロンソがいるのはなんでなんでしょう(笑)

アロンソもすごいですね。マッサの予選順位はQ2のビリなのに3位に入っちゃうのもすごいし、1コーナーでトップにたつのも素晴らしい。去年も同じようにトップにはなりましたが、ずるずると後退してしまいました。今年はしっかりと走りきりました。マルドナドにアンダーカットされてしまったのはなんだかなですけど、まあ、Bスペックマシンになったところでタイヤのもちが読めなかったというのと、本当のところ、ウィリアムズが前を走り続けるとは思ってなくて相手はロータスだと思ってたということなのかもしれません。

というわけで、マルドナドですよ。ペレスは結局、後ろからくるアロンソのプレッシャーに負けて優勝を譲ったわけですが、マルドナドは落ち着いてしのぎきりました。立派!いやー、正直、こんなにいいドライバーだとは思ってませんでした。2年目でぐんと力を伸ばしてきましたかね。素晴らしい。

しかし、実際問題としてこのグランプリでウィリアムズが優勝に値するマシーンだったかというとかなり疑問です。トロロッソはちょっと圏外でしたが、フォースインディア、ザウバーはウィリアムズよりマシンポテンシャルは上でしょう。それでも、展開次第では優勝できてしまうんですから、今年は本当に大激戦ですね。

そういう意味では、着実にQ3に2台のマシンを危なげなく送り込んだのはロータス。他のチームは4ストップだろうとのどかな勘違いを繰り出してましたが、2人のドライバーどちらもいい感じで、特にグロージャンに速さに加えて安定感がでてきました。優勝する日も近いでしょうし、他がばたばたしていればコンストラクターズは十分に狙っていけるでしょう。楽しみな存在です。

そして、最後に。マクラーレンのピット作業はメンバー入れ替えまでして、またミスってました。がんばれ!

さて、今年もF1以外にもフォーミュラニッポン(FN)、スーパーGTの中継もみてます。今日はFNの第2戦があったわけですが、ヘレスと同じぐらいもてぎのレースは盛り上がりませんな・・・。まったくオーバーテイクの無い行列レースで退屈でした。GTは第1戦の岡山も、第2戦の富士も盛り上がる展開だったのに・・・。それにしても、FNは第1戦、第2戦ともF1と開催日が重なるってのが意味わからない。今日のようにヨーロッパラウンドならまだ昼と夜に分かれますが、第1戦はアジア時間のレースとかぶってるわけで、それじゃ観てもらえないでしょー・・・。

それにしても、F1が20戦あってFNとGTが7戦ずつ(?)あって、今年は琢磨ががんばってるからインディも気になるし、ルマンも中継があります。とても見切れませんが、観たければFIA GTもWTCCも観られます。こないだ、ふとテレビをつけたらWTCCスロバキアをやっていて、ガブリエル・タルキーニが勝ってました。うお、懐かしい名前。まったく、おなかいっぱいです。昔に比べると、ホントに夢のようですなあ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

May 08, 2012

NPCはどれだ

ひっさしぶりにヴァナに入りました。Lv99時代ですが、完全に取り残されています。そんなウラシマな私がLv99時代に何をすべきかといえば・・・ミッションコンプですよ

エンドコンテンツはもう無理!できましぇん!裏もナイズルもアゼビアも私には関係ないのです。

とはいえ、やってないミッションだけでものすごい量があるんですよね。「石の見る夢」なんて最初のアイテムとりすらやってないもの。なんで買ったんだ(笑)

・・・という明確な目的があって入った訳じゃなくて、もしかして10周年記念でなんかイベントやったりするのかなー?と観に行っただけだったり。あれ?まだ練武祭かぁ

Merbleと久しぶりに話して、一日ぐらい一緒に遊ぼうかと。別に何をしてもよかったんだけど、Milueのミッションは闇王を吹っ飛ばして放置なので、ウィンダスミッションかなーと。私も話はあっちこっちで観て話は知ってるけど、やってないし。今更、フェンリルの召還の封印話でアレですけどね。フェンリルなんてもうみんな持ってるもんな。私も・・・もってないな。まあ、Lv99の助っ人があればチョロですよ、チョロ。

さて、Rank7になるには、ホルトトでNMぬっころした後、バルガでBC、最後にオズのハイプリ部屋に挨拶して終了です。

Milueがウィンからトライマライ水路に入れなかったり、私が裁きのカギを収納家具の奥にしまい込んで忘れていたりと大変順調とはほど遠くも着実に進みました。とにかく戦闘はMerbleが強い強い。あっという間に終わりますな。

というわけで最後のハイプリ部屋手前。レイズII高騰時代にオズのカギ取りをやって、ついでにハイプリをしばいて帰るつもりが釣りをしくって死屍累々など、楽しい思い出の残る場所です。

Tam 「どうする?掃除する?あいつ見破るよね」
Mer 「んー、まあいいんじゃん?」

とインして特攻・・・するも、何故か全然見破るはずのない人に殴られるMilue。ハイプリ含め3体ぐらいに絡まれて通路に撤退。私もあっさり殺されましたが、Merbleはハイプリにタイマンで勝利。Lv99のすごさを認識しました。そして、そのさなかにリレで起きてまたぬっころされるMilue

えーっと・・・

しょうがないのでMerbleが白になって出直し。途中、一緒になる人もいてなんとか暗号部屋を突破したMerble。その人達が特攻かけるなか、我々も特攻!あ、よその人がハイプリに殴られてる(笑)。

その人をレイズして、ついでにヤグ3体ぐらいに囲まれるMerble。白なので片付けるのは難しいまでも死ぬことはないので、この隙に偉いヤグNPCに挨拶して帰るべし

ヤグさんたちと裁きのカギの奥になだれ込んで、NPCヤグさんに挨拶して、だいじなものを確保。Milueは終わった?

Mil 「どの人に話すの?」
Tam 「NPCのヤグだよ」
Mil 「わかんない。だれもいないよ」

どうやら、ヤグから逃げて距離を取ったときに段差を落っこちたようです。NPCもヤグなので怖かったとのこと。いや、戦闘のぐちゃぐちゃのなかでインビジしたMilueがどこいったかとかわかんないわけで、大慌てですよ

えーっと・・・

Tam 「Milue、死んで。トラクタで引き上げる」
Mil 「どうすれば?」
Tam 「ケアルしてタゲをとるんだ・・・ってそこ!なんでストスキを唱えてるんだ!女神でもしてとっとと死ね!」

Lv99時代のそれもたかがRank7ミッションがMilueと一緒ならスリル満点というお話でした。頼むよ、ホント。

| | Comments (2) | TrackBack (0)
|

俺の妹がこんなに可愛いわけがない 10/伏見つかさ

「俺妹」はアニメから入りました。

リアル妹がいますので桐乃のぶっ殺したくなるような言動がまさに「あるある」感満載で、こんな腹立つアニメないなってなもんなんですが、よくできた話ではあるのでなんだかんだと録りためた分は最終回まで観てしまいました。

そして、「どうも最終回は原作と違うらしい」と聞きつけて原作を続きから読み始め、神猫編で瑠璃たんに心鷲掴まれ、以来、さかのぼって1巻まで読み終えて最新巻を心待ちといった有様です。だから、最近のデレ桐乃はなんか違うんだよなー。確かにウザい妹とも大人になったら仲良くはなるんだけど、それは多分何でも無遠慮、無神経にぶつかってた関係から親兄弟といえど距離を保つことを覚えるからですよね。

さて、最新の10巻です。前回までで桐乃と黒猫(ついでに沙織も)かなりぶっちゃけました。京介Viewだとわからないことになってる部分も多いですが、まあ、読者にはだいたいわかります。となると、次にぶっちゃけないといかんのは実はラスボス?の麻奈実様ですが、今回は予告だけ。つか、予告すんな(笑)。

代わりに今回はあやせがぶっちゃけました。予想外です。いや、作中であやせが京介に好意を持っている描写はあったのでそういう意味で意外ってわけじゃなくて、作者があやせというキャラをメインヒロインに昇格させたってことがです。作者にとってあやせは話の本筋とは別のところで使えて、言動が極端で笑いの取れる便利なキャラだったと思うんですよね。こうなるともうあやせをそう簡単にコミックリリーフには使えません。伏見さん、チャレンジャーですな。

しかも、実はあやせって以前、麻奈実が京介に「俺は誰となら幸せになれる?」と聞かれ「あやせちゃんなら無理矢理に幸せになりそう」と答えている通り、マジになったら最強キャラです。誰に対して最強かといえば、桐乃です。桐乃はわがままキャラですが、あやせにはそのキャラが通じないわけで、はてさて桐乃VSあやせの対決はどうなるのか。なんか桐乃が泣き寝入りする姿が浮かびますが、そしたら黒猫が代理戦争を買って出るのかな?

というわけで、面白くなって参りました。次巻以降の桐乃VS麻奈実、黒猫VSあやせの2大対決にご期待ください・・・ってそんな話だっけ、これ?

ま、ともかくこの巻のあやせは可愛いくて可愛くて悶え死んだので、早くあやせが軽く桐乃をぶちのめす話を読みたいです【酷】

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

May 06, 2012

ベストセラー・ライトノベルのしくみ/飯田一史

この本は、ここ数年のライトノベルの売れ筋について、それが「なぜ売れているのか」を「内容が優れているから」だと主張し、それらがどう優れているのか、ユーザーは何を求めていて、それにベストセラー・ライトノベルはどう応えているのかを分析した本です。

ライトノベルは大きな市場に成長したにも関わらず、このような分析はそれほど行われていません。特に、この本では他でほとんどされていない仕事(私が知らないだけかも?)である「涼宮ハルヒ以後」を中心として分析しているのが注目点です。

「涼宮ハルヒの憂鬱」が多くのメディアを巻き込んで大ヒットをし、ライトノベルの存在を広く世に知らしめたのは間違いありませんし、「涼宮ハルヒの驚愕」発売時の大騒ぎをみても、今も大きな力を持ったタイトルであることは間違いありません。しかし、「驚愕」を読んでみればわかる通り、これはいつもの「涼宮ハルヒシリーズ」であったことと同時にどう読んでもこの本が今のラノベのメインストリームではないことははっきりとしています。「ハルヒ」はガチハードSFですからね。

筆者は、この本の中で「涼宮ハルヒ」の前後でオタクの世代が分かれていると主張しています。「涼宮ハルヒ」以前がオタク第3世代、以後が第4世代です。オタクの第1世代と第2世代はどこに行ったのかといえば、この分類は岡田斗司夫さんの「オタクはすでに死んでいる」に従っているのでそちらを参照のこと。岡田さんの本が出たのが2008年、元となったイベントが開催されたのが2006年。あれから6年が経過しているのですから、岡田さんが最も新しい世代として定義したオタク第3世代に続く、第4世代が産まれていても不思議はないわけです。

自らは第3世代であるという筆者は、「ハルヒ」は時代の境目に第3世代と第4世代のどちらにも受け入れられたから大ヒットになったんだと分析しています。オタク第2世代のばりばり「教養主義」の私は諸手を上げて賛同はできません(「長門有希の100冊」なんて教養主義以外の何物でもないですからね。ハルヒは俺らのもんだ!^^;;)。が、「ハルヒちゃん」を受け入れないのが第3世代、受け入れるのが第4世代といわれると、なんだか妙にしっくり来ます。あー、そうですね。そこでフェイズチェンジが起きているわけですね。うん、私も「ハルヒちゃん」だめです。

てな情勢をふまえて、第1世代が「趣味と祭」の世代、第2世代が「教養と選民」の世代、第3世代が「自意識」の世代とすれば、新世代の求めるコンテンツとは何か。それをベストセラー・ライトノベルを分析することにより明らかにしているのが本書です。

ただし、岡田斗司夫さんの「オタクはすでに死んでいる」のような文化論・社会論的なアプローチではなく、また東浩紀さんの「ゲーム的リアリズムの誕生」のような文芸論的アプローチでもなく、あくまで「売れるラノベが売れるのは何故か」というマーケティングのアプローチで分析がされます。それは、この本が元ラノベ編集者が書いた本である商売っ気まるだしの本だからというだけではなく、著者の分析に従うならばオタク第4世代が社会的あるいは文芸的なアプローチでは分析しづらい対象だからでしょう。

オタク第3世代は、作品に自分を投影していました。オタクであること自体が自分を支える主体になっていました。それを称して「自意識」の世代と呼んでいるのですが、そのことにより、オタクであることの連帯意識はなくなりました。エヴァのキャラに自分を投影して内面をつくり、「○○萌えー」と叫んで「オタク」のような振る舞いをすることにより自分自身を「キャラ化」していったオタク第3世代によってオタクの連帯は崩れ去り、それをして岡田さんは涙を流してオタクの死(第1世代の興した「祭」の終了)を宣言したわけですが、第4世代のオタクはすでにただの普通の人です。世の中には「AKBのファン」というもっとおかしな人達がいっぱいいることですし、アニメが好きなぐらいでは別にどうということもなく、ただの趣味のひとつのジャンルになってしまいました。この本のなかで文化論的な議論に近い「第IV章 環境分析」の中で筆者はこう言っています。

オタク第3世代の消費行動を指して東浩紀は「動物化」していると形容したが、第4世代は「動物」というより単に「素直」である。

(中略)

また、第3世代を評した「動物」は、「ニート」「ひきこもり」同様に社会退行的な印象がつきまとう表現だが、『俺妹』の高坂京介や『禁書』の上条当麻を指示する「素直」な第4世代は、家族や仲間、社会のために何かするのがいいという社会意識を素朴に持っているように見える。

これは日本だけでなく、社会がゆたかになったのちに経済危機に瀕している先進国に共通した、集団心理の変化も反映されているのかもしれない。たとえばジョン・ガーズマとマイケル・ダントニオ『スペンド・シフト <希望>をもたらす消費』では、2008年のリーマンショック後のアメリカ、なかでも若い世代では「富裕層向け」「お高くとまった」「感性に訴える」ものへの関心は減退し、「親切で思いやりがある」「親しみのある」「社会的責任のある」ものを好む傾向が高まっていると論じている。ベストセラー・ライトノベルの特徴は前者ではなく、後者に合致する。

確かに、今のニコニコ動画などはかなり「政治」的な雰囲気をまとってますし、オタクといえども、3.11以後の世界でただ萌え悶えているんじゃあ居心地が悪いわけです。その世界背景を背に出てくるオタクカルチャーの消費者の姿がただ普通に「素直」な人だった。なんだか寂しいような、ほっとするような不思議な結論です。

というわけで、ここ数年のライトノベルの傾向と対策がさくっとまとまっている点、オタク第4世代たるライトノベルの主要ユーザー(=今の中高生)が何を好み何を求めているか理解できる点、業界構造(例えばアニメとの関係は抜きには語れませんよね?)なども基本的なことがちゃんとまとめてある点で非常に優れたビジネス書(基本的にはマーケティングの本です)で、ライトノベルに関わる人および目を肥やしたいと思っている読者はすべからく読むべき本です。

しかし、私の目にはその点をさらに越えて、オタク文化を2012年の地平から俯瞰した良書を書いた、岡田斗司夫や東浩紀に継ぐ仕事をする力を持った書き手が彗星のごとく現れたと見えています。いやあ、楽しみです。とりあえず、「文化系トークラジオ Life」の番外編とかで呼ばれそうですなあ。たぶん、とっくに目はつけられてるんじゃないかしら?(笑)


| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

May 05, 2012

いまから、君が社長をしなさい。/鳥原隆志

本が好き!から2冊目の献本を受けました。

著者の鳥原さんは、「インバスケット」という制限時間内に架空の人物になりきって多くの案件処理を行うゲームをつかったコンサルタントをされているそうで、この本はその方法論を活かして経営者、つまり社長に必要なことを学ぶことができます。そして、ぶっちゃけこの著者のお仕事の宣伝です(笑)。

前と後ろに、インバスケットの紹介、社長と経営感覚に関する心得などがあります。が、「かくあるべき」というようなことはあまり書いてありません。経営に厳密な正解はない。会社をつぶさなかった社長が正しい社長だ。そう書いてあります。

そして、メインパートでは一人の男の物語になります。ある意味で「もしドラ」にも似ているし、フィクション仕立てで経営を学ぶ本としては以前読んだ竹内謙礼さんの「会計天国」も似た本かも知れません。失業中の男が「社長募集」という求人票を見つけ、報酬につられて面接に行きます。そこでタイプの違う3人の応募者と共に、対応しなければならない20の案件を示されます。彼はそれに答えてこの会社の社長になれるでしょうか・・・って、「本が好き!」に集うレベルの人ならどんなオチかはわかりますね?はい、5つぐらい思いつきますね?うん、2番目のそれです(笑)

というわけで、ストーリーは読みやすくするためにあるだけで、主眼は案件です。案件の提示の前に、この会社の業態や業績などの資料が8ページにわたって提示され、20の案件を1時間で処理するように著者から指示されます。

「社員全員に説明のメールを書く」「この部分に疑問があるので、再度、報告させる」「この事業は即時ペンディングを指示」・・・てなレベルのメモをつけながら読んでいって30分ちょいぐらいでした。ちゃんとやってると1時間は結構いい時間ですかね。シャチョサンイソガシネー。

案件は、メールや報告書の形で1ページに一つ。週次の営業報告や、苦情メール、社員同士の結婚の報告や進退伺い、新規事業の企画書、トイレの使用許可から合併の提案まで。大事な話からどーでも良さそうな話まで。それを進めて、どれは任せて、どれは放置か。「知るかーっ」と言いたくなります・・・が、それが出来ないのがリーダー。なかなかに頭を捻りますよ。実際に自分の対応をメモった後で読み進めると、「あー、そういう可能性もあるのか」「そっちの観点から議論しておく必要があるのね」といくつか自分の想像が及ばなかった点が出てきます。面白い。

そして、さすがに巧く構成してあって、それぞれの案件から社長に求められること、例えばデータを読む力であるとか経営資源に対する考え方、規範とコンプライアンスなどが導かれます。ただ、そのそれぞれのお題目は並べてみれば世に盆百のビジネス書の目次にも書いてありそうなことです。ただ、こう一つのメール、一つのメモに書かれた事柄からそれが見えてくるか。それはなかなか難しい。

感じるのは、「つまるところ、ただ必要なのは想像力なんだ」ということです。一つ一つの案件に対する想像力もそうですが、社長さんはこれだけの範囲のことを扱っていかなければいけないんだということを想像できるかどうか。

結局、何かを想像する力だけが、私たちを助けてくれるのです。世の中、想像力の欠如ばかりが目につきます。想像力だけが私たちに思いやりの心を授けてくれます。想像力だけが私たちに疑うことをもって危機から救ってくれます。安易に政治家を批判するコメンテーターや、発言者に安直な抗議を向けるネットユーザーは、その案件、あるいは批判しているその人の仕事に対してどれだけの想像を巡らせているでしょうか。それが出来ていなければ、立場が逆転してただ叩かれるのは時間の問題です。

想像力がなければ、社長にはなれません。想像力がなければ、人を思いやることも、人をまとめることも、人からお金をせしめる(笑)ことも出来ないわけです。想像力を養うには、読書が一番。手始めに、この本はなかなかいいかもですよ?

| | Comments (1) | TrackBack (0)
|

«耳をすませば/柊あおい